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公領主館

 

 木の扉を潜ると石組の回廊が左右に伸び、正面には螺旋階段があった。

 小さな窓しかなく、光が差し込むだけの暗い造りだ。

 いや、そこに光が浮かび上がった。


 騎士の出したルクスの光だ。

 せめて、こういうのを出せるようにしたい。

 願いと思いならば、暗いのは嫌という願いに光が欲しいと思えばいいのだろうか。


 後で、こっそりとやってみよう。

 思いながら狭い階段を上っていく。造りは最初に入ったキルア砦と同じようだ。いや、砦自体が同じ造りになっているのだろう。

 外の回廊に出ると門衛棟に続く階段を上る。


「ところで、サラたちはどこだ」


 先に進む騎士に声を掛けた。


「印綬の方々は、イグザム公へ挨拶に向かいました。小士たちはその命により、門衛棟を借り受けます」


 借り受けるか。カザムに目を向けると、小さく頷く。

 ルーフスが話を付けると言っていたな。しかし、騎士たちはそれを知らないようだ。

 階段を上り、門衛棟の前まで進むと扉は内側から開かれた。出て来たのは、甲冑に身を固めたルーフスだ。

 そして、その身体から湧き出るルクスに揺らぎはない。真っ直ぐに光は四方に走っていた。

 彼の心の不安定さが消えたのだろうか。それに、破滅的な危うさも今は感じない。


「おい、ここはグエン傭兵団が仕切っている。騎士風情が何の用だ」


 そのルーフスが途端に怒鳴りつけた。わざわざ表に出て怒鳴ったのだ、その声は館中に響くようだ。


「何だと、ここは印綬の方々が守備に入る。傭兵は盾の影に隠れていればいい」


 騎士団が怒鳴り返す。

 彼らはルーフスたちと裏で話がまとまっていることを知らない。

 この場所を抑えられなければ、あのレイムに散々な嫌味を言われるためか、騎士団たちの気迫は本物だ。


「勝手なことを言ってんじゃねぇぞ。だいたいここに何をしに来やがった」

「言ってもいいが、聞いてから逃げ出すな」

「逃げ出すだ。傭兵団をなめるんじゃないぞ」


 やり取りを聞きながら、おれは坂本の腕を引っ張った。

 狭間の隅に行き、坂本が怒鳴りあいに怯えないように肩に手を置く。


「大丈夫なのか」

「心配ない。すぐに仲裁が入る」


 その言葉が合図だったかのように、回廊を男が叫びながら走って来た。身なりからして身分は高いようだ。

 全ては予定通りのようだ。

 おれは狭間から周囲に目を移した。


 公領主館。

 砦と同じ造りだと思ったが、その正面には緑の屋根を広げた建物がある。

 あれが、イグザムという領主の居館なのだろう。

 眼下には広場があり、幾つものテントが見えた。


「ルーフスよ。ここは印綬の継承者に明け渡してくれ」


 聞こえてきた声に、顔を戻す。

 金糸と銀糸の細かな刺繍が入った灰色の長衣を身に纏った初老の男。

 その男は、荒い息を付きながら、騎士を避けてルーフスの前に出た。


「事情が出来たんだ、ここを譲ってやってくれ」

「断るね、旦那。あっしらは人数は少ねえが、武勲は立てているはずだ。門衛棟は砦の華、譲る気はねえ」

「そう言うな、こちら側の門塔を代わりに空ける。それでどうだ」

「門塔は狭くていけねぇ。少ない所帯だが、あそこでは全員が入られねぇ」

「分かっている。そうだ、場所を変わる手間賃もはずもう」


 なるほど、ルーフスはこの館では、顔になっているようだ。男の方が縋り付くように言っている。


「手間賃ね」


 ルーフスは渋い顔のまま腕を組む。


「とにかく、門衛棟は空けてくれ」

「旦那にそこまで言われれば、断れやせんがね。ただし、門塔に入れねえ仲間には、回廊に天幕を張らせてもらいやすぜ」

「分かった。それは好きにしろ」


 男は一刻も早く離れたいのか、そのまま踵を返して走り出す。


 それを見送り、

「主上、あっしらはこの階段下の塔に陣取りやす。連絡員はこのすぐ側で天幕を張らせやす」

ルーフスは手短に囁くと、次の瞬間、声を張り上げた


「野郎ども、門塔に引っ越しだ」


 入れ替わるように、おれは門衛棟に入った。

 広さはキ

 騎士の一人が、テーブルに足を進めた。


「確か、騎士長の――ラウゼンだったな」


 その背にかけた声に、男が振り返る。


「はい、ご無事でなによりです」

「そっちこそ。ところで、頼みがある。坂本が書き物を出来るように、机と椅子を用意してほしい。それに紙もあれば分けてくれ」

「分かりました。机は門衛の事務用がそこにありますので、すぐに用意をしましょう」


 ラウゼンが他の騎士に声を掛けると、すぐに机と椅子が運ばれてくる。


「ところで、隆也殿があの傭兵団と知り合いだったのは、驚きました」

「黙っていて悪かった。ところで、騎士と言うのは公貴なのか」

「はい、形ばかりですが王都の外れに領地を持っています」

「では、その領地からの収益で全てを整えているのか。大変じゃないのか」


 机が窓際に置かれ、その上に厚い紙の束が用意される。


「そうですね。武具の整備に、馬夫、それに三人の従者を雇わなければなりません」

「それに領地の管理も人がいるのでしょう」


 坂本が尋ねながら、椅子に腰を下ろした。


「この不作では人が雇えませんので、家族が行っています」


 ラウゼンが苦笑する。


「例えば、装備、軍馬、従者、騎士に係る全てを国が用意し、騎士には棒給を支払う代わりに領地の返還を求めたら、どうです」


 坂本が身を乗り出した。

 今までの様子と一変したような積極さだ。何か考えることがあるのだろう。その変化が、素直に嬉しい。


「ほとんどの騎士は、切羽詰まっています。領地の収入を担保に金を借りている者も多い。その借金さえなくなれば、喜ぶ者は多いでしょう」


 ラウゼンが即答する。


「そうですか。やはり書く価値はありそうだ」


 その言葉に頷き、坂本は紙を広げた。


「隆也、俺が来た意味も残せそうだ」


 書くこと集中をするようだ。

 邪魔にならないように、隆也は中央のテーブルに戻った。

 すぐに、別の騎士が湯気を立てるカップを運んでくる

 騎士は公貴だと聞いたばかりだ。その者に給仕をさせるのは気が引けた。


読んで頂きありがとうございます。

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