討伐計画
独立した白いシートが置かれた馬車だ。
壁にも同色のクッションが張られ、木枠も彫刻が施された豪華なものだ。以前乗った時が、もう昔のように感じられる。
後に続くカザムは、驚いたように車内を見渡していた。
「あの時、坂本はどこにも跳ばされなかったのだな」
「そう、俺はみんなが消えていくのを見た。そして、倒れた藤沢を見ているしかなかった。俺は藤沢を護ることも出来なかった」
坂本が顔を上げ、隆也はその前に腰を下ろした。
その傍らに、カザムも座る。
「護れなかったのは、皆同じだ。それに藤沢は生き返る」
「隆也はだいぶ変わったな」
坂本がこちらをじっと見たまま呟く。
「同じだよ」
「そんなことない。怪物が出ても動じていなかった」
怪物、ラミエルのことを言っているのだろう。
「あの後に二回も襲われたんだ。慣れもする。それに、この世界は死がすぐ近くにあり過ぎる。覚悟を決めただけだ」
「覚悟か。俺も強くなりたいな」
「ここまで来たじゃないか、十分強いさ」
「俺は護られてばかりだから」
「おれもだよ。このカザムたちに助けられて、ここまで来られた」
傍らのカザムを紹介した。
「とんでもございません、主上。挨拶が遅れましたが、従者をさせて頂いておりますカザムと申します」
頭を下げられた坂本も、慌ててお辞儀し返す。
「坂本です。やっぱり俺とは違うな。こんな立派な人が従者なのか」
「おれたちの世界の進んでいる所を学ぶためだ」
「主上」
不服そうなカザムを制する。ここで器がどうのと言われれば、話がややこしくなるだけだ。
「進んでいる所か、隆也はここで明治維新を起す気なんだな」
「サラはそれをしないかもしれない。でも、道は示せられる。そして、その道はカザムたちに引き継がれるはずだ。それだけでも、この異世界に飛ばされた意味も出てくるだろ」
「そうだな。三人で帰ってからも励みになりそうだ」
坂本も笑顔を見せた。
「だけど、帰った時は向こうではどのくらいの時が流れているんだろうな」
「そこは創聖皇が考えてくれるだろう。跳ばされたのと少し時間をずらしてくれれば、助かるな」
「俺は少し髪が伸びているくらいだから誰も気が付かないけど、隆也は顔つきが変わった。変に思われるかもしれない」
「変わったか」
そう言えばサラにも言われたな。
「引き締まったというか、鋭くなったというか、恐くなったというか」
「何だよ、それ。輩かよ」
途端に坂本が声を出して笑う。
久しぶりに聞くその笑い声に、窓に目を移した。
ガラスに映る顔は、確かにすっきりとして見えるが、痩せただけだ。まあ、食生活がこれだからな。
それよりも、暗くなった街道を馬車が走り出していることに驚いた。そうだ、この馬車は揺れることなく進むのだ。
今までの荷馬車にその感覚を忘れていた。
本当にこの世界は遅れているのか、進んでいるのかよく分からない。
「帰ってからが大変だな」
その窓に坂本の顔も映る。
おれは戻ってから社会復帰にも時間が掛かりそうだ。
そう思った時、不意に扉が開かれ、吹き込む風と共に人影が現れた。サラだ。
彼女は馬車の中に入ると扉を閉じた。
すぐにカザムが立ち上がり、坂本の隣に座り直す。
気を使い過ぎだ、カザム。
おれの横に当然のようにサラが腰を下ろした。
その窓からは並走する真獣が見える。流れるような一連の動き、とんでもない運動神経だ。
「もうすぐ、レイムも来るはずだ。先に打ち合わせをしておこう」
腰から厚い石の角材を出す。いや、角材ではない。重なった薄い石の板、それを広げた。
次の瞬間、ルクスが弾けて一枚の板になった上に建物を浮かび上がらせた。
ホログラムではなく、模型のように見える。
「イグザムの公領主館ですね」
カザムが身体を乗り出した。
「そう。それで、わたしたちが占有するのはここになる」
サラが浮き上がった建物に指を当てると、壁と屋根が消えて建物の断面が露わになる。
一連の流れにおれは言葉もなく見ているだけしかなかった。それは坂本も同じのようだ。
そんな地図、進み過ぎだろう。
「どうした、隆也」
黙ったままのおれに、サラが顔を上げる。
「いや、凄いな。これはどうなっているんだ」
「確かに、自分も実物の立体地図を見るのは初めてです。水晶を含んだ石を使用するとは聞いていましたが、ここまで精密だとは」
「これ一枚で城が買えるからな。しかし、王宮には国全土を記した立体地図があるぞ」
誇らしそうな笑みを見せるが、これ一枚で城ならば、それで国が買えるのではないのか。
国に金がないと言っているが、それを売ればいいのじゃないのか。
「王宮は創聖皇が各国に用意したものだ。売ることは出来ない」
創聖皇がね。やはり実在する神のようだ。
「それで、話の続きだが、この場所が門衛棟。わたしたちはここを占有する」
「それについては、先行するルーフスが取り計らいます。しかし、この地図には記されていないが、この館もそれぞれ秘密の通路があり、アセットの監視が出来るようになっていますが」
「心配はない」
声はルクスの光の瞬きと共に聞こえた。
現れるのはレイムだ。
「門衛棟にはあたしが結界を張る。姿を見られることも、声を聴かれることもない」
楽しそうに笑う。さっきまで怒っていたはずだが。
「ライラとの話は付いたのですか」
サラが顔を向ける。
「ライラな。あいつはイグザムに騙されたと泣きついてきた。傭兵たちと仁の聖碑に居たが、ラミエルの現出に慌てて跳んできたらしい。今さらになって、王の擁立に尽力をしたいとな」
「騙されたですか」
「あいつは基本的に薄い。すぐに口車に乗る。ゆえにどこに付いてもおかしくはない」
「だから、それを利用すると」
おれの言葉に、レイムが再び笑い声を上げる。
「本当に、おまえに何があったのだろうな。あたしの意図を理解したのか」
「あの時の話で状況は理解した。結果、内容がそれならば、タイミング的にもちょうどいい」
「タイミング、どういうことだ」
尋ねたのはサラだ。
「ここから領主館までは半日だという。おれたちが領主館に入れば、仁の聖碑に傭兵の帰還を指示する伝令が出る。仁の聖碑に付くのに一日半、撤収の準備をして帰還するのに二日。これでは時間がかかり過ぎる」
「なるほど。理解はしているようだな。そうだ。ライラにはすぐに傭兵の撤収を指示した。ライラ自身があたしたちの動きを探ったことにしてな」
二重スパイ。だけど、そこまで信頼できるのか。
「裏切ろうが、裏切るまいが、事ここに至れば大差などない」
レイムは言いながら坂本に掌を向けた。途端に坂本の首が落ちる。
「おい、何をした」
坂本の肩を抱きとめた。息はあり、眠っているだけのように見える。
「眠らせただけだ」
レイムがこともなげに言う。
「どういうことだ」
「ここから、血生臭い話になる。お前たちの平和な世界に戻るならば、知らなくともいいことだ」
血生臭い話。
「この者には、あたしのルクスが入っておるから意識を飛ばすのも自由だ。本当はお前も眠らせたいのだが、あたしのルクスは入っておらず、また当事者故に眠らせられない」
「どんな話だ」
「今、公領主館には五千の衛士がいる。正規軍四千に傭兵千だな。仁の聖碑には三千だ。合わせて八千。これでラミエルのルクスを削るのだろう」
「そうだ。しかし、実際には千程度の兵が参加すればいい方だ。ラミエル相手に踏み止まる傭兵はいない」
「その通りだ。だから、ラミエルを奥に誘導するしかない」
レイムは浮き上がった公領主館の一画に触れる。
「イグザムのいるのは居館の三階、一番奥の部屋だ。その手前に守備隊の控えの間があり、さらに手前が重商連合連絡員イザベルという女の居室になる。ラミエルをここまで誘導する」
「彼らにルクスを削らせるのか」
「すでに、ラミエルが外西守護地に入っているのは、おまえたちの流した童歌で周知されている。どこの傭兵がそんなものを相手に戦うか。あたしはよくて五百までとみている」
「イグザムも巻き込むと」
「そこだ」
レイムがゆっくりとおれとカザムを見渡す。
「この守護地域に、印綬の器たるルクスの持ち主は存在しない。イグザムが近い程度か」
「では、イグザムが印綬の継承になるかもということですか」
カザムが顔を上げた。
そうなれば、サラたちとの利害は一致しなくなる。
「もう一人、イザベルという女は他国の王にも匹敵するルクスを持つ、エルムということだ」
「エルム種ならば、エリス王国の印綬の継承になってもおかしくはないのだな」
「そうだ」
「それで、その二人がいる居館にラミエルを誘導するというのは」
「この状況で、ラミエルに襲われるならば印綬の継承者たる印は必ず現れる。逆にそれが現れなければ、継承者ではないということだ」
「では、もし継承者ならば」
「仮に、イグザムが継承者ならば、殺させるわけにはいかない」
「自分たちに、手を引けと」
カザムの声が重い。
「そうだ。それでも手を出すならば、排除するしかなくなる」
応えるレイムの声もまた重かった
継承者を殺せば、王が立たなくなるか。この国を救うには、新王が立たねばならない。
「カザム。もし、イグザムがお前たちの言う通りの者だとして、それを創聖皇が印綬の継承者に選ぶというのならば、この国に未来は最初からないのかもしれない」
大きく息を付き、カザムを見る。
カザムも真直ぐにこちらを見ていた。
「それでも、おれは王を立てるべきだと考える。カザムの意見を聞かせてくれ」
「自分もイグザムが選ばれるならば、未来はないと思います。あの者が選ばれたからといって、生き方を悔い改めるとは思えません」
苦しそうに息を付くと、
「しかし、民の為に王が立たぬといけないのも分かります。自分は主上に従います」
一気に言う。
「分かった。万が一イグザムが印綬を継承するならば、その罪の償いはサラたち他の継承者に任せよう」
サラに顔を向ける。
「そして、このことは皆に話すが、気がかりはルーフスだな」
「はい、あの者は一際、恨みが強い。アベル殿の命には従わないでしょう。ルーフスを主上の従者にするのが最善かと思います」
「おれの従者にか」
「はい。ルーフスも主上に心服しております。主上の直接の命ならば従いましょう」
心服か。心は開いてくれたと思うが。
「では、カザム。お前の下においてくれ。彼はおまえを敬服している。それに、おれがこの世界を離れても、カザムの下にいれば気も静まる」
そして、カザム自身もルーフスが下にいれば、一族を抜けることは難しくなる。その者の生活も考えねばならないのだから。
「自分の下に、ですか」
「そうだ。これはおれの頼みだ」
「分かりました。自分は全て主上に従います」
「よし、まとまったな」
すかさずレイムが手を叩いた。
「おまえたちは話が速くて、面白味がないくらいだ。では、連携についてだが」
レイムは再び浮き上がった公領主館に手を伸ばした。
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