カザム様の計画
三杯目の林檎酒に口を付けると、階段を下りてくる二人が見えた。
大きく手を上げるとカザム様を前に歩み寄って来る。
「あっしらは、もうすぐ出ます。今日はゆっくりお休みください」
「明日、一緒に立てばいいのではないですか」
声を潜めて言ったが、カザム様は逆に周囲にも聞こえるように返してきた。傭兵の主従関係というカバーに徹しているようだ。
「そう云うわけにもいかねえ。下準備があるからな」
明日は印綬の者たちとの落ち合う場所に主上たちが入る。
来るはずはないが、それでもアベルにはそのように見せて、イグザムとの決戦を抜き差しならないようにしないといけねえ。
「そうですか、頭がそうおっしゃるのでしたら」
カザム様が椅子を引き、隆也を座らせた。
傭兵としてのカバーに徹するならば、主上はその服を脱ぎ、カザム様の従僕になるのが普通だ。これでは公貴に仕える従者に見える。
そのような主従が傭兵団にいることが自体が不自然だ。
「おう、ルーフス。そこの御仁が補充の傭兵か。役に立つのか」
案の定、すぐに声を掛けて来たのバンダだ。
途端にカザム様の顔が振り向き、
「そこの、イフダムの傭兵ならば言葉に気を付けろ」
低い声で言う。
遅れて傍らの男が慌てた様子で何かを囁き、バンダが膝を付いた。
何を聞いたのか、その顔が青ざめる。
「これは、失礼致しました。傭兵と勘違いをしただけで、他意はございません」
「傭兵だ」
「分かっております。お詫びと言っては何ですが、奥の個室をお使いください。わしらはこの席に来ますので」
「そうか、それは重畳。甘えよう」
カザム様は即座に立ち上がり、主上を促す。その時になって初めて分かった。
バンダは主上をリルザ王国の公貴と思い込んだのだ。いや、カザム様がそう仕向けた。
確かに、リルザ王国が統一に向けて使者を送っているとの噂はあった。それを利用したのだ。
あっしらが公領主館に向かうことをバンダは知っている。カザム様は主上を公貴と勘違いさせるだけでいい。
傭兵に紛れることでお忍びと思い、あっしらをその護衛と勝手に勘違いするのだ。そうなれば、出て来る答えは一つだけだ。
さすが、カザム様だ。その為に素人臭いカバーをしていたのだ。
奥の個室に入ると、主上の前に座る。イザムが入り口を背に腰を下ろした。
打ち合わせをするのに、こいつは都合がいい。
「それで、この辺りの状況ですが、この国の傭兵たちは外北に移動のようで。代わりにエルスの傭兵が領内に戻ってきていやす」
「エルスの傭兵には、ラミエルの衝撃が強すぎたのでしょう。それで、エルスの傭兵の主力はどこに」
カザム様に敬語で話されるのは、やはり違和感がある。
「仁の聖碑に、そこが中心のようで」
「軍の数は」
「館に三千、聖碑に六千。それに、重商連合のアセットも館からいなくなったとかで、そこに向かっていると」
「なるほど。狙いはあくまで印綬の継承者ですか」
カザム様がゆっくりと背もたれに身体を預けた。
それにしても、と思う。あくまで印綬の継承者が呼応すように話している。こうなれば、イグザムとの衝突は避けようがない。
さすが、カザム様が綿密に計画されたものだ。
「主たちの動きはどうなっていやす」
その目をカザム様に向けた。
「ドルバスの街には、予定通り明日の朝から夕刻に掛けて付くはずです」
「分りやした。そこから順次、館の方に手引きしやしょう」
「イグザム直属のアセットの対策はどうですか」
「今のアセットなど、数には入りやせんよ。イザム一人で十分でさあ」
その言葉に、傍らのイザムが頷く。
「それで、イグザムを討つ手配ですが」
「まずは、居場所を知りたい。それと門からの距離と位置関係」
「門からで」
「そうです。ラミエルをそちらに誘導するのに必要です」
あくまでもそのスタンスは崩さないようだ。形だけなのだろうが、こちらも精一杯演じて見せるさ。
「分りやした」
あっしが答えた時、イザムが立ち上った。
言葉を切って個室のドアに目を向ける。すぐにそこが開かれ、給仕が料理を手に入って来た。これはバンダの驕りのようだ。
あれだけの傭兵団の規模だけあって、羽振りもいいものだ。そして、それはカザム様の術中に完全に嵌ったことも伝えている。
運ばれてきた林檎酒を口に運んだ。
「ですが、一つ約束を」
「なんでしょうか」
「イグザムへの一番槍は、あっしでお願い致しやす。ラミエルが出ようが、出まいが、状況によって突入をさせてもらいたい」
ここは譲れない一線だ。その為に生きて来たのだ。そして、それはカザム様もご存じのはずだ。
「一族の悲願だとは知っている。しかし、ラミエルが現出する前に襲う理由は何だ」
口を開いたの主上だ。カザム様が敬語を使うのは違和感があったが、小僧にため口を訊かれるのはそれ以上に違和感がある。
「簡単じゃねえか。あっしの手で討ち取りたいからですよ」
思わず言葉を荒げたが、途中でカザム様の顔が向けられるのを感じて改めた。
「今まで討てなかったのは、機会を狙っていたのだろう。その機会がラミエルの現出だ。その前に動けば失敗をし、館はエルスの傭兵にだけ守護させるようになるのではないのか」
知ったような口をききやがる。イグザムを討つために主上に従うことに賛成をしたが、心服しているわけじゃねえ
「しかし、万が一にも絶好の機会が訪れるなら、逃す手はありやせん」
「いや、それでもだめだ」
主上が即答しやがる。カザム様はその言葉を肯定するように黙ったままだ。
「先にイグザムを討てば、ここの守備は瓦解する。そうなれば、ラミエルのルクスが削れなくなる。討つのはラミエル、イグザム同時だ」
何を言っている。ラミエルなど居るわけがない。そんな者を待つというならば、一生かかっても無理だ。
しかし、カザム様は口を閉じたままだ。カザム様のことだ何か策があるのだろう。しかし、ここは譲れねえ。
「ですが、主上。あっしには一番槍を入れなきゃならねえ訳があるので」
「どんな訳だ」
「外北のパルミ集落に隠れていた妻と娘は、イグザムの手の者に殺されやした。その恨みで」
「主上が、ラミエルに襲われた廃集落です」
カザム様が補足した言葉に、主上が頷く。ここで、生まれ代わるからとでも言ってみろ、いくら主上でも許さねえ。一族も抜けてやらあ。
身構えると、
「それは気の毒をした」
主上の深い声が聞こえた。
一族の他の者のように、生まれ変わるからと取って付けた慰めの言葉ではない。なんだ、分かっているじゃないか。
「しかし、妻と子供はイグザムの死を望んでいるのか。殺された恨みを晴らせと望んでいるのか」
その代わりに、説教じみたことを言いだす。
「どういうことで」
「おれもラミエル討伐は、友人の仇。私怨だ。しかし、そこに少しでも意義を持たせたい。お前たち一族と共に、この国の在り方を変えたいと思っている」
国の在り方、何を言ってやがる。全てが大言壮語過ぎる。もっともこれだけ大きな戯言を言えるからこそ、カザム様も利用しているのだ。
しかし、妻と子のことを軽く口にされるのは、気に入らねえ。
「それと、あっしの家族どういう関係が」
「イグザムを討った後、おまえと同じ思いをする者がいないように、この国を変えるために生きていくべきだ」
「それは、その時に考えやす」
「その時、イグザムを討った時か」
「そうだ。夢に出て来る妻と子は、苦しみ、泣いている。そうしねえと二人はその哀しみから解放されねえ」
思わず立ち上がった。
カザム様の顔が上がり、その右手が視界から消える。あっしの態度に、カザム様が反応している。あっしに、刃を向けるのか。
「哀しんでいるのは、おまえの心ではないのか。先に進まないおまえに、二人は哀しんでいるのではないのか」
いい加減にしろ。調子に乗りやがって。てめえは利用されるために、主上と持ち上げられているにすぎねえんだ。
手にしたカップを叩きつけてやりたいが、そんな素振りでも見せればカザム様の槍がたちまちあっしの心臓を貫くのが分る。
それだけの殺気が、あっしに向けられていた。
「考えておきやす」
絞り出すように言い、カップの林檎酒を煽った。
「それでは、あっしらは先を急ぎやす」
そのままドアに向かう。
「そこまで送ろう。主上、しばらくお待ちください」
カザム様が主上に一礼すると、追うように個室から出て来る。先ほどの態度の詫びでもするのだろうが、カザム様が謝ることではない。
すぐに肩を並べたカザム様が、
「イルグナ関に行くのでしたな。そこ以外のどの関からでも、継承者が来れば連絡がありますから、その時は、ルーフス殿はそのまま翡翠宿に来てください」
囁くように言う。
詫びではないのか。
「いや、あっしは館に行かねばなりやせん」
「イザム殿で当面は事足りるでしょう。アベル殿には伝えておきます」
どうしても、呼びたいようだ。しかし、それは無理だろう。領境の関に行くのは印綬の継承者が来れば、伝言を伝えるためだ。
継承者が来るわけがないのだから、予定通り三日待ってから館に戻るようになる。
「分かりやした」
短く答えると、その足を進めた。
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