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久遠騎士団

 

「確かに、ラミエルは久遠騎士団を名乗る男が用意をしたものだ」


 横を向いたままに言うイグザムの言葉を聞き、イザベルは深く椅子に身体を預けた。

 何が久遠騎士団だ、デトク。破壊と殺戮にしか興味もないくせに、意味あり気な名前を付けて。

 しかし、これで表面上は、ラミエル現出の責任はイグザムに押し付けられた。


「でも、それをすぐに信用したわけではないのでしょう」

「無論だ。余はそこまで愚かではない。あいつらはラミエルに指令が出せる、使いたい相手がいるかと聞いてきた。その証拠に、印綬の者の集まるキルア関に現出させると」


 イグザムが顔を向けて続ける。


「だから、印綬の者を殺したいと答えた。その二日後に、本当にキルア関にラミエルが現出したのだ」


 その時の興奮を思い出したのか、声が上ずっていた。


「それで」


 静かに尋ねた。


「再び現れた男は、遠隔書式のペンをくれた。これに書き込めば、ラミエルに指示を出せると言ってな。余はそれを買い取っただけだ」

「その指令には、何と記したのです」

「印綬の者たちは、仁の印綬を召還している時にラミエルに襲われたと聞いた。ラミエルに印綬の継承者と言っても分からないだろうから、そこに描かれた聖符にいた者を殺せと記した。なにせ、聖符の中には印綬の者しかいないから」


 誇らしそうに言う。

 馬鹿か、こいつは。


「なぜ、印綬の者一人に絞らないのか。例えば、ラムザス。その者の特徴を記せば、確実にラムザスを殺せよう」


 その言葉に、イグザムが戸惑ったように目を動かす。考えもしなかったようだ。


「今の状況をお分かりか。北の地で、エルスの傭兵二千が殺され、砦には今も果断なく妖獣が襲ってきています。せっかくトリルト街道駅を抑えても、それ以上の軍が送れません」

「な、なにを言っている。北には一万もの軍勢がいたではないか。二千が殺されても、なお八千がいる」


 だめだ、こいつは。


「ラミエルが襲ってきたのです。傭兵の中から脱走が相次ぎ、ラミエルの噂を広げぬために封鎖をする衛士も必要です。割けるのは、せいぜい三千。それもバリル鉱商の衛士に囲まれれば、終わりですわ」


 後始末と噂の遮断、それに傭兵団への説得。すでに三日を費やしてしまった。早急に対策をまとめなければならない。

 傭兵団は説得して踏み止まらせてはいるが、雇われにラミエルと闘えと言っても無理だ。

 次にラミエルが現出すれば、傭兵団は瓦解しかねない。


 敵はエリス王国のはずだったが、それが馬鹿共のおかげでこの状況だ。

 理想を言えば、ラミエルと印綬の継承者を他の守護領地でぶつけることだが、肝心のラミエルの制御が出来ないときた。

 ラミエルの排除もグランドマスターが止めるというならば、手の打ちようがない。


 考えを巡らせるその耳に、廊下から甲高い声が飛び込んできた。この声は――思う間もなく扉が左右に開かれ、入ってきたのはライラだ、

 顔を真っ赤にしてイグザムの元に飛んでくる。


「どういうことだよ」

「何がだ」

「何がじゃない。街はおろか集落にまで童歌が広がっている」

「童歌、何のことだ」

「天逆の咎、皇の鞭。ラミエル出でて、日も月も西に傾く。こんな歌が広まっているぞ」

「なんだ、その歌は。何のことだ」


 狼狽するイグザムを見ながら、身体の力が抜けるのを感じる。

 リルザ王国に付くことを天逆と言っているのだ。そして、ラミエルを創聖皇の下した罰にされた。

 ラミエルの現出が広がらぬように、傭兵団には緘口令を敷き、人の出入りも制限したのだ。しかし、これで話は広がってしまう。


 いくら口止めをしようとも噂や伝聞が一度広がってしまえば、どうしようもない。後からの否定など、誰も聞かぬだろう。

 この三日間の苦労が水泡に帰す。いや、待て。これが領内に広まってしまえば、印綬の者を阻止出来ない。他の地にいるエルスの傭兵も逃げ出すだろうし、正規軍の士気も落ちてしまう。

 童歌一つで状況をひっくり返された。


 この的確さ。対応の速さ。どういうことだ。

 イグザムに反発する者も多いだろうが、これは素人ではない。手際が良すぎる。かといって、印綬の者が背後にいるとも思えない。


「印綬の継承者を阻止しようにも、関の軍は動かなくなる。どうするんだ。レイムだって来てしまうんだ」


 ライラの一言で、イグザムもようやく状況が理解できたようだ。

 椅子を蹴って立ち上る。


「誰がこの童歌を広めた。シルグレイの一族か。余のアセットは何をしている、警務司長を呼べ」

「シルグレイ一族とは、何ですの」


 イザベルは激高した男に目を移す。初めて聞く名前だが、イグザムにはまだ隠していることがあるのか。


「昔のアセットになる。今までの恩顧も忘れ、職を解かれた後は、余の食糧庫を襲う不逞の輩だ。飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」


 飼い犬ね。頸にしたのならば、飼い犬でもないでしょうに。


「それで、いかな理由で職を解いたのです」

「いや、それは」


 急に口ごもった。

 こちらの調べでは、イグザムの父親がその地位を簒奪するため、二代前の公領主を暗殺したとあった。口ごもる理由はそれなのだろう。


「まあ、いいですわ。その者たちと印綬の者たちの接点はありませんから」


 それよりも、戦略の見直しをしなければならない。この状況をもう一度ひっくり返す手を考えなければない。


「とにかく、ラミエルの召喚。その責は公に帰すことをお忘れなく」


 イザベルは席を立つと扉に足を向けた。

 その背後からは、ライラの詰問する声が響いてくる。

 これで、ライラを介して印綬の者の動向を把握出来なくなった。そうなれば、早急に監視を付けなければならない。


 印綬の者たちが向かうとすれば、仁の聖碑のはずだ。外北に割く兵を残し、全てをぶつけるか。いや、傭兵団だけでは数が少なすぎる。かと言って、正規軍は印綬の者に剣は向けないだろう。

 薄暗い廊下に出るとその足を進めた。

 左右に並ぶ衛兵詰所の扉は固く閉じられ、その奥の扉がイザベルに割り当てられた部屋だ。長い廊下に窓はなく、小さな光球が二つ浮いているだけ。


 では、どうする。最悪、バリル鉱商を排除し、外北の鉱山地域を接収するだけでいい。

 こうなれば、リルザ王国を懐柔し、印綬の者とも接触すべきなのか。いや、リルザはともかく印綬の者とは無理だ。時間がなさすぎる。

 イザベルの顔が上がった。廊下の奥、突き当りに見える扉の前に男の姿が見える。


 あれは、内務司長のスリダフ。深く頭を下げ、こちらを待っていたようだ。

 廊下に響く靴音にかすかな乱れも見せず、一定に刻みながら用意された部屋の前を通り過ぎた。


「お待ちしておりました」


 スリダフの頭が上がった。憔悴しきった顔だが、その目には鈍い輝きが見えた。

 覚悟の輝きだ。この老人もやっと腹を括ったようだな。面白い。


「こちらに」


 スリダフは返事も待たずに、扉の前にある階段を下に向かった。

 イザベルもスリダフも共に光りを出さない為に、下へと続く螺旋階段には小さな窓から差し込む明りしかない。。

 黄泉へと続くようなその薄暗い階段の先にあるのは、二階の衛兵の休憩所に食堂、一階の武器庫と食糧庫、そして最下層には今は使われていない地下牢だけだ。


 案内をする先は、その最下層なのだろう。

 無言のまま足を進める。

 窓はなくなり、代わりに小さな光の球が浮かぶ。その中をスリダフに続き、階段を降り切った。

 石組みの壁は湿り気を帯び、同じく石組の床には水に濡れている。

 連れて来られた者の精神を侵食するかのような造りと雰囲気だ。


「それで」


 初めてイザベルは口を開いた。


「皆さんはそこに隠れたままですの」


 幾重にも反響する声に押されるように、階段の上、地下牢の奥、スリダフの背後から幾つもの人影が浮かび上がって来た。


「まずは、何も言わずについてきて下さったことに、お礼を言わせてください。私も手荒なことはしたくはありません」


 スリダフが向き直った。


「外西守護領地はリルザ王国とは手を切り、印綬の継承者に従います。重商連合には、ここで手を引いて頂きたい」

「それは、イグザム公の意志とは思えませんけど」

「公は迷われておいでです。私共臣下が道を正しますので、イザベル殿はこの先にある隠し通路から、出ていってはもらえませんか」

「その為に、この人数ですの。でも、二つ問題がありますわよ。一つは見合うだけの見返りがあるのか」


 艶然と微笑む。


「お借りした費用は、何年かかろうとお支払い致します」

「手に入るはずであった利益は、どうなるの」

「欲をかかれてはいけません。命の保証を致しますので」


 当然のように言う。

 これだから官吏というものは駄目なのだ。何も生産しない上に立場が上だと勘違いをしている。更には、こちらの生殺与奪権でも握っていると思い込んでいる。


「分かっていません。本当に分かっていませんわ。商業ギルドに富を諦めろと言うのですから」


 言葉と同時に、両手の指を開いた。

 僅かに遅れて、階段から男の腕とそれを追うように身体が落ちてくる。断たれた喉からは血の泡が溢れるだけで、声も出ていなかった。

 声を出せないのはスリダフも同じだ。腰を落とし、開けた口から言葉は出ない。


 唐突な修羅場に腰を抜かし、何が起こったのかも理解できないのだろう。

 メッキが剥がれれば、ただの小心者だ。


「それにもう一つ、ウサギをいくら訓練しても猟犬にはなりませんの」


 イザベルの左右に二本のナイフが浮かび上がってきた。

 スリダフの脳裏に驚愕が広がるのが分る。ナイフをルクスで浮かばさせているとでも思っているのだろう。そう、投げナイフでは、ルクスに護られた人の身体を傷つけることは出来ない。

 ルクスの殻を破るには、直接こちらのルクスをぶつけなければならないのだから。


「あなた方を生かすも殺すも、文字通りに私の指一本」


 同時にナイフが走った。

 背後の四人、スリダフの後の二人の首がずれ、地に落ちる。ナイフは再びイザベルに寄り添うように戻って来た。

 スリダフの目から覚悟の色が消えた。広がるのは絶望。


 愚鈍なこの者にも見えるように、ゆっくりとナイフを飛ばしたのだ。分かったはずだ。ナイフは男の身体を触れずにその周囲を回り、首を落としたことに。

 鋼の糸を付けたナイフ。相手を斬るのはナイフではなく、この鋼の糸だ。そして、それを可能にするのは――。


「それほどのルクスを」


 スリダフの呟く声が小さく反響した。


「アル、カル。ウサギの始末を」


 イザベルが言うと同時に、息絶えた男たちが引きずられていく。そう、闇に溶け込み、気配はおろかルクスすら感じさせない。これが本物のアセットだ。


「あなたは、一体。連絡員ではないのですか」


 スリダフが顔を上げた。


「これからは、わたくしの言う通りに動いて貰うわ。それが出来ないのならば、今ここで死になさい」


 すでに、この男に抗う力は残されていない。格の違いを見せつけられているのだ。

 イザベルはその足をゆっくりと進めた。


読んで頂きありがとうございます。

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