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 アベルは大きく息を付くと、

「ところで、わしも一つ聞きたいことがあってな」

深い沈黙の後、口を開いた。


「わしら一族を大河と言ったそうだな。その真意を聞きたい」

「真意も何もない。カザム達を見て感じたことを口にしただけだ。気に障ったのならば謝ろう」

「どう感じたのだ」

「おまえたちには大望があると感じた。この外西公領主、イグザムに対して。この地の民に対して」


 その目を向けてくる。深い、吸い込まれそうに深く澄んだ瞳だ。


「あくまで推測だが、外東守護地に子供を置いていたのは、安全を図る為ではないのか。しかし、そこもリルザ王国の侵攻が近いと感じ、この地に呼び戻した。おれがカザム達に会ったのは、その途中だ」


 黙って聞いているのを肯定と捉えたのだろう。隆也は静かに続けた。


「では、なぜ外西守護地に呼び戻したのか。北でも南でもいいものを。それは、戦乱が起こればここが一番安全だからだ。ここならば、リルザ王国に襲われることはない」


 隆也の深い瞳に捕らわれたように、目を逸らすことが出来ない。


「そして、足元ゆえに隠匿もしやすく、イグザムを討つ機会も狙える。そういうお前たちの思いが眠っていると感じた」


 全てを悟ったように言ってくる。しかし、その言葉の端々には曖昧な部分も多い。


「喉を潤すのに、大河は必要ないとは、地下に潜らないとは」

「野盗の真似は、もうやめろ。民を救済すると大義を掲げても、盗賊は盗賊だ。盗賊を信頼し付いて行く民がいるわけがない」

「なぜ、わしらが盗賊だと言い切る」

「外西守護地の食糧庫が頻繁に襲われていると聞いた。おまえたちの仕業だろう」

「わしらがそんなことを――」


 わしは言葉を切ると大きく息をついた。

 反射的に口にしたが、隆也は歯に衣着せず腹を割って話をしている。それを嘘で返せば、わしはもう相手にもされないだろう。

 しかし、なんつう器だ。こいつは本当に見た目通りの少年なのか。


「確かに、食料を奪い民に配ったのは、わしらだ。外西の力を削ぎ、民の損耗を防ぐにはそれしかないと思った。だが、確かに盗賊にすぎないと言われれば、それまでだ」

「せっかくの大望を汚すことはない」

「なるほど、大望を持つゆえに大河か。では、わしらの大望とは、何だと思っているのだ」

「カザムからはおれの考えを聞いたはずだ。それが大望とは違うのか」


 確かに、カザムからは公領主のいない世界を聞いた。

 カザムが今までに聞いたこともない熱い口調で語り、びっしりと記されたメモまで見せられた。

 だが、その内容は深く考えなかった。

 そんなことが出来るわけがないからだ。

 サリウス帝の作られた制度をないがしろにするなど、不遜すぎるからだ。


「わしの思いは、先ほども言ったイグザムを討つことだ」


 絞り出すように言う。


「それが、望みならば討った後はどうするのだ」


 討った後、そんなことは考えたことはない。ただ、一族を手にかけ、尚も根絶やしにしようとするイグザムを殺すことが目標だった。

 続く言葉が出てこない。


「それでは、ただの私怨だ」


 隆也の呟く声が聞こえた。どこか悲しさを含んでいると感じたのは、気のせいか。


「では、奪った食料を民に配ったのは、偽善か」


 静かな声が向けられた。

 それは違う。断じて違う。領民は支払えぬほどの重税を課せられ、その税を払えなければ傭兵になるしかない。

 残された家族は、食べる物もなく苦しむしかないのだ。

 リルザ王国からの支援物資も全てイグザムが握り、民に回ることさえない。民を飢えから救いたいという思いが、一番にあった。


「主、アベル殿は奪った食料を全て民に配り、麦の一粒も私にはしていません」


 傍らでカザムが身を乗り出す。

 そうだ、小麦一粒も一族の手には残していない。わしは真っ直ぐに隆也を見た。


「偽善でなく真意ならば、全てが私怨ではないのだろ」

「民も救いたい」

「民を救いたいのならば、私怨を捨てればどうだ」

「私怨を捨てる、どういうことだ」

「大義は、民の救済のためにイグザムを排除する」

「どう違うのだ。言葉を飾るだけで、同じではないか」

「民を救うためならば、排除した後のことも考えるはずだ。その後に、民をどう導くかを」


 民を導く。わしらが民を導くのか。


「ザクトとミリアは、開学で学んだことを一族以外の子供たちに教えるそうだ。読み書きが出来ない子供たちの先師になるそうだ」


 ザクトとミリアが、わしは全身から力が抜けていくのを感じた。

 本当にこいつは、こいつはなんつう器だ。こいつの前にいると己自身の狭量さが、露わにされてしまう。

 カザムの話を真剣に聞かなかったのも、渡されたメモを真剣に読まなかったのも、わし自身の恨みと妬みだ。


 カザムがわしから離れ、隆也に従いたいと言い出した。そして、隆也から聞いた話を熱い口調で語りだした。

 そのことに対する恨みと妬みで心が焼かれ、物の本質が見えなかった。見ようともしなかった。


「子供たちを開学に通わせたのは、どういう意味があったのだ」

「わしは無学だ。カザムを見て知識の大切さは分かった。子供たちも一族も里がなくなれば、農民になるしかないだろうが、それでも知識は必要だ。知識があれば、物事を広く見えるだろうし、考えられる。人としての厚みがます」

「全ての民が知識を持つ。それは大望ではないのか。農民になる以外の道も開ける。それは大望ではないのか」


 全ての民が読み書き、計算が出来る世界。農民意外に仕事を選べる世界。

 それは、ルクスに左右されない世界なのか。


「おれの国では、国民の義務は三つだ。働くこと。税を納めること。そして、最低六年間は学院で学ぶことだ」

「学ぶことが、義務」


 働いて税を納める事は分かる。しかし、学ぶことも義務なのか。


「畑を耕す者も学ぶのか」

「その上には、農業を教える学院もある。それに、職業の選択は自由だ」


 仕事は自由に選べるというのか。領主から畑を与えられ、それを耕すのではないのか。

 官吏になりたいと思えば、なれるのか。騎士になりたいと思えば、なれるのか。


「主、それは主の世界にルクスがないからではないのですか」


 口を開いたのはカザムだ。


「確かに、ルクスはない。その為に適性試験がある。上の学院に進める知識を取得しているか、希望する職業をこなせる知識を持っているか、その試験で計っていく」

「それでは試験さえよければ、度量の小さな者が上に立つことになる」


 カザムが驚いたように隆也に尋ねる。彼もこの話は聞いていないようだ。


「カザムも言ったではないか。度量と清廉さは一致しないと」

「確かにそうです。それで、何代もの王は廃位になっています。ですが――」

「おれのいた世界が、すべて正しいとは思っていない。試験もルクスも一定の指針としてみればいい。そこから先はおまえ達が試行錯誤するしかない」


 思いもよらない考えだ。しかし、これは領主の範疇を越え一国の施政の問題になる。

 大望。確かにここまで大きくなれば大望だ。

 同時に、ここまで広げられた話には、わしにはとてもついてはいけない。


「だが、その前にイグザムの排除が出来ると思うか。相手は三万もの軍を整え、リルザ王国と協調して王都への進出を考えている。わしらは一族郎党かき集めて百だ」

「嵐は来ている」


 リルザ王国のことだろうが、それも意味が分らない。


「リルザ王国が来れば、どうなるというのか」

「嵐は、リルザ王国ではない」


 隆也が静かに続ける。


「この地には、おれの世界に関与した者すべてが集められるそうだ。その中にはラミエルも印綬の者たちもいる。平穏無事に終わると思うか」


 表情も変えずに即答された。確かに、確かにただでは済まない。しかし、それでも三万もの兵を相手に。


「この国に生まれ、生きるために傭兵になった者が、次代の王である印綬の継承者を相手に戦えるのか」


 無理だ。印綬の継承者も王も創聖皇が選ばれる者、それを討つことは天逆を意味する。歓喜の声で向かえても刃は向けられない。


「お前たちが、砦での闘争の場でラミエルの名を連呼したのは、傭兵たちを逃げ出させるためではないのか」


 心を見透かすように続ける。

 そうだ。金のための傭兵が、敵うはずもないラミエルを相手に命など懸けない。

 そういうことか。確かに嵐だ。そして、嵐になれば、大河は堰を呑み込む。


「イグザムは、どこだ」

「公領主館」

「そこに集めればいい。乱戦は得意とするものなのだろう」

「どうして、そう思う」


 圧倒されたままに、尋ねた。


「あの猟の獲物を見れば、手練れだということはすぐに分る。それにカザムの戦いぶりも見た」


 イグザムを排除することは、すでに既定路線のようだ。

 そう、隆也もカザムもその先を見据えている。


「その後で、領主の廃止。しかし、それが出来るでしょうか」

「分らない。分らないが、印綬の者たちは、王になるか、あるいは国家の中枢に立つのだろう。彼らに話をする」


 あっさりと言う言葉に、強い意志を感じた。この者が言えば、それが簡単なことのように感じる。

 アベルは、身体が震えるのを抑えた。なんだ。なんなんだ、こいつは。

 思わず、カザムに目を移す。


 カザムは、それだけで納得したように頷いている。絶対的な信頼だ。

 分った。今、分った。

 隆也はわしの物差しで測れる器ではない。頭の良いカザムは、一瞬で魅了されたのだ。

 従者になるのを決めるまでに数日を要したのは、わしへの義理からに過ぎない。


「お茶が遅いようだ。少し失礼する」


 わしは立ち上がると、足が震えぬように力を入れ、大股で部屋を出た。


読んで頂きありがとうございます。

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