国の在り方
翌朝、日の出と共に通りは喧騒に満ちた。
担架に乗せられた怪我人が列をなし、彼らを運ぶために、馬車から荷物を下ろすように指示する衛士と抗う衛士が、怒鳴り合っている。
通りの奥に進むのは、外壁補修の職人だろうか。
宿を出ると周囲を見渡す。妖獣の死体は片付けられてはいたが、血は石畳にこびり付き、異様な匂いを放っていた。
公設浴場の残り湯を撒いているようだが、洗い流すまでには至っていないのだ。
通りに並ぶ馬車は怪我人を満載し、順次動き出していた。
「次の街道駅までは、歩くしかないな」
カザムが呟く。
確かにそうだ、とても乗られそうな馬車は見られない。
「大丈夫だ。次のサザリナ街道駅の治療院に大半の怪我人は運ばれる。そこにならば、馬車の空きが出来る」
カザムに続いて、隆也も通りに足を進めた。
街道に出ると、西に向かう。
しばらく歩くと,ザクトが袖を引っ張った。
「お兄ちゃん。今度、おいらにも剣技を教えてくれよ」
「おれも、剣に教えて貰っているところだ」
「おいらのタガーは教えてくれないよ」
楽しそうに笑う。次の街道駅までは三、四時間かかるがザクト達は苦にも思っていないらしい。
傍らを追い抜いて行く何両もの馬車が過ぎると、街道に人の姿は見えなくなった。
葉を落とした木々が寒そうに並び、街道は遥か先まで伸びているだけだ。
いや、その先から一両の馬車が見えた。
二頭の馬が引いているのは、小さな窓が付いただけの馬車。傍ら通り過ぎるその馬車の窓から、空に向けて小さな手が伸びる。
何だ。
「あの馬車は」
「鉱山での労働者。エルグの奴隷を運んでいる」
当然のようにカザムが言い、ザクト達も普通に馬車を見送るだけだ。
奴隷、何だこれは。この世界には普通に奴隷がいるのか。
そこに疑問もないのか。
感覚は中世のそれなのか。
「ところで、隆也」
その中をカザムが身体を寄せてきた。
「人の尊厳の話をしていたが、公領主に虐げられる民の尊厳は、どうすれば守られるのだ。公領主の横暴は、創聖皇ですら咎められない」
遠まわしにイグザム公のことを言っているのだろう。イグザム公との確執に根深いものがあるようだ。
しかし、尊厳を考えるならば、奴隷制についても同じだ。
この腹立たしさは何だろうか。
「守護領地自体を廃すればいい。公領主など排除すればいい。そして、奴隷を開放するべきだ」
おれの言葉に、カザムが苦笑を漏らす。
「子供のような事を。守護領地制は国の基盤だ。それを廃することなど出来るわけがない。奴隷もいなければ鉱山も成り立たない」
「創聖皇が咎められないというのは、王に国の全てを任せているからだ。公領主の存在を創聖皇が認めていないからだ。そして、奴隷も理にはなく、創聖皇は認めていない」
「認めていない」
「認めていない者を咎めようがない。創聖皇が認め、国を任せているのは王一人。全ての罪が王に帰すなら、王は国を一元管理する責任がある。奴隷を送る国にも王の責任は問われるはずだ」
「確かに、そうかもしれない。エルグの国は王の在位は短いと聞く」
カザムの声が震えた。
「公領主の制度も同じだ。創聖皇の意思に反している」
「創聖皇の意思に反する、天逆か」
カザムの足が止まった。
そのカザムを置いたまま、隆也は足を進める。
そういう風に国が変われば、この世界ももう少し住みやすくなると思う。
日本の制度が全て正しいのかと云われれば疑問だが、この世界よりも確実に進んだものだ。
「この制度は、かつての賢王、そして今は三帝の一人サリウス帝が定めた制度だ」
再びカザムが肩を並べてくる。
「王の威光も、新たな取り決めも、国の隅々まで届けるための制度だ」
「その結果が、これなのだろう。ならば、国の全土に意思を伝える官吏を置き、法も教育も税も統一する。王の元に、全ての民を公平にする」
「全てを公平に。ルクスの大小による区分は、どうするのだ」
「ルクスの大小は、人の優劣なのか」
「いや、人の意識の大きさ。器の大きさだ」
「器の大きさを表すというならば、公領主の器は大きいのだろう。なぜ横暴なのだ」
「それと清廉さは、別だからだ」
「答えが出ているじゃないか。ルクスの大小は一つの目安に過ぎない」
その目をカザムに向けた。
「本当にルクスの大きさだけで区分するならば、ラミエルを王にすればいい」
その言葉にカザムの足が遅くなる。
何か考え込むように腕を組み、何度も頷いていた。
最初に見せられた六種十国の理。あれが、この世界の基本であり、全てなのだろう。
そこに、人はそれぞれの解釈をし、慣例を作った。
今はそれに思考も行動も縛られているように思える。そして、その慣例にこそ既得権益が張り巡らされているのだろう。
次の王になるサラも大変だ。
あの性格ならば、官吏と折り合いが付けられそうにない。
「ねえ」
袖を引かれ、視線を落とした。
「守護領地がなくなれば、関もなくなるの」
ミリアが尋ねる。カザムとの話を聞いていたようだ。
「同じ国の中で、関は必要ない」
「じゃあ、外西にも開学が出来るの」
「開学というのは、何だ」
「幾つもの集落で作っている学院だよ」
ザクトが答えた。集落が集まって運営する、公立学校のようなものなのか。
「外西守護地に、その開学はないのか」
「公貴の学院はあるけれど、開学はないの」
「それでは、外西守護地ではどうやって学ぶのだ」
「読み書きはお母さんに教えて貰った。それからすぐに、外東に行ったから」
「開学では、計算を教えて貰ったりするんだ」
ミリアの言葉に重ねるように、ザクトが言う。
「そうか。では、ザクトとミリアは計算が出来るのだな」
「少しはね。でも、難しいよ」
「次の王様が、きっと全ての場所に開学を作ってくれる」
「でも、開学って集落が無料で開いてくれるんだよ。王様が命令すれば、出来るのかな」
なるほど、開学というのは寺子屋みたいなものか。
いや、寺子屋も家庭によって払える分だけお金を支払う。完全無料ではなかったはずだ。
「それは凄いな。だけど、子供を教えるのは国の役割だから、王様が無料の学院を作ってくれる」
「本当にかい。そうなったら凄いよな」
二人が嬉しそうに笑いだす。
小学生の頃に学べる喜びなんて感じたこともなかった。
学校は、あって当然のものでしかなかった。
だけど、そこで藤沢と坂本に会えたのだ。そして、同時に藤沢の死が、脳裏によみがえる。
おれが大きく息をつくと、
「少し休もう」
いつの間に来たのか、カザムの声が聞こえた。
そうだな、少し疲れた。見上げると、太陽は高く昇っている。
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