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キルア砦


 キルア砦に入ると奥の居館には向かわず、すぐ横の階段を登っていく。

 中空に浮かぶ光に照らされた階段の先は、回廊になっている。左に見えるのが門衛棟だ。

 その回廊に大柄な男の姿が見えた。


「おう、サラ。待っていたぞ。やっと帰ったか」


 手を上げて足を進める。

 赤い髪を短く刈り込んだ男は、背にかけた長剣を揺らして満面の笑顔を浮かべている。


「上手くいったようだな」

「あぁ、聖符は刻まれた」

「そうか、よかった。それで、継承の印綬はいつ」

「まぁ、待て。説明はアレクも一緒によ」


 言いながら回廊を抜けて門衛棟に向かう。

 キルア砦の門衛棟は本来、入国する者に不審者がいないかを見極める番人が詰める場所だ。しかし、隣国のリルザ王国からの入国を遮断してからは、門衛は守備兵士に変換され、中庭の簡易宿舎で寝起きしていた。


 扉を開けて門衛棟に入った。

 広い部屋には寝台が左右に並べられ、中央には長テーブルと椅子が置かれている。

 その中央に憔悴し切ったように、アレクが腰を落としていた。


「やっと、帰ってきたか」


 アレクの顔が上がった。

 漆黒の長髪に、同色の髭。歳は三十だが、疲れが十歳は老けさせてみせる。


「待たせたけど、準備は整ったわ」


 椅子に座るわたしの前に、アレクが湯気を立てるカップを置く。


「それで、印綬はいつ帰って来るんだ」


 シルフとラムザスが入り、扉は閉められた。


「向こうでは、印綬は見つけられなかった。だから、印綬が秘匿されている蔵ごとこちらに持ってくる。レイムの現出は明日、戻れば術式の発動よ」

「見つけられないとはどういうことだ。それに、蔵ごととは」


 ラムザスも腰を下ろした。


「レイムでも感知が出来ない。ルクスが変容しているらしい」

「ルクスが変容、やはりこちらとは違う世界なのだな。それで、天意に示された蔵を丸ごと運んで来るということか」

「そうよ」

「でも、そうなれば間に合うか疑問」


 シルフがアレクの横に腰を下ろす。


「印綬が帰り、その印綬の継承者が見付かり、そして、この四人の印綬と撃ち合せて初めて王が立つ」

「最後の印綬の者さえ判明すれば、時間は掛からないのだがな」

「しかし、継承の印綬にふさわしいほどのルクスの持ち主は、この国にはいないとレイムも言っていたわ」


 わたしも息を付いた。

 ルクスの強さには個人差がある。その者の意識の深さ。いわば器量だ。

 ルクスの強い者は、それだけの器があり、創聖皇に王の候補者として選ばれる。

 しかし、印綬を担うほどの突出した者は、この四人の他にはいない。その為に、いまだに五人目の候補者が選ばれていないのだ。


「そうだな。しかし、この際誰でもいい。五つ目の印綬が揃わねば、この国は消える」

「後二十九日か。アレク、リルザ王国はどうなのだ」

「話にならん。正式な外交権もないからと、何度行っても王はおろか、印綬の者にも重臣にも面会は出来ない。その間にも衛士は続々と国境に集結し、既に五万を越えている」

「玉璽も持たぬ我らでは、交渉の余地なしか」

「天意が下り、継承の印綬が見付かることを伝えはしたが、それもどこまで届いているか」

「守備はどうだ」

「国境に一万が精一杯」


 シルフが答える。


「西が動けないか」

「そう、外西守護領に衛士が集中している。近隣の守護公領主も動けない」

「イグザムの裏切り者が。しかし、時間がなさすぎる」

「先王の廃位からもうすぐ三十年になるか」


 ラムザスが椅子に背を預ける。


「国の荒廃も極まれりよ」


 湯気を立てるカップを口に運んだ。

 前王が廃位されて三十年近く。妖獣は溢れ、旱魃と洪水に土地は荒れ、民は疲弊し尽くした。

 配るべき小麦もなく。他国から仕入れる財もない。


 国土の至る所で上がる煙は、炊煙ではなく遺体の焼却だ。

 そして、王の不在が三十年続けば、同じエルム種の国境は不戦の結界が解かれるだろう。

 そうなれば、リルザ王国軍の六万が雪崩れ込んでくる。国は分断され、民は奴隷にされる。


「王が立てば」


 シルフが口にした。

 そう、王が立てば不戦の結界は解かれず、王宮の封鎖は解除される。そうなれば宝物庫も開かれ、諸国から食糧も調達は出来る。王さえ立てば。

 再び大きく息をついた。


「ところでサラ」


 アレクの声が掛けられた。


「その異世界とやらは、どんな世界だった」


 その問いに、凄かったとしか言葉が無かった。


「どう凄いのだ」

「向こうには、ルクスが無かった。いや、ルクスはあるのだが、向こうのエルムはルクスを感知できず、使えもしない。そして、感知できない故にルクスに包まれたわたしを見ることも出来なかった」


 言いながら、あの少年が思い浮かんだ。なぜか、わたし達を見ることが出来た少年が。真っ直ぐな目をした、面白い少年だった。


「ほう、ルクスを使えないか。では、よほどに未開なのだな」

「その逆だ。訪れたのは向こうでは小さな町らしいが、王都よりも人が多く、主塔よりも高い建物が林立している。あらゆる道は街道よりも広く、黒い人工石で覆われ、そこを馬のない荷車が疾走していく。とんでもない世界だった」

「塔よりも高い建物に、馬の引かない荷車。ルクスの行使ではないのか」


 アレクが手にしたカップを置く。


「違う。全てが機械仕掛けだそうだ」

「そんな世界なのか」

「それよりも驚くのが、そこはエルム種しかおらず、妖獣もいない」

「まさか」


 ラムザスも身を乗り出してきた。


「本当だ。そして、王もいない」

「王がいない。では、だれが国を導くのだ」

「民から選ばれた者だそうだ」

「創聖皇の信任を得ずに」


 シルフが呟く。


「あの世界の創聖皇は、人に干渉はしないとレイムが言っていた」

「よくそれで、世界が保てるものだ」

「しかし、わたしには理想の世界に近く感じた。そこに飢えはなく、盗賊に襲われることもなく、妖獣もいない」

「確かにここ比べれば雲泥の差だな。では、それがサラの目指す国なのか」

「そんなことは分らない。第一、目指すべき国は王が決めることよ」


 ラムザスの言う通り、わたしが王に選ばれるかもしれない。だが、わたしには不安しかなかった。

 この国を導く先が見えてこない。

 言いながらマントを取り、脛当てに手を伸ばす。白い肢が露わになる。

 これで、少し楽になった。


 その場で鎧を外すわたしに、

「我らは一回りしてくる」

ラムザスとアレクがなぜか慌てて立ちあがった。


 気のせいか、シルフに睨まれた気もした。


読んで頂きありがとうございます。

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