表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/114

死の予感


 撃ち込んだ刀は、青い光を散らせただけで止められた。

 硬い皮膚に阻まれ、刃は食い込むこともない。

 首に止まった刀を意にも介さず顔はこちらに振られ、大きな顎が開かれた。


 黄色く筋の浮いた牙が剝き出しになる。

 死とはこういうものなのか。

 抗えない力に流されるように死を迎えるのか。もがいて、足掻いて、そして諦めるしかないのか。


 いや、諦めても足元から立ち昇ってくる恐怖を抑えることは出来なかった。

 身体の震えが収まらず、力も入らない。

 自分の無力さに絶望しかない。


 眼前に迫った牙が、不意に視界から消えた。

 白銀の輝きが眼前に浮き上がる。

 違う、その輝きの上に飛ばされた妖獣の首が見えた。あの一瞬で、首を斬り飛ばして目に前に現れたサラ。


 横倒しになった馬車の上で踊るようにステップを踏みながら、押し寄せてきた妖獣も薙ぎ払っていく。

 噴き上がる血は周囲を濡らし、おれの外套も赤黒く汚れた。それでも、その中心にいるはずのサラには汚れ一つ付いていない。

 おれは見上げた目をサラから逸らすことが出来なかった。

 いや、サラと認識したのはその貌を見た時だ。最初は、白銀の光しか見えなかった。そして、その美しさに見惚れていた。


「無事だったか」


 剣を収めたサラがその貌を向ける。

 震える身体を抑えるように、抱き寄せられた。


「無理をするなと言ったろう」


 硬い甲冑に押し付けられ、頭に手を置かれる。でも、子供じゃないとその手を振り払うことは出来なかった。

 安心感に崩れ落ちそうだ。

 死なずに済んだ。生きている、それだけで、これほど凄くて嬉しいことなんだ。


「周囲を片付けてくる」


 そうだ。まだ終わっていない。

 おれもしっかりしないといけない。

 背を向けるサラを目で追うと、慌てて横倒しになった馬車の中に目を移す。坂本と藤沢は――倒れてはいるが無事だ。


「もう大丈夫だ。妖獣は退治されたよ」


 蓋のようにドアを開けると、シートを足掛かりに二人がよじ登って来る。顔は青ざめ震えている。

 いや、おれも同じだ。この姿をあの子に見られたのだな。

 馬車から降りると、周囲が良く見えた。少しは心が落ち着いたようだ。妖獣と言われる大きな獣が幾重にも倒れ込み、むせ返るような腐臭がする。


 その中を騎士たちがこちらに進んで来た。

 坂本たちを助けに来てくれたようだ。おれは――おれは少し休みたい。

 妖獣の屍を乗り越え、奥へと進んでいく。血溜まりのない所で腰を下ろしたい。その思いだけで、弾力を失くした屍を乗り越えた。


 近くに見えた倒木にやっと腰を下ろし、初めてゆっくりと深く息を付く。

 本当に、死を覚悟した。いや、覚悟ではない。生を諦めたのだ。

 おれは、蔵の中で決意したはずだった。


 生まれ変わると、坂本と藤沢に応えられる人間になると決意したはずだ。

 まだ、身体の震えが止まらない。

 どうして、こんな世界に来てしまったのだろう。


「こんな所にいたのか」


 サラの声だ。その顔の前に、湯気を上げるカップが出される。


「ありがとう」


 これを取りに行ってくれたのだろうか。口に運ぶと苦く甘い味が広がる。濃い紅茶に砂糖を入れたような味だ。

 身体よりも心に染み入ってくる。


「馬車から出るなと言っただろう」

「そう言うな。馬車の中を見たか」


 野太い声はラムザスのものだ。


「シートが抉れていた。大方、ダエントの爪が抉ったのだろう」


 そうだ。馬車が倒されたあの時、窓を突き破って太い前肢が走った。

 鋭い爪は厚い木と革のシートを簡単に抉り取り、その後に顔を突っ込んできたのだ。馬車は鈍い音を立て、天井になった壁からは木片が降り注いだ。

 坂本と藤沢が悲鳴を上げ、このままならば殺されるしかないと思った。それで、思わず飛び出してしまったのだ。


「しかし、それでも」

「責めては駄目。あのままなら、殺されていた」


 槍を肩にシルフが歩み寄る。


「そうだぞ、それよりもあの太刀筋を褒めるべきだ」


 アレクまでもが、その後に続く。なんだ、四人がここに集まって来たのか。

 彼らは倒木にそれぞれ腰を下ろした。


「だが、あの状況で出ていくのは、自殺」


 シルフが首を傾げて見上げてくる。


「仕方がない。あの冷気の塊がすぐ側に来たんだ」


 言い訳をするように言うと、皆の口が止まった。

 何、どうしたのだ。


「冷気だと。おまえ。妖気を感じるのか」


 ラムザスが、たまった息を吐きだすように言う。


「子供の頃に黒い影を見た時から、冷たさは感じていた。でもあれほどの冷たさは初めてだ」

「黒い影、おまえたちの世界にもいたあの妖気だな」


 サラの言葉に頷いた。同じ妖気と言われても、この世界が異常なだけだ。


「それでは、向こうにも、妖獣がいるのか」

「妖獣はない。向こうの世界にあるのは、憑りつくことも出来ぬほどの微細な妖気だ」

「それを感じるというのか」


 彼らが好き勝手に話し始め、アレクが驚いた声を向ける。


「感じないのか」

「我らは感じるさ。しかし、それはルクスが強く鋭敏だからだ。普通の者は、感じられない。隆也、まさかルクスも感じられるのか」


 ラムザスが覗き込むようにこちらを見た。


「ルクスかどうかは分からないが、この世界の人からは、痺れるような感覚がする。痺れ方は人によって様々で、ラムザスのそれは重く、シルフのは鋭い」

「本当かよ」

「参った。ルクスのない少年が、ルクスを感じられるのか」

「普通は身体を接触させてルクスを感じる。自分よりも強いか弱いかを。ルクスの属性の違いはエルフクラスの感受性が必要」


 シルフよ。そんな難しいことを言っても分からない。感じるからそう言っただけだ。


「なんだか、訳が分からくなったな」

「隆也は異常だとレイムも言っていた。考えるだけ無駄かもしれん」


 アレクが投げだしたように言う。なんだよ、無駄って言うのは。


「それよりも妖獣を斬りつけても弾かれた。あのバリアみたいなものが、ルクスなのか」

「妖獣の身体を纏っているのは、妖気だ。ルクスに近いものだからルクスで破れるものだが、おまえルクスが弱すぎたのだな」

「無理もない。ルクスはレイムが応急的に注入した」

「それでも、使い方を教えれば」

「徐々に流出していくために、定期的に注入をしなければ保持も出来ぬ身体だ。隆也に教えれば、際限なく使いそうだ」


 サラの溜息交じりの声が聞こえる。

 何だそれ、子供が新しいおもちゃを貰って遊ぶのじゃないんだ。

 この世界ではルクスがないと生きていけないくらいは分かるさ。無駄に使ってルクスを失くすわけないだろ。

 今度は、おれがため息を付く番だった。


読んで頂きありがとうございます。

面白ければ、☆☆☆☆☆。つまらなければ☆。付けて下さるようお願い致します。

これからの励みにもしますので、ブックマーク、感想なども下さればと願います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ