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妖獣

 

「珍しいな」


 レイムが覗き込むように、わたしの前に顔を出した。


「何がです」

「いや、あの隆也と話していたからな」

「話しくらいはしますよ」

「そうか、今までそんな姿は見たことがなかった」

「あの者は気になります。向こうの世界であれだけ大きなことを言っておいて、結局この世界に引っ張りこんでしまったのですから」

「まぁ、確かにそれはそうだな」


 レイムが横を向いた。レイム自身が、人には影響がないと言っていたのだ。気まずくなったのだろう。


「でも、この世界にもだいぶ慣れてはきたようです」

「そうか。それで、あのバカと何を話していたのだ」

「隆也は、バカではないようです」

「ほう、どういうことだ」


 レイムが再び顔を向けてくる。


「観察、洞察、推察が適切でした。ただ、この世界の常識に付いてはいけないのでしょう」

「なるほど、サラが言うのならばそうなのだろう。それで、この先の妖獣対策はどうする」

「馬車を二両、護らなければなりません」


 真獣の鞍を持つと、身体を引き上げた。


「わたしが先行をします。妖獣が少なければ突破し、多ければ迎え撃つ」

「単純にして、明解だな」

「はい」


 真獣の首を撫でた。真獣も頭をこすりつけてくる。

 準備は出来ているようだ。そのまま真獣に跨がった。

 馬とは違い手綱はない。手綱で指示をしなくとも、真獣はこちらの意思を読み取るためだ。

 その代りに、鞍には握りが付いており、それを持つことで身体を安定させることが出来る。


「しかし、国境の関に近いというのに、妖獣が跋扈しているとは」

「巡回の軍もこの辺りにしか回せません」


 通りに出ると、真獣を進めた。

 隆也たちの乗った馬車もゆっくりと進み始め、騎士たちも通りの先へ馬首を向ける。

 ここから目指す街道駅までは、一時間ほどの距離だ。


「それより、シルフが探していたようですが」

「あいつは、面倒くさい。それで、ラミエル対策はどうなのだ」

「まだ何も。でも、ラミエルの目的は現出させた蔵の破壊でしたから――」

「それは、違う」


 不意に聞こえたのは、シルフの声だ。

 いつの間に来たのか、緑の真獣が後ろにいる。


「聖符で異世界との門を開き、現出させた蔵を、ラミエルは向こうの世界に押し戻そうとした」

「どういうことなの、シルフ」

「シルフたちがラミエルの動きを止めたから、ラミエルはルクスを打つタイミングが遅れた。閉じかけた門を強制的に開いたが、蔵はその衝撃で飛ばされ、隆也たちがこの世界に引き込まれた」

「なるほどな」


 頷いたのはレイムだ。


「門をこじ開け、蔵を押し返せば、印綬は再びこの世界から消える。もう一度聖符を出すにしても、時間は掛かるか。しかし、ラミエルは失敗し、印綬は現出した。さすがだな、シルフ」

「だから、次の手を打ってくる」


 シルフが俯いたまま言う。


「次の手――蔵の物が散った先に現れ、印綬の破壊か」

「それが妥当」

「やはり、ラミエルを討伐しかないか。四人でラミエルを仕留めるならば、連携しかないな」


 アレクが真獣を寄せて来た。


「そうだ、四人で間断なく連撃。これでルクスを削るしかない」


 その横にはラムザス。


「確かに、息は合ったが連撃まではいかなかったな」

「それは、これから慣らせばいい」


 レイムが不敵な笑みを見せると、右手の山を指さした。

 遅れてわたしにも感じられた。微かに流れてくるのは妖気。妖獣だ。


「早速のお出ましか、しかし、早すぎないか」

「この国は、そこまで荒廃している」


 わたしが口にすると、

「妖獣を誘導する」 

同時に、シルフが真獣を進めた。


「わざわざ誘導するのか。まぁ、よかろう」


 アレクも真獣を走らせる。

 そう、誘導してでも討伐する価値はある。その分、民の苦悩が減るのだ。


「馬車への守備陣形を取れ」


 騎士たちに言うと、身体を低くした。

 同時に真獣の足が地を蹴る。妖獣の頭を押さえるという意思に、真獣が応えたのだ。

 風を捲いて走る真獣は。木々を飛び越え、街道を外れる。真っ直ぐに妖獣へと向かっていく。


 その先、小高い丘の上で青いルクスの光が瞬いた。シルフの槍だ。次の瞬間、その丘を黒い影が覆う。

 妖獣の群れ。思ったよりも多い。いや、多すぎる。

 腰の剣を抜いた。


 駆け寄りながら身体を起こし、鐙から足を抜く。この群れの中に乗り入れれば、真獣といえども押し倒されるかもしれない。

 それならば――鞍を押して真獣から飛び降りた。 

 わたしの意図を理解した真獣は、強く地を蹴って妖獣の群れを避けていく。


 降りると同時に、わたしも地を蹴った。

 黒く大きな影。妖獣となっているのは四本の牙を持つダエント。

 ニメートルを超える山犬の一種だ。血走った眼は焦点が定まっておらず、剥き出しの牙からは血の混ざった涎が流れている。


 その足元に身体を滑り込ませながら剣を振った。

 厚い皮を断ち切り、その脇腹を深く抉る。そのまま剣を振り下ろし後に続く妖獣の首を切り飛ばした。

 突っ込んでくるその巨体もルクスに弾かれ、衝撃すら感じられない。だが、数が多すぎる。


 それに――群れの一部は、足を止めずに走り続けていた。知能の欠如したはずの妖獣は、野生の本能のままにエサを求めていた。

 踏み込み、身体を回し、舞うように周囲の妖獣を斬り伏せていく。

 噴き上がる赤黒い血もルクスに阻まれ純白のマントを汚すこともなかった。


 周囲の妖獣をすべて切り伏せ。残りの妖獣を目で追う。

 丘の下、木々の向こう。

 妖獣の一群は、真っ直ぐに馬車へと向かっていた。


 馬車の周囲には、馬を降りた騎士が盾を揃え、槍を構えている。だが、彼らにはこの大群を受け切るだけのルクスが無い。

 血に濡れた草原を駆けた。

 僅かに遅れて、妖獣の群れが盾の壁にぶつかっていく。堤防を襲う濁流のように、鈍い音を響かせながら盾を押し倒し、乗り越える。


 その濁流から突き出される槍の穂先が、陽光に煌めいた。血が噴き上がり、何頭かはそのまま飛ばされるが、濁流の勢いは止められない。

 いや、その濁流を割るように、ルクスが迸った。

 大きく振るわれたのは、ラムザスの大剣。その剣が縦横に走り、妖獣の巨体を分断していく。


 だが、それでも数が多すぎる。たちまち隆也たちの乗る馬車が傾いだ。

 ラムザス一人では支え切れない。わたしも残るべきだった。

 馬車が倒され、一頭が窓を破り顔を突っ込む。


 僅かに遅れて、ドアが開かれ中から人が出て来た。刀を手にした隆也だ。

 ったく、馬車の中かから出るなと言ったはずだ。

 倒れた馬車の上に立った隆也が、刀を振るう。ぶれることなく真直ぐに妖獣の首を撃つ。しかし――。


「太刀筋はいいな」


 傍らからの声は、アレクだ。


「ルクスが弱すぎる。それに」


 刃は固い皮膚に弾かれ、足元がよろけていた。妖獣を相手にあれでは持ちこたえられず、ここからでは間に合わない。


「手打ち。刀に振り回されている。危険」


 さらにシルフの声。

 駄目だ。このままでは、あの少年は死んでしまう


「サラ、俺とシルフの背中を使え、ここからあの少年を守れるのはサラだけだ」


 アレクの言葉と同時に、二人が前に出た。

 意味は瞬時に理解できる。

 シルフとアレクの背を踏み台に、空に上がるのだ。

 わたしならば、ルクスで風を操れる。風を使えば、あの距離まで一気に詰められる。


「分かった」


 わたしはそのまま跳ぶと、前を駆けるシルフの肩を踏み台にする。さらにアレクの肩を蹴り、高く空に舞った。

 風よ、わたしを押せ。ルクスに思いを込める。

 幾枚もの葉を散らして樹々を飛び越えた先、乱戦の中心に馬車が見下ろせた。隆也の周囲には幾多の妖獣。


 間に合うか。

 いや、間に合わせる。

 風よ、わたしをもっと強く押せ。

 ルクスを込めた。


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