外伝⑥ 王権移譲
地下の広間の奥、門はそこにあった。
地下とは思えないほどに高い天井に、広い空間。その奥には、天井まで届く幅が五メートルは越える扉。
この石造りの扉が、転移門というものなのだろうか。
「さぁ、早く。印綬の継承者は準備を」
ライラの言葉に、レイムが後ろに下がる。中ツ国には呼ばれていないということか。
何をしている、おれはレイムの背を押した。
「おれが王になったのは、レイムがいたからだろう。レイムとサラが迎えに来たのじゃないか。だから、レイムも来い」
「待ってよ。呼ばれているのは印綬の継承者五人だけだ」
立ち塞がるように、ライラが両手を開く。
「レイムは、もうおれたちとセットだよ。行くならば一緒だ」
そのライラを無視して、足を進めた。
「い、いや。隆也、さすがにそれは。カリウス帝も来られるからな」
戸惑ったように、レイムが強く首を振る。
「カナンにはもう会っているだろ。レイムは同じ仲間だ」
宙に浮いたレイムの背中に手をやり、そのままもう一度押した。
それを待っていたかのように扉が左右に開き、ルクスの蒼い光が溢れ出す。
転移するのは何回目だろうか。もう慣れたよ。
そのまま足を踏み入れ、ルクスに包まれた。
次の瞬間、広場が現れる。
吹き抜けてくる風は、緑の濃い香りを運んで来た。
ここが中ツ国。
踏みだそうとした足は、しかし、そこで止まる。
森の奥を流れるように進む黒い影。黒いフードの人影。
ラミエル、反射的に腰の刀に手が伸びた。
いや。それから立ち上がるルクスは輝き、穢れは見えない。
「あれが、本物のラミエルだ」
声とともに不意に現れたのは、カナン。
「では、あの化け物は何だったんだ」
おれは、ラミエルから目が離せない。確かに、持っている雰囲気、威圧感が闘った化け物とは違い過ぎる。
「ラミエルは、中ツ国の守護者。万一にでも妖獣が侵入すれば、その妖に反応し、近辺の妖を引き寄せる。おまえの前に現れたのは、そのまがいものじゃ」
そうだ。確かにカナンはあれをラミエルとは呼ばなかった。
しかし、あれも周辺の妖獣を集めて来ていた。ラミエルに近い何かなのか。それを模して造られた何かなのか。
「あれは、人為的なものなのか」
「そうだな。それを正すためにおまえは用意されたのかもしれないな」
正すってどういう意味だよ。
「それより、レイムも来たのだな」
「当然だ。おれたちの仲間だ」
「そうか、よかろう。レイムもそこに控えておれ」
「よ、よろしいのですか」
レイムの方が驚いたように顔を上げる。
「転移門に入れたのだ。招かれたのと同じじゃ」
カナンが笑みを見せ、
「それよりすぐに王権移譲だ。隆也は広場の中心に進め」
一転して鋭い声で言う。
その言葉に、広場に進む。
いつの間にか現れたのか、広場を囲むように二人の人影が現れた。
三帝の残り二人のようだ。
「隆也王以外の者は、礼を示せ」
頭に響く声と同時に、周囲がルクスに満たされていく。
次に響いて来たのは、自ら命を断つな、正道を歩め、心のない機械が文章を読むような文言だ。
これでは、音声ガイダンスではないか。
それを終えるとカナンの声が響いた。
「これより、創聖皇のお言葉を伝える」
待て、何だよこれは。いい加減にしろ。
腰の刀を引き抜くと、それを広場に突き立てた。
「創聖皇に問う。おれの友は戻ってくるのか」
途端に、
「ま、待て、隆也。創聖皇のお言葉の中途である。礼をわきまえろ」
カナンの慌てた声が響く。
「自らの手段で、おれの友を奪う。これこそ礼を逸しているのではないのか」
「それは隆也、お前を覚醒させるために――」
再びカナンの言葉が響き、不意に途切れた。
別の声が頭に響いてくる。
「魂はルクスと共に地を巡り、再び命となって帰る。友も新たに生まれ変わる。縁が結ばれているのだ、再び隆也の前に現れよう」
深く重い声。これが、創聖皇の声なのか。
広場を囲むカナンたち三帝が、その場に膝を付き深く礼を示した。
「静を持って世界を灰燼に帰すか、動を持って自浄を示すか、未来は人に託された。今一度言う。秩序を取り戻せ、万物を正しき道に戻せ。天のものは天に帰し、天外のものは塵と帰す。石は砕かれ、玉のみ救う。これを持って王権の移譲とする」
頭の中で幾重にも余韻を残して声が消える。
同時に身体中にルクスが駆け巡り、膨れ上がっていた。
これは、覚醒した時と同じ感覚だ。自らのルクスが膨れ上がったのが分る。
わずかに遅れて、声なき声。想いが伝わって来た。
光を与えるという想い。これは、創聖皇の想い。
僅かに遅れて、今度は別の澄んだ声が頭に響く。
「よかろう、隆也。おまえの元に進もう。妖に汚れし国土、この角で清浄化してやろう。そして、本当に必要ならばこの身を使うがよい」
声の主は広場の奥から近づいてくる。
目を移した先に見えたのは、光。
いや、光を放つかのように輝く、一角獣。ユニコーンだ。
それは広場に入っておれに近づくと、目の前で膝を折った。
本当にこんなのがいるんだ。
驚くおれよりも先に、重い声が上がる。
「これは、驚いた。聖獣が自ら人に膝を折るのか」
「よほど気に入ったのだな」
駆け寄って来たのは三帝たちだ。
「当然だ。これほど面白いことがあろうか。創聖皇に文句を言ったのだ」
ユニコーンの言葉に、
「隆也、あれは非礼に当たるぞ」
カナンが腕を組む。
「だが、創聖皇が自らお言葉を下された。これも初めてではないのか」
「そうだな。隆也と言ったか、本当に面白い奴だな」
なんだ。三帝というのは普通の人と変わらないじゃないか。
「初めてと云えば、あの創聖皇のお言葉どういうことだ」
「言葉通りだろ」
おれの言い方に、サラが慌てたように駆けより袖を引っ張って来る。
「申しわけございません。隆也は言葉の使い方が分かっておりませんので」
言葉の使い方って何だよ。
「気にすることなどない。それより、創聖皇の伝えられたお言葉だ。しっかりと考えるといい。そして、これは今は秘匿しておけ」
「そうだな。しばらくは、隠しておくしかないな。広がれば、混乱を生むだけだ」
カナンも続けた。
確かにそうかもしれない。
静をもって灰塵に帰す。これは、創聖皇による世界の作り直しだろう。
ならば、動をもって自浄は、おれたちの武による力の制圧だ。
同時に、石は砕かれ、玉のみを救うは多くの者の死を示唆している。
「おれは、その為に用意されたのか」
思わず言葉にでた。
創聖皇がおれを用意したと聞いた。ならば、おれは。
「わしら三帝で、助けられることは助けるさ。隆也は、隆也の思う道を進め」
重い声で、彼らが肩に手を置いてきた。
どう見てもこれは、諦めと同情だろ。
「嫌になるな。本当に手助けを頼むよ」
おれはそのまま背を向けた。
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