エピローグ2 偽善と真実
「痛いな」
惚けた声で隆也が言う。そんなことは知ったことではない。状況くらいは最初に説明するべきだろう。
「どうかされたのですか、サラ殿」
カザムもカザムだ。気配も感じさせずに部屋の隅にいるのじゃない。
慌てたカザムの言葉に手を振り、
「計画とは、何ですか」
わたしは横を向いた。
「サラをイグザムの身内の者だと、門番に伝えた。おれが護衛をして、ここの倉庫にある隠し財産の引き上げに行くから、入るのは見逃せとな」
それで門番に金を握らせたのか。
「それでは、襲って下さいと言っているようなものではないか」
そのわたしの言葉を無視して、カザムが口を開く。
「承知いたしました。では、外にもすぐに噂を流しましょう」
カザムの言葉と同時に、横に控えていた男が動いた。
どういうことだ。
「ラムザスたちはこの街道駅の周囲に潜ませている。ここで、野盗となった傭兵団をまとめて排除する」
まとめて排除って、それにどうしてラムザスたちが。
「主上が馬車を降りられた後、自分が伝えに行きました」
だから、カザムが居なかったのか。しかし、野盗を排除するのは賛成だ。そのままでは民が苦しむだけだ。
「分かりました。わたしはどうすればいいのですか」
「夜になってから、一緒に奥の倉庫に行く。ただ、それだけだよ」
その隆也に、カザムが足を進める。
何かの紙を渡し、話し始めた。
話している内容は、ほぼ数字の組み合わせだ。アセット同士の会話のようだ。
しかし、すでに隆也は動き出していたのか。この回り道は、王宮でシムグレイが暗躍するための時間を稼いでいるのだろうか。
すぐに話は終わり、カザムはそのまま下がっていった。
「何の話ですか」
扉が閉まると、その顔を向ける。
「サラのことだ。気が付いているのだろう」
「動いている事は分かりましたが、何をしているかまでは」
「別に、隠すつもりはない。人材集めだ。出自、ルクスに関係なく、有能な人材を国中から探して貰っている」
「人材、何の人材ですか。官吏をさせるのですか」
「必要ならそれもあるが、その前に学院を作らなければいけない。それには先師がいる」
「学院を作るのですか」
すでに学院は幾つもある。そこには先師も十分にいるはずだ。
「教育は国の根幹だから、全ての子供は教育を受けなければいけない。それをサラに任せることになる」
全ての子供、公貴以外の子供にも教育。それは素晴らしいことだが、掛かる費用はとんでもないことになる。
隆也は、予算のことを分かってはいないのだろう。一応、試算だけはしておこう。その金額を見れば、色々考え直しもするはずだ。
夢や理想より、まずは民を飢えから救わなければならない。
「分かりました。検討します」
それだけを言うと、窓に目を移す。
いつの間にか傾いた陽に、周囲は昏く沈んでいた。
その目の前に、不意に光が集まる。横から隆也の溜息が聞こえた。
「あたしに内緒で、勝手に休むな」
出て来たのレイムだ。しばらく姿を見なかったが、どこかに行っていたようだ。
「カザムから連絡はいっていたはずだが」
「聞いたさ。だが、これ以上外で待つのは嫌だからね」
嫌だからって。まぁ、隆也と二人は緊張するから、来てくれたのはいいか。
「それとな、予定通り傭兵崩れは、裏の壁に集まっているそうだ」
そのまま隆也の前に腰を下ろす。
「どういうことですか」
「ここは、最初にイグザムが狙った街道駅になる。妖獣を呼び寄せる時に、裏の壁が崩された」
「だが、それは補修したのでしょう」
「その後で、再び裏の壁からイグザムの軍が侵入し、この街道駅を占拠した」
では、そこは未だ脆いのか。
「この宿周辺にも、侵入した傭兵崩れの監視が付いたそうだ」
レイムの言葉に、隆也が頷いた。
「もう少しすれば、近隣全ての野盗が集まる」
「そうだな。しかし、隆也よ。少しあたしの使い方が荒くないか」
レイムが恨みがましい目を向ける。
「なにぶん、手が足らない。悪いが、協力してくれ」
「まぁ、カルマス帝にも言われたから仕方がないがな。それより、王都の臨時王宮には各商業ギルドの使者が集まっている。采配をしておるのは、臨時内務大司長のバウムとその一派じゃな」
商業ギルドの使者。それは、王が正式即位をしてから訪問のはずでは。
「王との面会の順番に、必要金額の詳細と商権の割り当て。それらの采配を先行することで、商業ギルドから謝礼を貰うのじゃ」
「謝礼。ですが、それらの契約にしても玉璽が必要でしょう。王の決裁のない契約は通りません」
「その話しは彼ら主導で行い、王に認可させればいい。そういことなのだろう」
気にもしていないように隆也が言う。
それも、想定しているというのか。
「それよりも」
隆也が立ち上がった。
「馬車もそろそろ用意できただろう。行こうか」
「行くのはいいが、後で林檎酒を奢れよ」
「分かった。でも、おれも金は残り少ない。サラに奢ってもらおう」
「まぁ、いいだろう」
隆也とレイムは、勝手なことを言いながら部屋を出る。
奢らせる相手を置いていく気か。第一、わたしが囮なのだろう。
慌てて二人を追いかけ、通りに出た。宿の裏には幌を付けた馬車が止められている。これが、隆也の言っていた馬車なのか。しかし、こんなものをどうするのだろうか。
隆也はそのまま通りの奥の倉庫に足を進める。レイムは宿からは出てきてはいない。
突き当りの壁際にある倉庫の扉で、隆也の足は止まった。それを待っていたように、すぐ側の壁が崩される重い音が響きだす。
しかし、隆也はそこに目を向けることなく、倉庫の扉を蹴破った。
どうした。野盗を一掃するのではないのか。
しかし、そちらに目を向けることなく倉庫に足を踏み入れると、光球を出した。倉庫の中が明るく照らし出され、わたしの足もそこで止まる。
倉庫の奥、そこは格子で区切られて中には数人の子供が入れられている。身体にある赤い痣が、その子たちが人種妖、エルグの子供たちだと教えている。
「これは」
「最初にこの街道を通った時、彼らを運ぶ小さな窓しかない馬車を見た。カザムに聞くと鉱山に運ばれる奴隷だと言われた」
隆也はそのまま奥に進んでいく。
「どう、するのですか」
「おれの国に、奴隷はいらない。他国での者であろうと、人は全て平等だ」
そう、確かにそうだ。奴隷などの制度は必要ない。
しかし――。
「ですが、彼らはこの倉庫の商人、商業ギルドの財産になります。それを奪うのは」
「法に反するか」
「はい」
その財産を奪えば、野盗と同じだ。
「違うな。法は人の秩序と幸福に為にある。おれが王宮に入れば直ちに法は変えるが、それまでにこの子たちが傷つき、倒れたならばどうする」
「それはそうです。しかし」
続く言葉が出てこない。隆也の言うことは正しい。
「これを超法規的借置と、日本では呼んでいた。しかし、この世界では納得をしない者もいるだろうからな。このどさくさに、彼らを馬車に乗せて運び出す」
その言葉に、わたしは牢へと駆けた。
隆也が王宮に入り、直ちに奴隷制を廃止し、国内の奴隷の解放を宣言する。その後で見付かったこの子たちは、そのまま自由になれるのだ。
ここに来た目的は、最初からこれだったのか。
野盗をこのトリルト街道駅に集め、捕縛の騒乱に紛れての救出。
そうなると、わたしが隆也と一緒に来ることも既定路線だったのだ。全てが計画され、準備されていたこと。
一言わたしにもにも言えばいいじゃないか。本当に、捻くれた王だ。
隆也が牢の格子を壊した。
怯える子供たちにわたしは駆け寄ると、その手を広げる。子供たちも意味を理解したようだ。泣きながら縋りついて来た。
エルグは呪われた血の民。大陸ではそう言われるが、そんなことはない。
エルス、エルミ、エルナ、エルム。様々な特徴があるが、共通するのは首や頬にある赤い痣。これこそがエルグの証となり、野蛮の民と蔑まれる。
しかし、その子供たちとシルフの姿が重なった。
そうか、偽善と真実とはこういうことか。
それをわたしに感じさせるために、隆也はわたしを連れてきたのか。
事前にわたしに伝え、変な先入観を持たさないようにしたのだ。
隆也の言いたいいたい事は分かった。正しいことをするのに、偽善も真実も関係ない。嘘も真も関係ない。
それを外に見せることを偽善と呼び、内に収めることを真実だと人はいうが、それは見た者の判断でしかない。
何もしない傍観者の言葉でしかない。
大事なのは、行動を起こすことだ。
なんだ、しっかりした王じゃないか。わたしなどがとても及ばない、本物の王じゃないか。
もし、わたしが王になっていたら、この子たちの未来はここで潰されていた。
これでは、隆也に反対は出来ない。わたしの数歩も先を進む隆也に、わたし自身が追い付かないといけない。
そして、隆也を用意してくれた創聖皇に感謝しないといけない。
「さて、野盗も片付く頃だろう。そろそろ、逃げ出そうか」
隆也の言葉に、わたしはただ頷くしかなかった。わたしの王の言葉に。