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エピローグ1 帰還への道

 

「だから、中央街道に進めとあれほど言ったのだ」


 アレクが真獣を並べて来た。


「それも、供回りは馬車の速度に合わせろとの命。十日以上の遅れ」


 シルフも後ろから声を掛けてくる。

 わたしに言うな、わたしに。何度、隆也に意見したか、皆も知っているだろう。


「いや、ここはサラ以外にいないだろう。何とか王に道を変えるように言ってくれ」


 ラムザスまでもか。わたしは、王のお守りではないぞ。


「分かった」


 それでも、そう言うしかなく真獣を下がらせて馬車を待った。

 馬車が近づくと、鐙から足を外し、その馬車に飛び移る。

 扉を開けて中に入ると、隆也が椅子にもたれて寝息を立てていた。まだ、日が傾いたばかりの夕方だ。まったく呑気なものだ、皆の心配も知らないで。


 しかし、中にいるのは隆也だけ。いつも隣に控えるはずのカザムがいない。

 起こすのも気が引け、わたしはその前に腰を下ろした。

 穏やかなその寝顔に、引き寄せられる。


 異世界では人と人を結ぶ縁もないために、親を亡くし、友人は同じ異世界からの坂本と藤沢だけ。疎外感しかなかった世界で十七まで生きてきた。その寂しさと虚しさは、わたしには容易に想像できる。

 巻き込まれる形で、この世界に帰ってくれば、たった二人の友人も自らの覚醒の為にその腕の中で息絶えた。

 地獄を見て来たのだ、この隆也は。


 そして、隆也はわたしの王。この国の指導者。地獄を見て来たこの王は、この国をどこに導くのだろうか。千年の実りか、破滅か。

 柔らかなその髪に手を伸ばした。

 その瞬間、隆也の目が開いた。慌てて手を引っ込め、窓の外に目を移す。


「サラか」


 その声に、初めて気が付いたように顔を戻すが、無理があるのは自分でも分る。なにせ、顔が熱すぎる。赤面していることは間違いないが、自分ではどうしようもない。


「起きましたか」


 せめて、声だけは冷静になろう。


「来てたのか、どうしたのだ」

「北街道をやめて、中央街道に戻らないのですか」

「その話か、辿って来た道を見ておきたい。それは伝えたはずだが」

「それでは、王宮に入るのが遅れます」

「十五日ほどの遅れならば、問題ないだろう」


 なるほど、隆也は十五日の遅れてとみているのか。こいつは確信犯だな。しかし、遅らせる意図は何なのだろう


「一刻も早く王宮に入り、民を安心させなければなりません」

「彩雲は走った。皆が王の立ったことを知ったと言ったのは、サラだろう」

「確かにそうですが――」

「それよりも、ここを見てどう思う」


 隆也が窓の外に目を移した。


「北の地は、農作物の生育には向いていません。しかし、水晶の鉱脈があり豊かです」

「答えがそれならば、理解をしているということだな」


 心の奥を見たかのように言う。寝顔は可愛いくせに心は捻じれているようだ。


「富は公領主に集まり、民は鉱山の仕事に就くしかない」


 サラも再び窓の外に目を向けた。


「トリルト街道駅に寄ろうと思う。お前たちは先行をしておいてくれ」

「どういうことです」

「街道駅の様子を見たい。旅人として」

「そのような時間はありません。一刻も早く王宮に向わなくては」

「三十年待たせたのだろう。十五、六日遅れても同じだ」

「ですが、皆が待っています。それに、王一人で行くのは危険です」

「ラミエルはもういない」


 確かにそうだ。だからこそだ。


「おれはカナンに外北領に跳ばされた。それはカザムに会わせるためだと思っていが、カナンにそうではないと言われた。この地に跳ばされたのは他に意味があるのかを知りたい」

「それは考えすぎです。ただの偶然でしょう」

「この世界に来て偶然というものが分からなくなった。全てが必然に思える」


 思えるって、それだけで帰還を遅らせるのか。


「しかし」


 口を開いた瞬間、馬車の傍らを騎士たちが駆けだした。


 一騎が馬車に近寄ると、

「野盗と化した傭兵の一団です。排除してきます」

言葉を残して駆けていく。


 外西の傭兵団は大人しく撤退していたが、取り残された一団は野盗となって集落を襲いながら逃げているのか。

 隆也は当然のように駆ける騎士団を見送っている。

 何だ、その分かっていたような態度は。


「こうなると知っていたのですか」

「一部の傭兵はここで盗賊となって、攪乱していた。傭兵の未払い金くらいは暴れるのだろう」


 言葉をなくすわたしに、

「この先でおれは降りる。そこから歩いて街道駅に向かう」

静かに続けた。


 待て待て、いくら隆也が強く心配ないからと言って、王を一人で出歩かせるわけがない


「だめです。わたしも行きますから」


 思わず口にする。


「サラは目立ちすぎる。その身なりだし、綺麗だからサラだと皆も気が付いてしまう」


 き、綺麗。隆也の言葉に顔が熱くなる。聞きなれた言葉のはずだが、隆也の口から聞くと鼓動が激しくなる。何だ、相手は隆也だぞ。


「と、とにかく一緒に行きます。わたしはフードの深い外套を着ればいいでしょう」


 赤くなった顔を隠すように扉を開けて、馬車のステップに踏み出した。すぐ先で闘争の混乱が見える。野盗と言っても傭兵の一団はありそうな兵の数だ。

 しかし、シルフたちもいれば問題はない。乗っていた真獣を呼ぶ。

 すぐに駆け寄ってきた真獣から荷物を取ると、馬車の中に戻った。


 隆也は外套を羽織り、反対側の扉を開けるところだ。だから待てと。

 闘争の音がすぐ横から聞こえ、離れていく。街道が曲がった先で、隆也は不意に馬車を下りた。 

 慌ててサラも馬車を下りる。

 バランスを崩したが、路傍の石もルクスに守られて身体に触れることもない。その勢いのまま隆也に駆け寄った。


「ですから、お待ちください。これならばいいでしょう」


 フードを深くかぶるその耳に、隆也の息を付く音が聞こえた。何だ、その溜息は。


「それでは公貴だな」


 言われて隆也を見ると、外套には破れが見え、とてものロザリスの生地とは思えないほどに傷んでいる。


「隆也こそちゃんとしたもの着ないと」

「ちゃんとしたものだよ。これでは、おれがサラの従者だな」

「従者、どういうことなのです」

「街道駅に入るんだ。怪しまれないようにするには、そうするのが一番自然じゃないか」


 自然と言っても、それは困る。隆也は王だ。それを振りとはいえ、従者になど出来ない。一歩下がろうとすると、

「サラ、これが何かは知っているな」

隆也の声が掛けられた。


 道端に置かれているのは、黒い布に覆われた遺体。それが重なるように無造作に置かれている。  

 すぐ先にトリルト街道駅のゲートが見えるが、それでもこの状態だ。隆也は、これでも豊かな領地かと問うているのだ。


「公領主には、布告を出して片付けさせます」

「片付けか。遺体だ、もう少し丁寧に埋葬すべきだろう」

「言っていることは分かりますが、埋葬といっても、公領主もそこまでの予算は掛けられないでしょう」

「予算は後で考える。どういう埋葬がいいかを考えてくれ」


 言葉を残して、隆也はそのまま足を進める。

 予算を考えると言っても、この国にそんな余裕などない。それに、埋葬を考えろと言われても。  

 慌ててその後を追う。


「分かりました。考えてはみます。しかし、人は生まれ変わりますから。公領主が納得するか」

「言っていたように、公領主はいなくなる。そこは考えなくていい」


 隆也が足を止めた。

 その方が大変だ。どうやって説得するのか。


「それで、ここで何をするのですか」

「何も、様子を見るだけだ」


 言いながら足を引いて、わたしを先に行かせる。

 本当に従者をするようだ。やりにくくてしょうがない。その間にもゲートは近づき、門番の兵がこちらを見る。


「隆也、わたしの旅札でいいのですか。これしか持っていませんよ」

「旅札は出さなくても構わない」


 言うなり、隆也は駆けるようにその門番に近づくと、硬貨を握らせせながら耳元で何かを言う。

 途端に門番がわたしに射るような視線を向けた。

 いったい何を言ったのだ。


 それでも門番は身体を引いて、隆也とわたしはゲートを潜った。追いかけてくる視線に、隆也に聞くことも出来ない。

 そのまま隆也は足を進め、ゲートからは一番離れた宿屋に入った。

 真直ぐにカウンターに歩み寄り、三階の一番奥の部屋を頼んでいる。


 待て、隆也には驚かされるばかりだ。二人で一部屋なのか。

 それは、イグザムの居館では同じ部屋だった。だが、あそこには皆いたぞ。それが、同じ部屋で二人きりなのか。

 駄目だ。膝から崩れ落ちそうになる。


 そのわたしを置いて、さっさと隆也は階段を上がっていく。

 大胆すぎるだろう。大体、わたしの方が年上だ。ここは毅然とした態度を持って臨んでやろうじゃないか。

 隆也は階段を上り、突き当りの部屋に入った。


 広くゆったりした部屋に四台のベッドが置かれ、窓際にはソファーとテーブルまで置かれている。

 見るからに高そうな部屋だ。

 隆也はそのままソファーに腰を下ろした。


 何だ、その堂々とした態度は。こういう状況に慣れているのか。

 どこに座るか迷う。ソファーは近すぎる、かといってベッドに座るのはどうなのだ。

 そのわたしに、隆也がソファーの横に招いた。


 そ、そこに座れというのか。二人きりの部屋で、ソファーの隣に。

 いや、いいとも。ここが毅然とした態度を見せる場所だ。わたしは足を進め、その横に腰を下ろした。

 さぁ、隆也。どうする。


 その耳に、

「お着きになりましたか」

低い声が聞こえた。


 反射的に声に向き直り、剣に手がかかる。

 部屋の隅にいたのは、カザムだ。ルクスはおろか、気配も感じなかった。いや、カザムの横にももう一人いる。


「計画が変わった」


 隆也が応える。ここで落ち合う手はずだったのか。わたしのこの覚悟をどうしてくれる。思わずその頭を叩いた。

 ルクスを抑えた隆也の頭で、心地いい音が響いた。


読んで頂きありがとうございます。

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