01.仕事場に案内されました。
少女を助けてから時は流れて……
先日高校を卒業した俺は、今仕事先へ向かっている。
……リムジンで。
こんな高級車に乗るのは当然初めてだから、めちゃくちゃ緊張している。
「いやー、あの時は本当にお世話になりました。そんなあなたとこうして一緒に働けると思うと、感激ですね」
「いえ、こちらこそ住み込みの仕事が無くて困っていた所を雇っていただき、感謝しています」
「いえいえ、そもそもの原因は私達にもありますから、当たり前の事です。奥様もそうおっしゃられておりましたし」
「そうですか……」
車を運転しているのは、スーツ(多分執事服だろう)を着た美魔女、黒川 影美さんだ。
この人との出会い………それは、俺が一人暮らしを始めざるを得なかった理由にも関係がある。
高校三年生の時のイベントの帰り道で、一花ちゃんを助けた後、彼女を交番に連れて行こうとしたまではよかった。
ちなみに、その時はイベントスタッフは周囲にはいなかったし、以前落とし物をした時行った事があるから、俺は交番の場所を知っていた。
だから、連れていこうとしたのだ。
で、人通りがちょっと少ない場所が最短距離なのだが、その場所を通る際に、謎の黒服集団に囲まれた。
そのリーダーの黒川さんは、問答無用で俺を取り押さえると、交番を突き出そうとしたのだ。
もちろん、一花ちゃんがすぐ否定してくれたおかげで、何とかなったけど。
で、一花ちゃんを黒川さん達に引き渡した後、俺は家に帰ったのだが、大変なのはそれからだった。
俺が小学生誘拐未遂犯という噂が立ったのだ。
俺が小学生と一緒に居たり、誤解されて捕まりそうになった所を見られたのだ。
もちろん俺は否定したけど、悪い噂はあっという間に広まってしまい、嘘乙、となってしまったのだ。
こうして俺は近所でも学校でも居場所を失い、ついには家でも居場所がなくなってしまった。
中学生になる妹と、幼稚園の年長になる妹がいる事から、母親から不安がられてしまったからだ。
俺は年上好きなのに……
だから、俺は半ば追い出される形で一人暮らしを始める事になった。
その為、春休みが終わった後に一人暮らしの場所と仕事を探し始めた所、黒川さんが会いに来てくれたのだ。
そして、今までの件を謝罪してくれた後、自分が仕える桜宮家で住み込みで働かないか、と言われたのだ。
もちろん答えはYES。
仕事内容の確認や契約をした後、私物……といっても私服くらいだが……を持ってリムジンに乗り、現在にいたる。
スマホは桜宮家が用意した物を使ってほしいと言われたので、持っていない。
その他の物は、家に置いてきた。
大した物はないし、どうせ家族が好き勝手に利用したり、捨てたりするんだろう。
で、働く場所に着いたのだが……
「この家で働くんですか……」
「ええ、そうですよ」
黒川さんが連れて来たのは、いかにもザ・お屋敷という家だった。
敷地内に入ってすぐ屋敷が見えないとか、漫画のお金持ちみたいだ。
桜宮家は大きな会社をいくつも傘下に置いているから、大金持ちの超上級国民だとは思ってたけど、やっぱりすごい。
「すごいお屋敷ですね。でも、ここで働くという事は、住む場所は他にあるんですか」
「いえ、ここに住んでいただきます」
「あ、使用人の部屋もこのお屋敷にあるんですか?」
「確かに、使用人の部屋の一部はこちらにありますが、ほとんどの使用人はあちらの建物に住んでいます」
そう言って黒川さんが指差した先には、この屋敷程ではないにせよ、かなり大きな建物が建っていた。
「あ、じゃあ俺はこのお屋敷に住む方の使用人なんですね」
「そうなりますね」
黒川さんはそう言って笑うと、お屋敷の方へ歩き出した。
俺はその後をついてお屋敷の中に入ると……
「すごい……」
お屋敷の中はやっぱり金持ちの家って感じだった。
「こらこら、キョロキョロしてはいけませんよ。では、あなたの部屋へ行きましょう」
「あ、すみません……あの、今後は黒川様とお呼びした方がいいでしょうか?」
「いえ、さん付けでかまいませんよ。あなたがこの家で様付けで呼ぶのは、奥様と旦那様、そしてお嬢様であらせられる一花様だけです。あなたはメ……使用人といえど、お嬢様の専属なのですから」
「わかりました」
そう言って黒川さんは歩き出した。
当然俺もついていく。
「あの、奥様や旦那様にご挨拶はしなくてもいいのでしょうか?」
「本日は出かけておられますので、挨拶は明日になりますね。そうそう、お嬢様は今は習い事で出かけておられますが、夕方には帰られますよ」
「そうですか」
歩きながらそんな話をする。
ここでの俺の仕事は、お嬢様……俺が助けた女の子、一花ちゃん、いや、一花様のお付きの使用人だ。
基本的に一花様の言う事を聞いていればいいだけ、と聞いている。
以前会った時も、明るく元気な子で、甘えん坊で。
だけど、わがままなんて全然言わなかったから、それほど苦労はないだろう。
それで給料も高卒、いや大卒の人でもなかなか貰えない破格の値段をもらえるのだ。
仮に多少わがままでも文句を言えないくらいの値段だ。
だから、俺は喜んでこの仕事を受けたのだ。
「こちらの部屋になります」
「ありがとうございます」
俺は、豪華な扉の部屋の隣にある部屋の前に案内された。
「あの……隣の部屋は?」
「お嬢様のお部屋です」
「ああ、なるほど。すぐ対応できるように、隣に部屋があるわけですね」
「そういう事です」
そして、俺は部屋の中に入ると
「おお、結構広い!」
部屋は、俺の実家の自室より断然広かった。
これで使用人の部屋なんだから、一花様や奥様、旦那様の部屋はもっと大きいんだろう。
「って……なんだこの扉」
そう、部屋の中に扉があった。
位置からして、一花様の部屋に通じているように見える。
いや、でもまさかそんな。
「あの扉は、お嬢様の部屋に通じております」
「何でですか!隣に住んでいるんですよ。別に必要ないんじゃ」
「さぁ、私には何とも」
「まぁ、鍵をすればいいので問題ないとは思いますけれど」
「ありませんよ、鍵」
「は?」
「あの部屋は互いに行き来自由です」
いやいやいや
「おかしいでしょう!仮にも娘、しかも小学生の隣の鍵の無い部屋に、赤の他人、しかも男を住まわせるなんて!」
「問題ありません。奥様も問題ないとおっしゃられました」
「はぁ?おかしいでしょう、それ。というか、父親……旦那様は?」
「入り婿であらせられる旦那様も、奥様の決定には逆らえないでしょう」
そう、旦那様が入り婿という話は、契約をする時に聞いた。
だから、俺に対する命令権の順位は、
一位:奥様
二位:一花様
三位:旦那様
となっている。
ちなみに、四位は執事長である黒川さんだ。
「本当にいいんですか?もし俺が何か悪い事を考えたら……」
「ふふ、考えられたのですか?」
「考えてません!」
黒川さんの笑顔の質問に、俺は半ば怒ってそう言った。
「なら、問題ないでしょう」
「そういう問題じゃ……」
「大丈夫ですよ。奥様もお嬢様もあなたの事を信頼しておられますから」
「いいのかな……」
「奥様のご意思です。いいとおっしゃられているのだから、いいのです」
「はぁ……」
たしかに、奥様が言われている以上、使用人風情である俺が文句を言うのは間違っているだろう。
そういうものなのかなーと思いつつ、俺は部屋に入った。
「仕事は明日からですから、今日はゆっくり休んでくださいね。それとも屋敷内を見学しますか?」
「いえ、疲れましたので、部屋で荷物整理をしながらゆっくりしたいな、と」
「そうですか。では食事の時間になりましたら、部屋の電話機に電話をしますので食堂へ来てください。こちらはこの屋敷の見取り図です。時間がある時にでも見ておいてくださいね」
「ありがとうございます」
「では、後ほど」
こうして、黒川さんは去っていき、俺は部屋の荷物整理を始めた。
本作品では、主人公の名前を決めませんでした。
一応、最初に考えたのは、小山内蕾好という名前です。
……連載を考えていた作品で、クズ敵キャラとして考えたのですが、
当面掲載出来そうになかったので、こちらで流用しようと思っていました。
ですが、名前をあえて決めないのも有りと思って、途中修正しました。
各読者様のお好きな名前を脳内で考えてください。