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愛玩奴隷も楽じゃない!  作者: 猪口レタス
一章 リゼットの傾慕
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06 執務室

06 執務室


 浴室からそのまま運びこまれてしまったので、私はほとんど寝巻きのような格好をしていた。リゼットは気にしないだろうが、仮にも愛玩奴隷なのだから、身綺麗にはしておきたい。

 私はチーフに頼んで、上等な服を一着用意してもらった。


(うぅ、他人の臭いがする)


 渡されたのはシースルーの黒いワンピースだったのだが、乾いた香水の臭いがキツい。どんな時に使われたのかとか考えると、ちょーっと背筋がぞわぞわするぜ。

 しかしリゼットの母親のものなので、文句も言いづらかった。


「改めて謝罪させていただきますね。すみませんでした、チーフさん。皆さんに迷惑をかけてしまったみたいで」

「構いません。お嬢様の心配性は、いつものことですからね」


 しくじった時は、謝るに限る。

 幸いチーフは怒っていないみたいだが、失敗が重なると怖い。仕事仲間とは、後腐れを残さないようにしないとね。


「いやしかし、皆さん仕事熱心ですね。貴族の屋敷なのに警護が少ないなって思ったんですけど、少し呼んだだけであんなに集まるんだったら、防衛面の心配はありませんね」

「そうでもありませんよ」

「でもさっきは一瞬で駆けつけてくれたじゃないですか。緊急時の動きがしっかりしているという証拠ですね。本当に助かりました、ありがとうございます」

「いえいえ、礼を言われることではありませんよ」


 ノースハーツの屋敷は広いので、少し部屋を移動するだけでもそれなりの時間がかかる。

 暇な間に雑談をけしかけてみたが、チーフは中々乗っかってこない。側にいる人間とは喋り倒したい性格の私からすると、話が続かないこの状況はヤキモキしてしまう。

 昨日の元気なチーフはどこに行ってしまったのやら。さっき倒れたことを根に持ってないといいが。


「リゼット様の様子はどうでしたか。結構待たせていたので、気苦労をさせていないと良いのですが」

「まぁ、心配はしているでしょうね」


 質問形式にすれば話が続くかなと話題を振ってみたが、やはり一言で返されてしまった。

 これは駄目かと諦めかけたとき、いきなりチーフは目を見開く。それからふつふつと、溜め込んだ不満を吐き出すように喋り始めた。


「失礼を承知でいいますがね、リゼット様は出会って一日の相手にのめり込みすぎなんですよ」


 愚痴だ。しかもリゼット様大好きって雰囲気を出しまくっていたチーフが、主人の悪口を言っている。

 遠回しな私への嫌味も含まれているような気がするし、どう返そうかな。まあ他人の愚痴には全肯定でいいだろう。


「私が言うのもあれですが、新入りばかりが優遇されるのは面白くないですよね」

「こらこら、お嬢様に疑念を抱いてはいけませんよ」

「すみませーん」


 チーフはほくほくしながら、私の頭を小突いた。ごんと、鈍い痛みが高速でやってくる。

 歩み寄ってあげたというのに、なんという仕打ちだ。


「レーナさん、お嬢様が私達を呼んだ理由ってなんだかわかりますか。のぼせた貴女に頼れるところを見せたかったからですよ」

「へー」


 まだまだチーフの愚痴は止まらない。チーフは私が聞き流していることにも気づかずに、一人でベラベラと喋り続けた。

 はっはっは、寛容な私が壁になって進ぜよう。


「勿論、心配性なのもあります、あるでしょうねそれは。繊細な方ですから。でも会ってその日に私室に連れ込むのはやりすぎです、レーナさんだって困ったでしょうに、困りましたよね。お嬢様も酷い人ですよ、私というものがいるのに。あ、着きました。ここが執務室です、お嬢様の私室の隣ですね。リゼットお嬢様!いまレーナさんを連れてきましたよ!」


 ドンドンとチーフは部屋の扉を叩いて、リゼットの返事が聞こえた瞬間に勢いよく開ける。

 うん、チーフメイド向いてないぞ君。


「あらハンナ、今日は随分と元気なのね。………それよりレーナさんに質問なのだけど、体調は良くなったかしら。初日だっていうのに昨日は夜遅くまで付き合わせて悪かったわね」

「心配をお掛けして申し訳ないです。さっきのは本当にただの立ちくらみなので、気にしないでください」

「………そう。それならよかったわ」


 リゼットはホッと息をついて、それから座ったまま地面を蹴り上げる。すると、どういう構造なのか椅子はくるくる回転し始めた。


「回る椅子なんて初めて見ました。私も後で座ってみてもいいですか」

「後でと言わず、今座りなさい」


 世間話のつもりだったのだが、リゼットは椅子から飛び降りて手招きをしてきた。誘われるがまま椅子に座ると、柔らかいクッションに尻が沈みそうになる。


「すごいですね、これは最早寝具で——うわっ」


 私が感想を口にしようとした瞬間に、後ろに回り込んだリゼットが椅子を回し始める。しまった、ハメられた。


「わー!わー!」

「あははは!レーナさん、座り心地はどうかしら」


 バターになってしまうくらいの速度で、私は回転する。あまりの速さに、突っ立ったチーフは三人に分身していた。

 これは酔うやつだ!止まりたい、しかし、リゼットはとんでもなく楽しそうにしていた。流石にこの笑顔は壊したくない。それにここで飛び降りたら、またリゼットに過剰な介護をされてしまうかもしれない。

 されるがままだ。これでもロストラバースナンバーツーだった私が、されるがまま。なんという屈辱。


「あの、仕事中ですよ」


 チーフが息払いをすると、リゼットは一気に静かになってその手を止める。この状況に助け舟を出してくれたのは、まさかのチーフだった。


「ごめんハンナ、ちょっと楽しくなっちゃって」

「お嬢様が謝る必要はございませんよ。私はレーナさんに怒っているので」

「うぇ、うぷ、な、なんで!」

「大丈夫。ハンナは優しいから、謝れば許してくれるわ」

「リゼット様まで?!」


 仕方なく、足をふらつかせながらチーフに平謝りする。理不尽だ。


「はい、これから私は仕事に取り掛かるわ。ひとまずレーナさんは、そこのソファで可愛くしていてね。目の保養になるから」


 仕切り直すように、リゼットは私に命令を下した。可愛くしていろなんて、私は見せ物か何かなのだろうか………いや、見せ物か。

 とりあえずソファに腰を下ろしたが、こっちの椅子はあの回転椅子よりも質感が硬い。ほんの数分しか座っていないのに、もう私の尻はこんなものでは満足できなくなってしまっていた。


(いつまで放置するつもりだ………)


 可愛くしてろと言われてから数十分。チーフもリゼットも書類の整理に集中していて、とてもじゃないが話しかけられる雰囲気ではない。


「あの、リゼット様は今、何の作業をしているんですか」


 耐えきれなくなって、リゼットに話しかける。

 すると彼女は、ペタペタトントンと印鑑を押すのをやめて、暫くぶりに顔を上げた。


「解放奴隷に居住許可証を出してるのよ。身分証があれば、税の回収を確実なものにできるでしょう。レーナさんも子供のとき、たくさんの書類に自分の名前と拇印を記録したんじゃないかしら」

「あー。やりました」


 そういえば幼い頃、教会で書類を書かされたことがあった。あのときは疑問にも思わなかったが、徴税用の書類だったのは驚きだ。

 古い居住許可証は故郷に置いてきてしまったが、私が解放奴隷になったらノースハーツで再発行することになるのだろうか。


「ちなみに、私の証明書って今どうなってるんですかね」

「もうないわよ。レーナさんは犯罪奴隷だから、居住許可証が破棄されてるもの。二本線が引かれてるから、市民にすることもできないわ」

「そ、そうですか」


 刹那、背筋が凍った。解放されたいと望んでいたわけでもないのに、市民になれないとノースハーツ公爵から明言されると血の気が引く。

 犯罪者なのだから当然のことなのかもしれないけれど、それでも………


「つまりは私と死ぬまで一緒ってこと。辛い仕事をさせる可能性はあるけど、退屈させるつもりはないわ。大船に乗った気持ちでいなさい」


 リゼットはうきうきとした喜色を隠しもしなかった。

 確かに私は、よっぽどのことがなければ一生をここで過ごすことになる。不安材料はあるが、元よりそれを望んでここに来たはずだ。


「お父様はどうしようもないクズだったけど、仕事はできたのよねー。ノースハーツが発案した書類の管理方法なのよこれ」


 リゼットは手元の書類をひらひらと揺らして、私に自慢した。始まったうんちくは止まるところを知らず、私はただひたすらに相槌を打ち続ける。たまに機嫌をとって、それ以外のときは笑った。

 結局のところ、私の生活というのは勝ち取るものではない。気が済むまで愛を与えられ続ける、それが私の生き方になる。

 依然変わりなく問題はない。私はリゼットに、とても気に入られている。


「あの、リゼット様。私を買い取ったとき、私はどういう名前で登録されていたんですか」

「名前が書類上で記されることはないわね。管理番号さえわかれば、性別も年齢も判別できるもの」


 自分を安心させるための質問が、私にとどめを刺した。

 きっと私は自分のことを、取り返しがつく失敗をしただけの人間だと思っていたのだろう。でも違った。私は取り返しがつかないどころか、人間ですらなかったわけだ。

 笑えてくるね。


「だから私を、レーナと呼ぶんですね」


 気づけば、そんな言葉を私は漏らしていた。


「もしかして、本名じゃないの?レーナさんが希望するなら——」

「いいんです!リゼット様に買い取られたのは、レーナである私ですから。変に昔のことを思い出すのも、嫌ですからね」


 リゼットの気遣いを、食うように否定する。

 これ以上、この話を続けたくなかった。


「………驚いたわ。レーナさんも、悲しんだりするのね」


 重くなった空気感を誤魔化すように、リゼットは微笑んだ。それから両腕を大きく広げて、わさわさと動かし始める。


「ほら、ハグしてあげる」


 慰めのつもりなのだろう。他人と密着するのは、正直なところ飽き飽きだった。けれど断るわけにもいかないので、諦めてリゼットの元まで足を運ぶ。


「ありがとうございます」


 おざなりな感謝を述べて、私はリゼットの腹に顔を埋めた。私にできる抵抗というのは、所詮はその程度だ。

 そのままハグをしたら、きっとリゼットはこっそりと身体を弄ってくる。私はそれが嫌だった。


「あの、レーナさん。お嬢様の仕事の邪魔は控えてくださいませんか」


 忘れていたが、この部屋にはチーフもいる。私達がくっちゃべっている間、ずっと彼女は黙々と部屋の隅で書類整理を手伝っていた。

 座っているだけの私に妨害されてしまったら、文句の一つくらいは言いたくなるだろう。


「いいじゃないハンナ。たまに休むくらい、許してあげないといけないわ」


 リゼットは私の頭を腹に乗せたまま、書類整理を再開する。そろそろ私もソファに戻りたかったが、涙を漏らしてしまいそうで動くにも動けなかった。


「どうしようもなくなってしまうことって、誰にでもあるのよ」


 こんな人に頭を撫でられる自分が、みっともなくて死にたくなった。

メモ

レーナは金髪ボブ

リゼットは黒髪ロング

チーフは茶髪ポニーテール

シリル先輩は黒髪ショート



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