23 一歩前進
23 一歩前進
眠り目を擦って窓を眺めてみると、何やらおかしい。用材でガチガチに塞がれていることもそうなのだが、異常に明るかった。
これは、もしやもしやだ。
「おはようレーナさん」
「あっはい。おはようございます!」
真昼間だった。しかもリゼットは珍しくこの部屋で机仕事をしていて、寝巻き姿でペンを動かしている。
早起きしてリゼットを起こしに行くのを習慣にしていたのに、酷い寝坊をしてしまった。礼を言うべきか謝るべきか悩んでいたら、リゼットにまの抜けた笑顔を向けられる。
その瞬間、私の頭は自然と前に倒れた。
「すみませんでした」
「えっ?なにが?」
「いえ、リゼット様を待たせてはいけなかったなと反省したんです」
「そんなの全然気にしなくていいわよ。レーナさんは大変な思いをしてここに帰ってきたんだから。ほら、来なさい」
リゼットは優しげに腕を広げて、ハグを催促してくる。それが不憫に思えて、助走をつけてからリゼットに飛びかかった。
「なんだか懐かしい気分だわ」
同感だった。この体温の高さは、他の男を相手取っているときは体感できない。
「えへへ」
既に私は、こうやって頭をさすられるのも満更でもなくなっている。少し癪だが、安心できた。
「怪我してるわね。痛くない?」
「もう傷は塞がってますよ」
じんじんと鳴るような痛みがあったが、顔には出さないようにした。それでも心配されているのはご愛嬌だ。
目に入る度に萎えられるのも嫌だし、しばらくは被り物をつけて生活しようかな。
「私ね」
怪我がバレてしまったので、当然ながらリゼットは撫でる手を止めている。神妙な面持ちで、何か話そうとしている様子だ。
近くにいるときはいつもベタベタ触ってくる人だったので、それが落ち着かなかった。
「ハンナが私のこと好きだって知ってたの。でもハンナはなんでもできる人だったから、怖くて避けてしまっていたわ」
リゼットは、ぽつぽつと話し始めた。
「外面だけ仲がいいフリをして、二人きりのときでも会話がなくて………」
そうだろうか。
確かにリゼットとチーフが雑談するところはあまり見かけなかったが、それは彼女が黙々と仕事をこなす性格だっただけにも思える。少なくとも、恣意的に避けているような雰囲気は感じなかった。
「事件が起きてしまったから、自分が悪いと思ってしまっているだけですよ」
強い怒りや暴力を向けられると、自分が悪いような気になってしまうことがある。でもそうやって自分を嫌いになるのは、心の健康に悪いと私は知っていた。
「私はきっと、自分より上の人間が嫌いだったのね」
「でも、私のこと褒めてくれたじゃないですか」
あなたは傾国の美女になれる、だったか。中々に独特なセンスの褒め言葉だ。オーバーな物言いではあるが、多少ぐらついてしまった部分もあった。
私とリゼットには、身分という圧倒的な格差がある。でもだからこそ、格下だと絶対に彼女の口から言わせたくなかった。
「嘘をついて、娼館に行ったの。妹の替え玉を用意するためだって言ったら、ハンナは信じてくれたわ」
「あの」
「嫌味を言われそうだったから、煩わしかったのよ」
「リゼット様」
「私がこうやって生きているのは———」
唇を塞いだ。
「私では不満ですか」
前の女への未練ばかりで嫌になった。私はここにいるし、自分の力で道を開いているつもりだ。
「チーフとの失恋を引っ張って、私で取り戻すんですか」
別にそれも、悪いことじゃない。私からしても、チーフへの罪悪感で心が縛り付けることができるのは利になった。
でもそれは。
「私はリゼット様の一番でいたいです」
リゼットの手が僅かに震えている。あと、もう一押しだ。
「愛していると、そういってくれませんか」
揺れる視線を追うように、リゼットに顔を近づける。長い髪に触れて、耳元に手を置いた。
「ええ、愛しているわ」
抱えるように首を腕で巻かれる。私は、ちょっぴり満足だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第二章、これにて完結です。
ハンナの過去やレーナの心理描写、話の脱線などなど色々と反省点の多い章でしたが、ここまで書ききれてよかったなと思います。
もうストックが殆どないので、第三章の投稿までしばらくかかると思います。気長にお待ちいただけると幸いです。次の章は前向きな感情で進んでいく話にしたいと考えています。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。よかったら感想、評価などをお願いします。




