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愛玩奴隷も楽じゃない!  作者: 猪口レタス
二章 ハンナの牢獄
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22 二人きりで

22 二人きりで



 さて、リゼットが机仕事を終わらせるまで、それなりに時間がある。私が早急に終わらせなければならないことは三つ!

 一つ目、身体を綺麗にする。二つ目、日課のストレッチ。三つ目はお嬢様に夜這いをかけることだ。これさえ済ませれば、リゼットの機嫌を取るためのコンディションが完成すると私は結論づけた。


「まてまて、その怪我で風呂に入るのは危ないって。また風呂場で倒れるつもりかよ」


 割れたガラスを避けながらお湯を身体にかけていると、負傷したレベッカに引き留められた。確かに私は頭を衛兵にぶん殴られたが、傷口はもうしっかり塞がっている。

 子供扱いされているのか知らないが、私は至って健康体だった。


「大袈裟ですね。私はチーフやレベッカと違って、ぼこぼこの殴り合いはやってないんですよ」

「頭から血ぃだらだらじゃねーか」


 レベッカにツッコミを入れられたので、自分の頭に右手を持っていく。本当だ、血だ。さっきまで止まっていたはずなのに………なぜ。


「いや、そんな驚くことでもないだろ。水風呂しろよ、湖の白鳥みたいにさぁ」


 どこから持ってきたのか、レベッカは両手に水バケツを用意している。嫌な予感がして私は後退ったが、チーフを打ち倒したレベッカから私が逃げられるはずもなかった。


「ほれ」

「ひぎゃあ!」


 なんとレベッカ、私の頭に冷水をぶちまけやがった。あまりの冷たさに、私の脚は悪ガキに石を投げつけられたカエルのように飛び跳ねた。

 最新型の新人いびりか?泣くぞ私。


「レベッカのこと、嫌いになりそうです。というかもう二割くらい嫌いです」

「その程度しか嫌に思われてないことが驚きだな」


 呑気な表情で、レベッカは残ったバケツの水をちゃぷちゃぷかけてくる。やめてくれって言っているのがわからないらしい。

 凍えそうだったので風呂に入ろうとしたら、レベッカに腕を掴まれて更衣室まで連れていかれた。濡れタオルで身体を拭かれるのはもう嫌だ。あれは身体を綺麗にしたって気持ちになれないし、衛生面に問題がある。


「レーナが思ってるよりも、この怪我は重体だ。お前が死んだら、私が帰ってきた意味が半分くらいなくなっちまうんだから気をつけろよ」


 レベッカはタオルで私の髪を拭き取りながら、この私に小言をとばしてきた。意外と丁寧に洗ってくれるものだから、謎の敗北感を感じてしまう。私だって他人の身体を洗い続けていたっていうのに、洗浄技術で破れるなんて屈辱だ。


「そういえばなんで戻ってきてくれたんですか。一人で外で暮らすこともできたのに」


 レベッカは精巧な居住許可証を持っていたし、外で生き抜く力もある。私をこの屋敷の近くに置いていって、後は一人で暮らしていくという選択肢もあったはずだ。


「いや、怪我人を放置できないだろ。てかそもそも友達になろうって言ったのはレーナじゃないか」

「義理堅いことですね」


 レベッカは命の恩人ではあるが、だからといって一生負い目を抱えて生きていくつもりはない。そもそもレベッカが最初から私に手伝ってくれていたら、こんな事件は起こらなかったのだ。

 だから、感謝はやり過ぎない。


「この度は、色々ありがとうございました。私、そろそろ行きますから」


 最近ずっと一緒にいたので、レベッカとの適切な距離感は既に把握している。天誅を与えてやろうと脛を蹴飛ばしたが、私の足指がへしゃげただけだった。


「その格好でお嬢様のところに行くのかよ」


 胸周りが猫柄に切り抜かれたランジェリーを身につけると、レベッカはドン引きした。はぁあ、これだから仕事にやる気がない奴といけない。


「私は愛玩奴隷です。こうやってすけべな格好をしてこそ、自分に価値を与えられるんですよ」

「そんな価値いらねーよ」


 ステータスを筋力に全振りした貴様にはわからんさ。私という存在に惚れ込んで、多くを支払われたときの満足感は、宝石箱みたいなものだ。私の一生の自信になってくれる。

 自分に付加価値をつけられるのは、この仕事ならではの利点だった。


「ではまた明日」


 私はレベッカに手を振って、早足でリゼットの私室へ向かった。まだ仕事中だったら、寂しくなったとか抜かして抱きつきにいこう。あの人は世話焼きだし、全力で甘えてみせるのが最適解だ。


「失礼します」


 軽くノックをしてから部屋に入ると、リゼットは既にベッドの上で待っていた。あれから二時間ばかりしか経っていないが、仕事はもう終わってしまったのだろうか。


「あ、リゼット様!お待ちくださりありがとうございます」

「お礼を言うべきは私の方よ。こうして生きて帰ってきてくれたんだから」


 明るく頭を下げると、リゼットは困ったように首を傾けた。窓が板で塞がれているせいで、部屋が普段よりも暗い。表情がここからでは確認できなかった。


「………そういえば三日ぶりなんですね。こうして二人きりになるのは」


 まだ三日しか経っていないのに、リゼットのこの部屋はとても散らかっている。窓が塞がれていることもそうだが、書類は地面を覆っているし、椅子や置物は倒れて壊れていた。


「どうですかこの下着。リゼット様を喜ばせたくてオバーカムで調達してきたんです」


 誤魔化すように、私は胸を張った。リゼットのすぐ側まで寄って、軽く身体に押し当てる。


「ふふっ。レーナさんは、とっても真面目よね」


 リゼットは笑った。私は滅茶苦茶ふしだらな人間ではあったが、こうして褒められるのは悪い気がしなかった。


「ねぇ、レーナさん。私きっと、成長しないといけないわ」


 ずっと胸を押しつけていたせいか、リゼットは私を肩から押しのける。のっぴきならない表情だったので、気迫に思わずたじろいだ。


「そうですね。あと五センチくらいは背が高くなりそうです」


 こういうときは、気がついてないフリをするしかない。成長期が過ぎても育つことはあるだろうし、期待し過ぎずに希望を持って生きてくれ。


「もう。すぐ茶化すんだから」


 リゼットはほおを膨らませて、つんつん脇腹をつついてきた。細い指先が虫みたいに動くので、ちょっぴりくすぐったい。


「今回ね、すごい迷惑をかけたじゃない。だからちゃんと、ごめんなさいをしないといけないわ」

「リゼット様に非はないですよ。でも頑張って帰ってきたことは確かなので、ちょっぴり褒められたい気分です」


 過剰に罪悪感を感じられても困るので、リゼットに頭を擦り寄せた。


「そうね。ありがとうレーナさん」


 悩みながらも、ほっぺにキスされる。彼女にとって、褒めるという行為はこれであるらしい。


「ご褒美をあげたいのだけど、欲しいものは何かあるかしら。美味しいご飯と楽しいデートは当然として、他に欲しいものはない?」


 まだ思うことがあるようで、リゼットは指を立てて私に尋ねてきた。

 もう服も買ってきてしまったから、ご飯も外遊びも楽しめるのなら望むものは既にない。だからといって何も受け取らないのも悪いので、ひとまずは可愛くしていようかな。


「うーん、私はリゼット様と美味しいご飯さえあれば満足しちゃう質なので特にはないですね。あ、互いに名前で呼び合うというのは———」

「そうじゃないのよ。もっと、レーナさん自身の望みを聞きたいの。もっと欲張りになりなさい」


 結構いい願いを口にしたつもりだったのに、リゼットに否定された。遠慮しているわけではないのに、まったく面倒くさい人だ。

 ここに来てから請い願ったことなんて数えるほどしかないし、その中身だって——


「すっごく、大変なお願いになっちゃいますよ」

「構わないわ。叶えられないことだとしても、私は全力でレーナさんに尽くしたいの」


 一つだけ思い至ったのは、オバーカムで見かけた奴隷の存在だった。頭を撃ち抜かれた、小さな少年だ。

 ノースハーツの領主であるリゼットは、奴隷の行く末を担っている。それなら一つだけ、頼んでみようと思った。


「………奴隷法の改定があるじゃないですか」

「ええ」

「あれを、受け入れて欲しいんです。とっても欲張りな話ですけど、奴隷でも生きていける世界が欲しいんです」


 直接政治の話に口を出すのは身分不相応かもしれない。しかしどうしても言いたくなってしまって、言葉を重ねた。

 リゼットは私に甘いところがあるし、もしかしたらと思ったのだ。


「………善処するわ」

「まっ、リゼット様とずっと一緒にいられるなら、それで解決する話なんですけどね。一生一緒にいたいっていうのが、私の願いですから」


 そっけない反応をされてしまったので、手を握って軌道を修正する。死を目の当たりにしたせいで活動家みたいな話を口走ってしまったが、ここにいる限り私の命は保証されている。

 だから、無理強いするつもりはない。


「後ろ向きな話はやめて、楽しいことをしませんか。この三日間はちょっと大変だったので、リゼット様に慰めて欲しいんです」


 恥じらいを演出しながら、上の下着を僅かにずらした。どこまでいっても結局、私が一番得意なことはこれだ。

 これが一番の正解だと、断言できた。


「無理、しなくていいのよ」

「無理なんてしてませんよ。私はリゼット様と一緒にいられることが、すっごく幸せですからね」


 もうこれは、演技じゃない。こうやって愛されて生きていけるのは、とても恵まれていることのはずだ。


「泣いているわ」

「え?」


 リゼットに目元を指で拭われた。その指先には僅かな滴りがあって、彼女の発言が比喩でないのがわかる。


「なんででしょう。安心したからですかね」


 無意識のものだったので、言葉に困ってしまう。最近は嫌なことが立て続けに起きたし、ストレスが一気に吹き出したのかもしれない。こんな風に、泣き落とすつもりはなかったのにな。


「好きです、リゼット様」


 嬉し涙ってことにしてしまえ。

 私はリゼットを押し倒して、首元に唇を寄せた。さらに追い討ちに、お腹に手を回してぎゅっと押さえつける。


「私もよ」


 よし、掴みは問題なし。ここからはイメージトレーニングで得た超絶技巧で、今日はリゼットにたくさん良い思いをさせてやろう。

 いつまでも下手くそ扱いされる私ではないのだ。


「でも今日は、このまま寝かせて頂戴」


 ………あらそうですか。


「もちろん構いませんよ」


 疲れていたのか、リゼットは私を抱き寄せるとすぐに眠った。赤ん坊かってくらいに寝るのが早い。

 まあ、こういう自由さは彼女のいいところだ。

 これも彼女の厚意ということにして、私もぐっすり休むとしよう。

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