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愛玩奴隷も楽じゃない!  作者: 猪口レタス
二章 ハンナの牢獄
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18 不屈であれ

18 不屈であれ


 汚れた天井だった。掃除がされていない。

 悪夢にうなされるのは数年ぶりで、子供に戻った気分だった。

 心臓がうるさくて、私は毛布で汗を拭った。床で寝ていたはずなのに、何故だかベッドの上にいる。


「おはようレーナちゃん。人間はどでかくベッドで眠る生き物だぜ」


 律儀にレベッカは、私をベッドまで運んでくれたらしい。今更親切にされても、この感情はひっくり返せない。


「ありがとうございます」


 しかしお礼は言っておく。それくらいは礼儀だった。


「宿に泊まってるってことは、お金はあるんですよね。どこから貰ったんですか」

「チーフの給料だよ。あいつ金使わないから」


 そういえばチーフは、貯金ならあると口にしていた。ノースハーツの給料となれば凄まじいものだろうし、簡単に金を渡せてしまうのだろう。


「私を殺す気は、本当にないんですね」


 やろうと思えば、レベッカは自分の手を汚さずに衛兵に私を処刑させることができたはずだ。安全に国外で殺害する計画だったと考えることはできるが、それならこんな対応はしないだろう。


「チーフの目的は?どうして私をここまで連れてきたんですか」

「悪いが、詳しいことは何も知らないんだ。都合の良い話が転がってきたから、つい受け入れちゃったんだよ」

「金だけ貰って、一人で逃げればよかったじゃないですか」


 どうしても納得がいかなかった。それができる能力と度胸があるのに、私を引き連れる意味がわからない。


「一生奴隷なんて嫌かなって思ってさ」


 溢れた本音に、力が抜ける。

 なまじ間違いでもなかったから、やるせなかった。


「まあ一応さ、他にも多少の理由はあるんだよ。シルビア様とは縁があったからさ、安全な場所に連れて行ってくれるって言われて落ちちまった」


 シルビアというのは、確かリゼットの妹の名前だ。祖国に顔向けがどうとか言っていたのに、ノースハーツ公爵の妹には情が湧いているらしい。


「ほんと、多少気がかりだったってだけなんだけどな。死に際くらいは美しくあって欲しいじゃないか」


 何度も繰り返される前置きが、言い訳じみていて切ない。仲が良かったのなら、ああやってただ死んでいく姿を見るのは辛いだろう。

 それならその感情の半分でも、リゼットに向けてあげればいいのに。助けてあげればよかったのに。


「こうやって無関係の人間を陥れて生き残るのは、美しい生き方とは思えませんけどね」

「………それを決められるのは、本人だけだろ」


 それなら尚更、その理由に意味はない。崩れるような矛盾だった。


「私、貴女を可哀想な奴だって思うことにします」

「どういう意味だよ」

「恨まないであげるって意味です」


 少しは文句を言ってやりたい気分だった。しかしいがみ合っていても解決しないので、立ち上がってレベッカににじり寄る。


「握手しましょう」

「え?………ああ、いいぞ」


 まずは気持ちから切り替えないといけない。気休めでも心を落ち着けたくて、私はレベッカに手を伸ばした。


「あの、一つ私のお願いを聞いてもらってもいいですか。私は、絶対に屋敷に帰りたいんです」


 私が尋ねると、レベッカは軽く頭をかいた。ここで引けば、完全に取り返しがつかなくなる。だから今までで一番と断言できる強さでレベッカの手を握る。


「任せとけ」


 その承諾は、これまでのレベッカの態度の中で一番に真剣だった。




「この貝とか食べますか。私があーんしてあげますよ」

「いらねーよ」

「なら海老とかどうですか。殻ごと食べられるやつですし、美味しいですよ」

「一人で食えって」


 私達がまず向かったのは街の中心にある、やや高級なレストランだった。腹が減っては戦はできないし、最後の晩餐くらいは美味い飯を食べたい気持ちがある。

 洒落た大皿に盛られたパエリアは、異国のスパイスの香りがした。海老をまるごとのっけた盛り付けは豪快だが、非常に食べにくい。味も特に悪くはないのだが、悲しくも料理のクオリティはノースハーツ屋敷の方が上だった。

 しかしこれ、食べきれなくもないがちょっと多いな。一人で食べると太ってしまいそうだ。ダイエットとかも考え———


「日課のストレッチ!」

「うわぉ、どうした急に」


 ふと思い出して、私は思わず声を上げた。レベッカに捲し上げたいところだったが、周囲から集まる視線が痛くて小声でレベッカに愚痴を送る。


「三年以上も欠かさずやってきたのに、レベッカさんのせいで忘れちゃったじゃないですか」

「………すまん?」


 疑問系で謝ってくるレベッカに、私はパエリアの残りを押し付ける。残念だが、あーんはなしだ。


「あとでお菓子奢ってもらいますから」

「わかったわかった」


 残飯処理しながらレベッカは頷いた。


「まあ余分に金はあるからいいけどよ。あんまり無駄遣いしないでくれよ」


 レベッカは湿った目つきで、釘を刺してくる。まだまだ余裕があるんだから、少しは耐えてくれ。いざというときは、私も身体を売るからさ。 


「まだまだ色々買いたいものがあるんですよね。服とか銃とか」

「服はともかく、銃は難しいな。あれは資格持ってないと買えないんだ。ツテもないし奴隷だしで、入手しに行くだけでリスクになる」


 簡単に人を殺せる道具は、私みたいなひ弱なやつにとっては魅力的だ。自衛手段としてできれば手に入れたかったが、人生そう上手くはいかないか。


「じゃあショッピングの後に、御者つきの馬車を借りて下さい。エムリス山脈から屋敷まで戻るので」

「そりゃキツイんじゃないか。そろそろ雪の降る季節だし、御者に身分がバレたら即アウトだ。脱走奴隷の輸送は罪に問われるって聞いたことがある」


 春になるまでモタモタ待っているつもりはない。時間が経てば経つほど、リゼットの私への興味と信頼が失われてしまう可能性があった。

 ある程度間のリスクを覚悟しても、屋敷に帰らないと。


「でもやります。屋敷にさえ戻れれば取り返しがつくんです」

「………別の土地で暮らすってのはナシなのか」

「はい。私はあの場所が好きなので」


 いけるはずだと、自己暗示をかける。過剰な不安は運を逃すだけだ。


「なら、途中までは面倒見るよ」


 レベッカの言質をとったので、とりあえず親指を立てておいた。雑なハンドシグナルは気楽でいいね。


「よし、そうと決まればデート開始です。たくさん謝礼を渡してもらいますから、そのつもりでお願いしますね」

「レーナちゃんって強かだよね」


 レベッカはのんきに私を評価したが、私は気丈に振る舞っているだけに過ぎない。変な過剰評価が甘く見られている証拠のように感じて、少し嫌だった。


「レーナって呼んでください。ちゃん付けされる年齢でもなくなってきたので」

「じゃあ私のこともレベッカって呼んでよ」


 レベッカは私の顔を覗き込んだ。 

 悩みなんてなさそうなアホ面だった。


「仕方ないですね、レベッカ」


 照れ臭いのを隠して名前を呼ぶ。世話のかかる後輩ができた気分だった。

 移動した先の服屋には、ずらりと冬服が並んでいる。隣接するランジェリーショップの裏側には、若干いかがわしい店もあった。

 あそこで働くというのは………難しいか。早く帰りたいな。


「なにそのスケスケの服」


 無意識に手に取っていた下着を、レベッカに笑われた。この繊細な生地はそう簡単に作れるものじゃない。店の人に失礼だぞ。


「お嬢様が喜びそうじゃないですか。屋敷を2日も空けてしまったんですから、お詫びくらいはしないといけません」


 最近リゼットと夜を共にするようになって思ったのだが、案外手札はすぐ切れるしマンネリ化する。今まで全裸イチャイチャの法則に頼り切ってきたが、脱いでない状態も大事にすべきという結論に私は辿り着いた。

 なんだかんだで可愛らしい服とか好きみたいだし、結構喜ぶんじゃないかな。この穴の空いた下着とか、猫柄のランジェリーとか。

 外回り用に大きめの帽子も買っておこうっと。


「レーナちゃ………ちゃちゃちゃ、それ本気で言ってんの」

「もちろん」


 これでも指名率ナンバーツーだった私は、ぐんぐん成長する女なのだった。


「というか、ちゃちゃちゃてなんですか。舌打ち?」

「ちがうよ愛称だよ。レーナっち」

「あ、愛妾に愛称つけちゃうんだー」


 思いついた駄洒落で、ツンツンとレベッカの頰を刺す。すると彼女は一歩引いて、痛々しいものを見るかのように私を見た。


「とにかく、レベッカは自分の年齢考えた発言をするべきだと思いますよ」


 恥ずかしくなってきたので、レベッカを罵倒した。アラサーが他人ねあだ名なんてつけてんじゃない。


「手厳しいなぁ。てかこの服、ホルムニア製なんだな」

「ホルムニアはもうフィリンネアの植民地ですからね、モノも届きますよ」

「知ってるよそんなの」


 世間話のつもりだったのだが、無遠慮が過ぎたみたいだ。レベッカの性格が移ってしまったと言い訳したいところだが、こういうデリケートな話をつつくつもりにはなれなかった。


「この品質の高さは、中々あるものじゃないですよ。レベッカも買いますか?」

「いらねーよ。しかし、うちの国でこんなもの作ってるとはな………」


 レベッカは遠い目をしながら、私の持つランジェリーを眺めている。十年前に見た故郷に、想いを馳せているのだろう。


「そういえばレーナはさ、故郷に帰りたいって気持ちとかないのか」

「ないですね。帰っても誰もいませんし、今更墓参りするのも、ちょっとアレなので」


 置いていってしまった母は、とっくに死んでいるはずだ。住んでいた家くらいは残っているかもしれないが、もう随分長い時が経ってしまった。


「ふーん」


 自分から聞いてきたくせに、レベッカは興味なさげだった。私も好きな話題ではないから、幸いだと喜ぼう。


「レベッカみたいに背が高い人には、こういうジャンパスカートとか似合いそうですね。せっかくなら、二人でファッションショーでもしませんか?」

「防寒着は用意してある。問題ない」

「せっかくの買い物なんですよ。楽しまなきゃ損です」


 周囲がモノで溢れていると、話題転換がやりやすくていい。後ろで眺めてばかりいないで、少しはお洒落を楽しむべきだ。

 ぐいぐい服を押しつけたら、ウザそうに元の棚に戻されてしまった。真面目にコーデを考えてあげようと思ったのに、残念。


「まあ、それ買ったら移動するか」

「いや、もう少し買い物を」

「私の持ち金を全部使い果たす気かよ」


 下着と防寒着を合わせたら、それなりの値段になっていた。まだレベッカの持ち金には余裕があるらしいが、彼女の旅は長い。

 だから少しは遠慮………


「誰のせいでこうなったと思ってるんですか」

「チーフのせいじゃないか」


 図々しく踏ん反り返るレベッカは、いっそ清々しかった。


「とにかく!お会計お願いしますね」


 レベッカを無理矢理会計まで連れていって、欲しいもの全ての料金を支払わせる。六千五百フィリアと、一度の買い物にしてはそれなりの額だった。

 楽しいことというのは、お金がかかるものらしい。ごめんよ。


「そうだ。色々と私は不都合だからさ、彼女をノースハーツ屋敷まで連れて行ってやってほしいんだ。そうだ、ああ。金はこれだけ払う。運が良ければ向こうの領主様が………」


 買い物が終わってからのレベッカの行動は、すこぶる早かった。馬宿で御者を引っ掛けて、賄賂を手渡し話をつけている。

 人生経験が豊富なんだろうか。


「なんとかなったぞ」

「ありがとうございます」


 これは私の色仕掛けだけじゃ無理な案件だった。体面だけでも友好的に接したのは正解だったはずだ。


「じゃあこれで私達はお別れかな。パスポート作ってくるよ」

「そうですか。短い間でしたが、お世話になりました」

「またいつかな」


 感傷に浸る暇もなく、レベッカは人波に消えた。あそこまで振り切れていると、一周回って好ましい。できるなら、生きて故郷に辿り着いて欲しいものだ。

 嫌なところもある人だったけど、これで縁も切れてしまうんだなぁ。


「あっ、レベッカさん!」

「なんだ!」

「友達になりましょう!」


 口元に手のひらをくっつけて、やまびこするみたいに提案した。レベッカはそれに軽く手を挙げると、背を向けて去っていく。

 なんとなくの寂しさは、私も手を振って誤魔化した。

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