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愛玩奴隷も楽じゃない!  作者: 猪口レタス
二章 ハンナの牢獄
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17 生命の価値

17 生命の価値


 拝啓、かつての同僚達へ。

 私は今、椅子に縛られて引きずり回しの刑に処されています。馬の速度は時速25キロ程度。申し訳程度にくっつけられたソリに髪が巻き込まれるので、抜け毛が激しい今日この頃です。


「いや死にますよ!」


 山道といっても障害物は多いし、馬が蹴飛ばした小石が顔面にぶつかるしで最悪だ。さっき水だけは飲ませてもらったのに、もう口内がパサパサになってしまった。

 荷物を背に乗せる暇があるなら、私を乗せてくれ。


「まあ頑張れ。生きていれば良いことあるよ」

「だからこのままじゃ死ぬんですよ!」


 さっきからこの女、本当に思い切りがありすぎる。地下通路の出口に到着した瞬間に壁をスコップで破壊したと思ったら、私の椅子を板に釘で打ちつけやがった。

 自分でも何が起こったのかさっぱりわからないが、いつの間にか私は馬で引きずられていた。頭がどうにかなりそうだ。


「エムリス山脈を越えたら拘束を解くよ。そこまで行ったら、もう私に生活を委ねるしかないからな」


 彼女の言う通り、そこまで行ったら徒歩では帰れない。今は真昼間だからなんとかなっているが、あの山脈を徒歩で乗り越えるのは今の格好だと不可能だった。

 関節技を決められてから、もう一日以上は経っている。早々にリゼットのところに帰らなければならないのに、手も足も出ないなんて。


「まって、砂利道は駄目ですって、死ぬ死ぬ死ぬ!」


 馬の蹴飛ばした砂利が顔面に!

 板が岩に突っかかって上空にジャンプ!

 ついでに純粋に寒い!


「よし着いた。これから野宿だな」


 馬が足を止めたと、身体全体が教えてくれる。頭だけ持ち上げてみると、キャンプセット広げて飯を作っているレベッカが見えた。いつの間にやら私達は、峠を越えていたらしい。


「出来たよ、アツアツのポトフだ」


 レベッカは小皿にポトフを盛り付けて、私のところまで運んでくる。私はまだ椅子に括り付けられたままなんだが、まさかこの状態で食わせる気なのだろうか。


「あーん」


 まじかよ。熱いんだが。


「あふっあふぁぐっ!」


 熱いんだが!!!


「どうだい、私はポトフに自信があるんだ」

「………熱い以外の感想が出てくるとお思いですか」


 レベッカはきょとんと首を傾げている。こいつ絶対あとでぶん殴る。


「ジュースとか飲みたい?」

「いただきます」


 私がそう答えた瞬間、レベッカはバックから一つの柑橘類とコップを取り出した。そして「ふん」と低い声を出して、その果実を握りつぶす。


「自然のジュースだ」


 こ、こいつ………私を脅かしやがってぇ。

 力には弱いんだよ私。


「気楽に行こうぜ、旅は長いんだ」


 ずるずるジュースを啜っていると、偉そうにレベッカは私の肩を叩いた。痴態を晒す私が面白いらしい。


「今日は寝るといいよ。明日には次の街に着く」


 レベッカはにっこり笑って、一人で毛布に潜った。私は野ざらしのままだ。


「いや毛布かけてくださいよ。死にますって」


 返答はない。まさか眠ったんじゃないだろうな。


「なんちゃって」


 バサッと適当に、毛布を投げられる。どうやらまだ、生きていられそうだ。


 ♦︎


 馬に直乗りするのは初めてだったが、正直目新しさはまったく感じない。いつものように酔うし、上下の揺れのせいで顎が痛くなる。

 特筆すべきことなんて、レベッカの腹筋が堅いいってことくらいだ。


「どういう心変わりなんですか、レベッカさん」


 私は既に解放されていた。しかも馬の後ろに乗せてもらえるくらいの待遇を受けている。飴と鞭のつもりなんだろうか。


「山脈越えたら解放するって言ったじゃないか。人間引きずって街に入ったらドン引きされるだろ」


 それもそうか。


「別に私を連れて行く必要はないんじゃないですかね。私は屋敷に帰るのが一番安全だと思ってるんです」


 このまま屋敷から遠ざかるのは非常にまずい。今からでも、走って戻りたかった。


「別に、レーナちゃんを助けたいわけじゃないよ。チーフとは付き合い長いから、頼みは聞いてやるってだけさ」

「その優しさを私に分けて欲しいところです。もしかしてこのまま殺されちゃうんですか」

「なわけないだろ。ノースハーツの陽が落ちる前に、再就職先を用意してあげるってだけさ」


 軽薄そうな雰囲気で、まだ安心はできなかった。しかしノースハーツへの反感については、何度も口にしている辺り本音のようだ。

 リゼットはあれでも、領地を賑わせようとやる気になっていた。立ち行かなくなってしまったわけではないと、私は思う。


「私はチーフさんを信用できません。こんな強引な手段を取るなんて、間違いなく冷静じゃありませんから」


 リゼットを褒めてあげたいところだが、彼女の前でそれは悪手だ。やるなら協力者、チーフを下げた方がいい。


「それでもやるんだ。ホルムニアまでたどり着けば、私達は自由になれる」

「いくつの属国が間に挟まっているのか知ってますが。国外に出れば許可証は紙切れになって、私達は奴隷として扱われるんですよ」


 ノースハーツは奴隷商の権化だ。拇印と刺青による認証システムは、奴隷制のある様々な国で採用されているらしい。

 つまり私達は、国外に出た瞬間にその国の奴隷法で裁かれる存在になる。


「次の街、オバーカムでパスポートを作る。偽装したといっても判子はモノホンだし、何とでもなるはずさ」

「手首の刺青は残ったままなんですよ。私は娼館で違法に捕まった女の子を何人も見てきました。安全なわけがない!」

「ホルムニアまで行けば安全だよ、しかもあそこは茶が美味い」


 私の迫真の説得も、レベッカには響かなかった。現実逃避にも近いように聞こえて、手に力がこもった。


「自分の気持ち次第で、その環境を限りなく改善できるんです。死んだら努力も無意味じゃないですか」

「そんな奴隷根性いらないね。最後くらいは、誇り高く生きてみせたいんだ」

「レベッカさんの自己満足に、私を巻き込まないでください!」


 つい声に力がこもる。驚いた馬が暴れ出し、レベッカは焦って馬を宥めた。


「………行くぞ」


 それきり会話はなくなった。気が立っている自覚があって、彼女の腰を掴む力も強くなる。


「街ですね」


 気を紛らわすように、目に入ったものの名を口にした。


「街だね」


 どうやら、レベッカも同じような気持ちらしい。

 入り口の市門はがっちりした石造で、街一つを囲っているようだった。辺りは根菜らしきものを育てている畑で溢れているが、働いている人は少ない。夜が近いからだろう。

 子供が親らしき男から説教を食らっていたが、ああいう家族の営みは微笑ましいものだ。羨ましい。

 門外にも建物があるのを見るに、私がこの世界で人間として生きていくことは不可能でもなさそうだ。貧民街と呼ばれるような土地なんだろうが、家の作りは悪くない。どさくさに紛れて逃げだして、農婦にでもなるのもありかもしれない。

 私はそれなりに、顔がいいわけだし。


「身分証はありますか、ご婦人方」


 市門の列に並んでいると、衛兵が向こうからやってきた。私は心臓が飛び出しそうだったが、レベッカは動じることなく衛兵に居住許可証を差し出す。

 偽装書類だとは気付かれなかったようで、衛兵はすぐに許可証を返してくれた。


「お名前は」

「レベッカ・コルクバットだ」

「わかりました。では右腕を見せてください」


 衛兵は当たり前のように要求した。私の心臓が、再び跳ねる。


「ふーん、解放奴隷ね。ちなみに、そっちのお嬢さんはどうなんですか」


 衛兵からそう尋ねられた瞬間、後方で大きな発砲音が鳴った。振り向けば、子供が畑に頭を埋めてぐったりしている。

 血だ。


「迷惑な」


 衛兵はそう呟いた。子供が死んだことへの同情はカケラもなく、ただ迷惑だと。あの子は奴隷だったのだろうか。


「こいつは私の奴隷なんだ、だから身分証はないよ」

「奴隷が奴隷連れて歩いてるのか。偉そうに」


 レベッカは特に気にした様子もなく、淡々と衛兵と話を進めていく。列に並んでいる他の人達も、興味なさげだった。


「右腕を見せろ、番号を控える」


 あの子供は、何か主人の気を悪くさせたのだろうか。まだ十歳くらいの年齢に見えたが、殺されてしまうような失態だったのだろうか。


「おい、聞いているのか!」


 怒鳴られて、私の意識は現実に回帰した。さっきまでレベッカと話していたのに、私に用があるらしい。


「なんでしょうか、お兄さん」

「右腕を見せろ。あと拇印をこの書類に押せ」

「わかりました」


 朱肉に親指をくっつけて、汚い紙に擦りつける。サインも書かされるんじゃないかと思ったが、既に衛兵が私の整理番号を記録していた。


「あんなもんだよ、奴隷の扱いなんて」


 励ましのつもりなのか、レベッカは私の顎をデコピンしてきた。つい昨日まで幸せな生活を送っていたのに、なんでこんなことに。


「だからといって、あんな風に殺していいわけがないんです。正当な理由があったようには見えませんでした」

「まあな」

「子供なんですよ………殺すなんて、駄目ですよ」


 私だって命の危機を感じたことは一度や二度じゃない。でも、誰もがその一線を超えないようにしているんだって、私は思っていた。


「涼しい顔してますけど、なんとも思わないんですね」

「今日は適当な宿に泊まる。宿泊施設はどこも身分証がいるから、私から離れないでよ」


 初めて踏み入れたオバーカムの街は、暗くて冷たかった。店はどこも閉まっていて、娼館なんて一つもない。遠くに向かい側の市門が見えて、この街がそう大きなものでないことがわかった。

 足が、震える。

 馬を預けて適当な宿に泊まったが、整理番号はそこでも控えられた。私は奴隷なので浴室は利用できなかったが、レベッカがタオルを濡らしてきてくれたので身体は拭ける。

 しかしそれでも、生活の落差で吐き気がした。


「危なかったね。レーナちゃんの分まで渡してたら、今頃詰所で寝泊まりだ」


 レベッカは歯を見せながら、苦笑いした。


「ふざけないで!」


 耐えられなくなって、私はレベッカをぶん殴った。殴ったのは私なのに、手がじんじんと痛い。


「気持ちは察するけどさ、近いうちにノースハーツは潰れるんだよ。そしたらレーナちゃんは独り身、人生は行き止まりだ」

「それなら、奴隷法の改定がくるじゃないですか!どちらにしたって、私の人生は保証されていたんですよ!これじゃあ私まで犯罪者として殺される!」


 奴隷法の改定なんて、リゼットが甘かったせいで意識の端にも置かなかった。でも、不意に思い出してしまったせいで泣きたくなる。


「少し、ほんの少し頑張るだけで………私は、うぅ、ずっと、幸せになれたのに」


 一昨日のこの時間は、リゼットからつまらない政治の話や昔話を聞いていた。その前も、その前の日も。

 なんでこいつは、それを私から奪ってヘラヘラしていられるんだ。


「わ、悪かったよ。泣くなって」


 街に入ってしまった以上、私はこいつから離れられない。怒るのにも疲れて、私は一人で床に寝た。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんというか。。。小説ってさすがに読んでてひたすら苦痛なのはどうなんだろうね。 カタルシスが遠過ぎて私は脱落しました。 読み続けるモチベーションを保てるだけの、 ハンナさんに共感できるディテ…
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