表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛玩奴隷も楽じゃない!  作者: 猪口レタス
二章 ハンナの牢獄
17/24

16 監禁ですか

16 監禁ですか


(ここは、どこだろう)


 意識の回復と共に目を開けようとしたが、目隠しをされているせいで何も見えない。手足は椅子に縛られているし、口にはギャグボールをつけられている。

 しかも外された関節の節々がまだ痛い。さっきチーフに寝技をかけられたのは、幻覚ではなかったみたいだ。


「んがー」


 ちょっと声を上げると、私の声はあたりに反響した。まるでトンネルの中にいるかのようだ。普通の部屋ではこうも響かないだろうし、私は地下通路にいるのかもしれない。

 チーフめ、なんてことをしてくれたんだ。

 もしかしてこのまま王子とヤらせるつもりなのだろうか。最悪だ、金があるなら代打くらい立てればいいのに。


「おはようございます。いい夢は、見れましたか」


 チーフの声だった。こんな椅子に縛りつけられた状況でいい夢なんて見られるはずがない。


「ひっふぇ」


 まずは死ねと言ってやった。ギャグボールのせいで涎がだらだら出るが、意思表示はせねばならない。

 これから拷問されると思うと、既に喉が乾いているのは運が悪い。朝っぱらからランニングなんてしなければよかった。


「これでは何と仰っているのかわかりませんね。今取り外すので、楽しくお喋りでもしましょうか」


 チーフは楽しげに、私の口元のギャグボールをかちゃかちゃと取り外していく。


「私を監禁して何をするつもりですか。リゼット様が悲しみますよ」


 私の様子見の質問を、チーフは鼻で笑った。会話する気がないようで、返答する気配もない。

 ここは、下手に出るしかなさそうだ。


「あの、せめて目的を教えてください。話し合いで解決できることなら、私も協力しますから」


 できるだけゆっくり、本当に参ったという風に言葉を漏らす。

 目隠しのせいで、チーフの表情は一切読み取れない。静けさが、凍えるみたいに恐ろしかった。


「目的、目的ですか。うーん、勢いで閉じ込めてしまったので、特にないんですよね」


 その声色、正しく軽薄。私はその瞬間、行動力のある短気ほど恐ろしいものはないのだと知った。


「まずはそうですね、お嬢様の愛妾の座を辞退していただけませんか。苦しむお嬢様を見るのは私も心苦しいのです」


 チーフは大きく手を叩いて提案する。他人行儀なその様子が、私にはどうにも引っかかった。

 その中身自体は、不可解なものではない。しかし、チーフはさっきまでリゼットへの忠義に執着していたはずだ。


「………わかりました。それがリゼット様のためになるなら、従います」


 愛妾が駄目なら正妻になる………って冗談は通じないかな。はは。


「よろしい。従順な子は好きですよ」


 シュッと摩擦音が鳴る。漂ってきた匂いから察するに、火を灯したのだろう。

 それからチーフは私の目隠しを片側だけずらして、一枚の紙切れを見せつけてきた。


「では、こちらの書類に拇印とサインを」


 部屋が暗いせいで読みづらいが、目を凝らせば内容は把握できる。法外な契約書でも書かせるつもりなのかと思ったが、この書類には見覚えがあった。


「これ、ノースハーツの居住許可証ですよね。何に使うんですか」

「貴女の不安を解消できれば、全て解決するのではないかと思ったんですよ。この先の人生への安心、つまり市民になれるという保証があれば、私に逆らう理由もなくなりますよね」


 それを聞いて一瞬、私は納得しそうになった。だが、なまじリゼットから仕事の話を聞いてきたせいで、この提案がまるっきり出鱈目だということが分かってしまう。


「私は犯罪奴隷ですよ。こんな偽造書類を作ったところで、すぐにバレて殺されてしまいます」


 この国は治安維持のために、拇印や刺青といった肉体的な証を利用している。どこに逃げても真っ当なサービスは受けられないし、脱走奴隷はすぐに捕まるような仕組みになっていたはずだ。


「お嬢様はノースハーツの公爵ですよ。偽造書類くらい簡単に作れます。市民一人の戸籍が増えたところで、バレるわけがありません」


 本心は断りたかったがっていたが、今の私はチーフに監禁されている。自分の利益だけを考えるわけにはいかなかった。


「そうですか。さっきはああやって啖呵を切ってしまいましたが、選択肢がそれしかないのなら受け入れましょう」


 目的がないと言った割には、チーフは交渉材料をきっちり準備してきている。頭に血が上りやすい性格をしてはいるが、話せばわかる相手だ。せめて、まともな交渉をしたかった。


「ですが私は、リゼット様に買い取られたことを誇りに思っています。そんなものを書かなくても、私はチーフに従いますよ」

「いい加減、縛られたままでいるのも辛くなってきたでしょう?どうか、その檻から解放されて下さい」


 うんざりする様に、チーフはため息をついた。

 それから側に置いてあった机を私の目の前まで持ってきて、ペンや朱肉を用意してくる。どうやら、何としてもこの居住許可証を書かせたいらしい。

 チーフはこの書類を、私の不安を解消するために用意したと言っていた。しかしながら、チーフはこれを書くことを強要している。

 そこに、チーフの隙が見えた気がした。


「書かないと、駄目なんですよね」

「はい」

「これを書いたら、私はこの場所から解放されるんですか」

「ええ。第三王子が来るまでは、ここで生活してもらうことになりますけどね」


 これは、間違いなく罠だ。これを書いた瞬間に、私はリゼットからの信頼を失うことになる。

 しかし、それが分かっていても飲み込まざるを得ない状況に私は置かれていた。


「わかりましたチーフ。受け入れます」


 どう頑張ったって私が囚われの身であることに変わりはない。だからこそ私は、リゼットに最後の望みを託すことにした。


『氏名:レーナ・スノードロップ』


 心許ない、短いメッセージ。彼女の好きな花に願いを込めて、私は確かに拇印を押した。


 ♦︎


「改めてこんにちは、私はレベッカ・コルクバットだよ。今日から長い付き合いになると思うから、そのつもりでどうぞ」


 蝋燭の炎で、彫りの深い顔の女が照らされていた。燻んだ赤い髪を垂らして、物色するように私を眺めている。食堂で何度か顔を合わせた相手ではあるが、こうやって話すのは初めてだった。

 しかし中途半端な顔見知りだと向かっ腹が立つな。ギャグボールを再装着されたせいで、文句も言えないのが残念だ。


「ん、ぐぁっぶふ」


 もごもご言っていると、レベッカが溜息を吐いて私のギャグボールを取り外した。


「うわ、汚い。唾だらけ………」


 失敬な。私の唾はオプションつけないと飲めないんだぞ。

 一髪ぶん殴ってやりたかったが、こうして監禁されている以上は文句も言えなかった。


「くっ、殺さないで」


 女騎士プレイ中なら潔い死を望むところだが、私はリゼット専属だ。一応悔しそうな演技をすることには成功したが、命乞いは止められなかった。

 一対一なら強がれるが、二人目が現れるともう怖い。結託して痛ぶるなんて、まったく度し難い女だ。全力で呪ってやる。


「まあまあ睨むなって。君がチーフとシルビア様の部屋に入るところを見てたから、わざわざ助けにきたんだ。私も脱走するつもりだったし、連れて行ってやるよ」

「………味方なんですか」

「ああ」


 前言撤回だ、祝福させてくれ。

 こんな地下で寂しく死んで行くんじゃないかと不安だったが、思わぬ伏兵が来てくれた。さっさと脱出して、リゼットに事情を説明しに行かなければ。


「こんな通路があるなんて知らなかったぜ。せっかく祖国に帰るチャンスができたんだし、レーナちゃんには着いてきてもらうからな」


 当然のようにレベッカは、屋敷からの逃亡を宣言した。一瞬首を傾げてしまったが、彼女は恐らく戦争捕虜の奴隷だ。ノースハーツ屋敷での生活に満足しているとは限らない。

 私は上手い飯と多少の娯楽さえあれば生きていけるが、自由を乞い願う人の気持ちは想像できた。


「祖国ですか………ちなみに、なんて名前の」

「ホルムニアさ」


 近場なら協力してあげてもいいとか思ったが、大陸の端じゃないか。行くのに数ヶ月はかかるし、同行する旨味があまり感じられない。

 リゼットには色々世話になっているので、不義理をする気にもなれなかった。


「いや、普通にリゼット様に助けてもらいましょうよ。ノースハーツの公爵様なんですし、言えばなんとかなりますって」

「やだよ。だってやっと念願の夢が叶うんだ。十五年の時を越えて、ようやく自分の青春を楽しむことができる」


 人種の差のせいでわかりづらいが、おそらくレベッカはアラサーだ。この年齢で青春とか言われると、変なリアリティがあって虚しくなってくる。まるで自分の未来を見ている気分だ。


「それは頑張ってくださいね、レベッカさん。申し訳ありませんが、この拘束を解いてもらってもいいですか。すこし待って下さるなら、お礼も用意しますよ」

「それは駄目だ。だって今は拘束を解いちゃったら、君は屋敷に戻っちゃうだろ?チーフはやり手だし、そのまま帰ったら殺される。だからこのまま連れて行くよ」


 当たり前に助けてくれるものだと考えていたから、レベッカの対応に私は驚いた。しかも心配しているにしては気怠げで、どうにも胡散臭い。

 疑心暗鬼になっているだけかもしれないが、こいつは本当に私の味方なのだろうか。


「でも私達って刺青入りですよ。途中で捕まったらお陀仏じゃないですか」

「だーから居住許可証を偽装したんじゃないか。こいつを使って正面から国境を抜けて、リトルハイの旅船から一直線にホルムニアまで移動するのさ」


 レベッカは自慢げに、胸ポケットから数枚の紙切れを取り出した。拇印もノースハーツの印鑑も押してあるし、確かにこれなら国境を突破できるかもしれない。


「なんでチーフに渡した許可証を貴女が持ってるんですか」

「………拾ったのさ」


 言い訳にしても酷すぎる。レベッカは真顔で居住許可証をしまったが、さっき書いたばかりの書類をチーフが捨てるとは思えなかった。


「………チーフの仲間だったんですね。いや、ほんとに命だけは勘弁してください」


 こいつは間違いなく、チーフの共犯者だ。目的はわからないが、私の未来はぼんやりと想像できた。

 このままでは、私は国外に骨を埋められてしまう。飯と水抜きで一日以上監禁されているのに、このまま楽しいこともなく死ぬなんて御免だった。


「まあまあ、心配しないでくれ。味方だってことに嘘はないからさ」

「それなら私を解放してください。お礼は必ずしますから」

「レーナちゃんの居場所はここにはないよ。どれだけ頑張ったって、奴隷として死ぬだけさ」


 一々ちゃん付けで呼んでくるのが癪だった。

 チーフが何故私に居住許可証を書かせたのか。その理由はおそらく、リゼットへの証拠隠滅のためだろう。

 偽の居住許可証でリゼットからの信頼を削ぎ、レベッカと国境を抜けることで国外逃亡したという証拠を作る。そのあとに口封じに私を殺してしまえば、国家憲兵でも調べられない完全犯罪の完成だ。

 そうなるとチーフの目的がいまいちわからなくなってしまうが、この予想にはそれなりの自信があった。


「レベッカさん、この屋敷に残った方が確実にいい暮らしができますよ。リゼット様からの評価を上げれば、帰省も一時的に許可して下さる可能性もあります」


 腹の減りと喉の渇きで頭が回らないが、まずは彼女は説得する。絶望的な状況だが、まだ望みはあった。

 祖国に帰るという彼女の願いには、嘘が含まれていないような気がする。そこさえ叶うなら、私の身柄なんてどうだっていいはずだ。


「ノースハーツは親の仇だ。目的もなくお溢れを貰い続ける人生なんて御免だね」


 その声色には、怒りがあった。嘘や冗談が含まれているような雰囲気ではない。

 なんでそんな悲劇的な過去を持ってるんだ。恨みとか過去とか忘れて、気楽に生きていけばいいっていうのに。

 

「つまり私を連れ去るのは、リゼット様への意趣返しなのでしょうか」


 一番の優先事項は、私が生き残ることだ。レベッカの目的に復讐が含まれているのなら、リゼットの愛妾である私を逆恨みしている可能性がある。

 さっき許可証を書いたおかげで、手の拘束は自力で外せるくらいに緩まっている。手遅れになる前に、最適な判断をしたかった。


「レーナちゃんの居場所は作ってあげるから安心してよ」


 向けられたのは、憐れみの視線だった。まるで解体される豚に向けるような、冷たい視線。まだまだ安心できそうにない。


「まあ時間に余裕もないし、さっさと移動しようか」


 レベッカはしゃがみ込んで、地面に転がっていた何かを拾い上げた。あれは、スコップだ。

 このまま殴り殺されるんじゃないかと身を捩ると、レベッカは雄叫びを上げながらスコップを振り上げる。すると天井に切先が当たり、ボロボロと天井の岩が崩れた。


「何してるんですか………?」

「入り口を塞ぐんだよ。追っ手が来ると面倒だ」

「全体が崩落したらどうするんですか。生き埋めになりますよ」


 私がそう指摘すると、レベッカは暫し熟考して壁にスコップを打ちつける。


「だから、崩落したらどうするんですか!」

「やれって言われたしなぁ。まあ鍵は閉まってるし、そんなに厳格にやる必要もないか」


 レベッカは崩れた石クズを、どこか遠くに運んでいく。おそらく入り口を塞ぎに行ったのだろう。死にたいなら、私のいないところで死んで欲しい。

 この内に、手の拘束を外して———


「よし、行こう」

「ちょちょちょ待てぃ」


 一瞬で帰ってきたレベッカは蝋燭を消して、私を椅子ごと持ち上げた。本当に私を連れて行くつもりらしい。

 暗黒の中で担ぎ上げられる気分なんて知りたくなかった。


「レベッカさん!蜘蛛の巣が顔面にめっちゃ纏わりつくんですけど!」

「緊急時なんだから我慢しなよ」

「無理です。せめて、尻を前方に向けて担いでください。尻が蜘蛛の巣だらけになるのは許せるので」

「めんどいなぁ」


 レベッカは私を一度下ろして、反対向きに持ち上げてきた。これで顔面はガードできるぜ。


「じゃあ改めて、出発だな。これも運が悪かったって諦めることだね」


 雄々しいレベッカの声が、地下通路に反響する。私の困惑と不安は、レベッカの鼻歌にかき消された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ