表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛玩奴隷も楽じゃない!  作者: 猪口レタス
二章 ハンナの牢獄
16/24

15 結末

15 結末


 ハンナは私よりずっと体格がいい。こうやって押し倒されてしまうと、もう反抗できなかった。


「私のこと、恨んでいるのかしら」


 そう尋ねると、ハンナは私の唇を塞いだ。


「そんなわけないでしょう。馬鹿じゃないと言い張るなら、私の気持ちにも気がついて欲しいところですね。愛しているんです、お嬢様」


 あれほど焦がれ続けた告白なのに、嬉しさもなにも感じなかった。心変わりの理由がわからなくて、不気味に思えてしまう。

 ただ、その理由よりも先に聞くべきことが私にはあった。


「レーナさんは、死んでしまったのかしら」

「はぁ………私というものがいるのに、あんな娼婦の心配なんてするんですね」


 私に馬乗りになって、ハンナはめそめそ嘘泣きをした。そのまま片手で私の片脚を持ち上げて、ふとももに頬を寄せる。


「結局は、性欲でしかなかったということです。構いませんが、少し寂しいですね」


 この次に何をされるのか察して、私はハンナの頭目掛けて蹴りを入れた。体勢のせいで力は入らなかったが、それでも強い抵抗感はある。このまま切り抜けて………


「痛いです。なんで駄目なんですか。私はもう何年も前から、お嬢様以外のことを考えられなくなっているのに」


 まったく効いている素振りがなかった。ハンナはヘラヘラと笑いながら、私の両腕を掴んでのしかかってくる。

 駄目なものは駄目だ。酷いことをしたのは事実でも、レーナさんをどうにかしたハンナとは仲良くできない。


「だったら、私だけ痛めつければよかったじゃない!」

「痛めつけるだなんてそんな。私だってお嬢様の気を惹こうと努力したんですよ」


 レーナさんは私の奴隷だが、それ以前に血の通った人間だ。ハンナの気持ちがどうであろうと、復讐じみた行為に利用される謂れはない。

 激しい怒りをぶつけたが、ハンナはどこ吹く風だった。


「チーフとしての仕事は当然にこなしましたし、執務のお手伝いもしたではありませんか。私とのリバーシは楽しくなかったんですか。愛しているという言葉は聞こえませんでしたか」


 きゅっと、喉が締まる。発言のすべてに覚えがあって、言葉が出なかった。


「お嬢様、責任です。貴女には私を狂わせた責任があります。妹様が死んだのもお嬢様のせいですし、レーナさんが見つからないのもお嬢様のせいです」


 私のせいだと、当然のようにハンナは言い放った。自信ありげな表情をされると、私はもう否定できない。


「それでも、だって、レーナさんは悪くないじゃない」

「そうですね。でもお嬢様のせいです。ああやって私に嘘まで吐いて………まあ、そういうクズで泣き虫なところが好きなんですけどね」

「だったら、どうして欲しいのよ」

 

 いつの間にか、怒りも冷めていた。

 本当に、ハンナの言う通りだ。私が適当な対応ばかり取っていたせいで、こうなってしまった。


「謝ってください」

「え?」

「私、まだ謝罪されてないので」


 単純すぎる要求に、私は思わず聞き返した。

 まだ謝ってないって、そんなわけがない。私には何度もハンナに謝った記憶があった。彼女が倒れてから、何度も………


(あれ?謝ったっけ)


 サーっと、力が抜けた。ハンナは目を覚ましてすぐにエレンサラー家に帰ったし、彼女が屋敷に正式雇用された時期の私は部屋から一歩も出ない生活を送っていたはずだ。


「ごめんなさい」


 謝った。遅すぎる謝罪だが、言い訳しないで謝った。


「お嬢様は悪いことをしましたね」

「そうね」

「責任をとって。私の言うことをなんでも聞いてください」


 なんでもは無理だ。しかし可能なことなら、なんだって受け入れる必要があるとも思う。

 だから私は黙って、彼女の要望を聞いた。


「では、一緒にこの領から逃げましょう。国外逃亡です。後のことはシリルとマリユスに任せて、二人で大きな家を建てましょう」


 てっきり無理心中でも頼まれると思ったから、私は拍子抜けしてしまった。国外逃亡というのは、正直なところ魅力的な提案だ。

 こんな領地放り出して、どこかで自由に暮らしたいといつも思っている。


「妹を置いていくのは、駄目よ」

「なら連れて行きましょう」


 だからこそ拒絶したのに、その理由はすぐに消された。それでまた、私は揺らぐ。


「シルビアには夢があったわ。私の代わりに、ノースハーツの未来を考えていたのよ。だからちゃんと」


 シルビアのことはずっと嫌いだ。今でも好きじゃない。けれど、自分の手で執務をするようになって、私がどれだけの重荷を背負わせていたのか知ってしまった。

 シルビアには、私と違って夢があった。奴隷制の拡大とか王政の解体とか、私どころかお父様すら目指さなかったことを目標にしていた。それを私個人の理由で台無しにするなんてのはあんまりだ。


「半生を共にした私よりも、不仲だった妹様を選ぶんですか」

「優先順位とかじゃないのよ。私がシルビアを捨てたら、もう何も残らなくなるわ」

「お嬢様は取り返しのつかない失敗を繰り返してきたんです。お嬢様も私のために、全部捨て去ってくださいよ」


 掴まれた両腕が、ひび割れたみたいに痛い。でも、


「私はもう、きっとハンナを愛せないわ。一緒に行っても、不幸になるだけよ」


 責任は取るべきだと、私だって思う。しかしハンナの願いを叶えることは、私にはできそうになかった。


「いっ」


 右手の拘束が離れた瞬間に、私はビンタされた。


「旦那様がお嬢様にばかり暴力を振るっていた理由が、やっとわかりました。お嬢様って、叩きたくなるような表情を浮かべますね」

「そんな才能いらないわ」

「お嬢様はもう、私に愛されていればいいんです」


 抱き寄せられながら、再びキスされる。空いた右手で頭をゴツゴツ叩いてみたが、特に効果はなさそうだった。


「愛するより、愛される方がずっと幸せになれますよ」


 それは嘘だ。今のハンナは、まったく幸せそうに見えない。私がハンナに身勝手な愛をぶつけなければ、きっともっと彼女はいい人生を送っていたはずだ。


「ハンナは、なんで私が好きなの」


 ふと気になって尋ねてみる。

 その後に私は、さっき答えを本人が口にしていたのを思い出した。


「クズで泣き虫だから?そんな愛、絶対幸せじゃないわ」


 クズで泣き虫だから好きだと、確かにハンナは言った。確かに私はクズで泣き虫だけど、そんな部分を愛されて何が生まれるのだろうか。


「私ね、レーナさんが好きなの。お馬鹿なことを馬鹿真面目にやるところとか、おおらかでも頑張り屋さんなところとか、恥ずかしいことも率先して勉強するところとか、時々抜けているところとか、全部が好きなの」


 言葉にしてみれば、レーナさんにはいいところしかない。敢えて口にしたりはしなかったが、レーナさんは何よりルックスが最強だった。

 勿論、彼女の魅力の本質はそこではないけどね。


「ハンナは私がちゃんとした善人になったら、嫌いになるのかしら」


 純粋な疑問だった。

 私は情けない奴だから、自分より強い人が好きだ。前に向かってハキハキ進んでいくような、歳上の女性が好みだった。

 しかしそんな人に告白しても、私のような魅力のない人間と付き合ってくれるわけがない。だから自分の魅力をあげたかったのに、ハンナが私のような肥溜めを望んでいるなんて、不思議でならなかった。


「揚げ足取りですね。私は、情けないお嬢様の性根すら愛していると口にしたんです」

「そんな、お情けの愛なんて御免よ」


 ハンナは私のことが好きみたいだから、言ってやらないといけない。私には責任があるけど、だからこそ誠実でありたかった。


「私は私が嫌いだから、嫌いな私を愛されたって困るのよ。私だって見栄を張りたいし、見栄を張っている私を愛されたいわ」


 レーナさんの前では、いつも格好つけた。切羽詰まっても余裕そうにしたり、自分からデートに誘ってみたり。肝心の中身は誰かの真似ばかりだったけど、それでも自分のものにしてきた。


「とんだ役者ですね。要は本当の自分を知られたくないだけじゃないですか。あの娼婦がお嬢様を愛しているとでもお思いで?」

「思ってないわ。でも、だからこそレーナさんを恋に落としてやりたいのよ」


 レーナさんは、ドヤ顔が多い。すぐに他人を分かった気になって、的外れなことを言ったりする。

 それだけじゃない。落ち込んだときは適当すぎる励ましをしてくるし、私をすけべ人間だと思い込んで変な誘惑を繰り返してくる。間違いなく私を、友達や妹みたいに思っているだろう。


「約束したのよ。冬になったら、メルキデス展望台に二人で行くって。街で可愛い服とか探して、美味しいご飯を食べて、スノードロップを渡すの。家の花って嫌いだったけど、言葉一つで好きになってしまうものね」


 一度、レーナさんの目の前でスノードロップの紋章を睨んだことがあった。ノースハーツなんて本当は嫌いで、不相応だったから。

 レーナさんはそれを好意的に解釈してしまったのだろう。だから大嫌いな花を、大好きってことにされてしまった。それは気持ちが通じ合ってない証拠だけど、反面私をよく観察しているという意味でもある。


「そんなことを話して、一体何が解決するんですか」

「レーナ・スノードロップって名前、変だと思ったのよ。用心深いのが祟ったわね。本人に書かせるなんて」


 レーナというのは、彼女の本名じゃない。そもそも本当に居住許可証を偽装するなら、私に気づかれない名前を書き込むべきだ。

 しかもスノードロップを名前にするなんて、私へのラブコールのつもりなんだろうか。


「私、貴女のこと………どうでもよくなってしまったわ」


 ハンナのことを愛している時期はあった。でももう、申し訳なさすぎてテンションが上がらない。


「ごめんなさいね」


 もう、謝るしかなかった。私は自分より強い人が好きだけど、自分が弱くなって条件を満たしたいわけじゃない。もうどうしても、ハンナを恋愛対象にできなかった。


「殺したいなら、殺していいわよ。先にレーナさんに、会いに行ってくるわ」


 ここまで大掛かりに私を堕落させようとしてきたんだ。十中八九、レーナさんは死んでいるだろう。私は地獄に行くだろうけど、今ならまだ再開できるかもしれない。

 なんの罰も受けないなんて、虫のいいことは期待しない。だから真剣に提案してみたが、ハンナは手の拘束を緩めて放心していた。

 私が言えた立場じゃないが、同情してしまう。他人を憐れむなんて、初めてかもしれない。


「ちょっと待ったぁ!なーに勝手に死んだことにしてくれてるんですか」


 突如、聞き覚えのある明るい声が浴室に響き渡る。思わず首を入り口へと傾けると、もこもこの帽子と厚手のローブを纏ったレーナさんがそこに立っていた。


「まさか痴情のもつれで関節技決められたとはね。私、めちゃくちゃびっくりですよ。ですがこうして帰ってこれた以上、私の勝ちですね!」

「あの、レーナさん。帰ってきたばかりなんですから落ち着いてください」


 レーナさんが声を荒げると、後ろからシリルが飛び出してきて引き留めた。その更に後ろでは、罰の悪そうな顔でレベッカが立ち尽くしている。


「レーナ、さん」


 さっきビンタされたからわかる。これは、夢じゃない。


「地獄の底から這い上がってきましたよ、お嬢様」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ