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愛玩奴隷も楽じゃない!  作者: 猪口レタス
二章 ハンナの牢獄
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11 無様

11 無様


 トントンと、数回のノック。

 ハンナは鍵を使って勝手に入ってくるので、リゼットは返事をする必要もなかった。

 トントン。再び、同じだけのノックが鳴る。


「リゼットお嬢様」


 訪ねてきたのは、使用人のシリルだった。


「レーナさんが逃げたのか誘拐されたのか、僕には判断がつきません。ですが、こうして閉じこもっていることが正しくないことは僕にもわかります」


 閉ざされた扉に向かって、臆さずに語りかける。たとえ嫌われることになったとしても、リゼットをこのままにするわけにはいかなかった。


「お嬢様はお嬢様ですが、公爵でもあります。役割からは逃れられません」


 リゼットには、しっかりとした責任感がある。前公爵の死後、四苦八苦しながら働き続ける姿を、シリルはその目で見守ってきた。

 だから、思いが届くと信じて、言葉を連ねる。


「自暴になって腕を汚くして、甘やかされてトイレの面倒までされて、一体それで何が解決するんですか」


 シリルの胸には、後悔があった。

 リゼットの心の支えになりたかったはずなのに、このざまだ。挙げ句の果てに責務を他人に放り投げて、愛する主人をこれ以上なく傷けている。


「黙ってないでなんとか言ってくださいよ。そこにいるのはわかってるんですから」


 シリルは勢いよく扉を叩いた。

 今までの失態を取り戻すように、誤魔化さず叱りつける。こうして主人に説教をするのは、彼にとって初めてのことだった。


「レーナさんが好きなら、自分の足で探すくらいやったらどうですか。一番彼女の側にいたのは、お嬢様じゃないですか」


 いつまで経っても、扉の先の思い人は答えない。それが、自分なんてどうでもいいと言われているようで怖かった。

 しかし、だとしてもやるべきは変わらない。


「———話す順番が逆転しましたが、お嬢様。レーナさんが見つかりました」


 もし眠っているのなら、叩き起こさなければならない。だからシリルは、鎌をかけた。


「えっ?」


 それについ引っかかって、リゼットは間抜けな声を漏らす。その単純さに、シリルは思わず笑みを溢した。


「はい。なので早く出てきてください。一人で歩くのも難しい状態なので」


 流石のリゼットも、嘘だと察したのだろう。シリルの提案をまるっきり無視して、狸寝入りをした。

 だが、シリルにとってそれは大きな問題ではない。リゼットが聞いているなら、それでよかった。


「………個人的な願望なんですが、レーナさんは逃げ出していないと僕は思っています。何か事故に巻き込まれてしまった、そうだといいなって願っています」


 レーナさえ見つかれば、今のこの問題は解決する。しかし、そう都合よく彼女が見つかるとは、シリルも思っていなかった。


「シルビア様の部屋、休憩室にある地下通路への鍵がなくなっていました。出口も土砂で閉鎖されていて、すぐに内部を捜索することはできません」


 提示するのは、可能性。逃げ出したと考えているのなら、無責任な希望で打ち砕く。

 たとえ短時間の誤魔化しに過ぎないとしても、この部屋を出ることに意味がある。シリルはそう信じた。


「チーフは経年劣化だとしらばっくれていましたが、先日あそこを利用した時は、立派な道が広がっていたじゃないですか。たった五日で、通路があそこまで大破するとは思えません」


 捜索隊を出したとき、シリルは一人で隠し通路の出入口を確認していた。岩で閉じられた出口となくなった鍵を見てから、シリルはこの失踪に事件性があると考えている。

 チーフへの疑念も、既に確信に変わっていた。


「地下通路の入り口に内鍵はありません。つまり、レーナさんが逃げ出したとするなら、正門を通ったか壁をよじ登って脱出したかの二択に絞られます」


 隠し通路の入り口はたった一箇所しかない。レーナが地下通路を使って逃亡したとするなら、今鍵が閉まっているはずがなかった。


「最後の目撃情報は中庭。そこから誰にも目撃されずに逃亡するのは、相当に難しいはずです」


 朝の七時。使用人達が食事を摂るそのタイミングで、レーナはこの屋敷から姿を消した。

 屋敷内の警備は多少薄くなっているが、門付近には潤沢な数の騎士が巡回している。門から逃げようとしたのなら、もう少し足跡が残るはずだった。


「夜になったら、僕は地下への入り口を破壊します。怪しげなチーフに悟られないように、こっそりとです」


 レーナが生きている可能性は低い。

 しかし、それでも真実を追求したかった。


「僕より先に諦めるなんて、お笑い草ですね。恋だとか云々抜かしながら、まったくレーナさんを信じていないんですから」


 友達と呼ぶには、関わりが浅すぎる。しかしシリルは、レーナになら主人を任せられると信頼しきっていた。

 忠誠心に上乗せされたその感情は、ある意味リゼットの恋慕よりも深い思いだと言えるのかもしれない。


「違うのよ、シリル。私のせいだったのよ」


 耐えきれなくなって、リゼットはぽつりと呟いた。耳を澄ませても聞き取れないような大きさだったが、シリルは聞き逃さない。


「どうしてそう思うんですか」

「私が、騙そうとしていたから」


 叱責なら十分に済ませた。

 だからシリルは、再び寄り添って言葉を重ねる。


「でも結果はそうなっていないでしょう。レーナさんはこの屋敷での生活に満足していましたよ。毎朝運動して、勤勉に本を読んで、お嬢様と愛し合って。とても精力的な方だったではないですか」

「うぅ、レーナさんは、演技が得意だから………本当の気持ちはわからないわ」


 リゼットはうーうー唸りながら、シリルの言葉を否定する。それから耳を塞いで、再び蹲った。


「レーナさんのこと、そんな風に思ってたんですね」


 シリルはリゼットを鼻で笑った。

 チーフにいきなり喧嘩を売り、リゼットには隙あらば媚を売る。誰彼構わずいい顔をするくせに、下品な話が大好きで、おまけに貧乏性。

 シリルからしたら、レーナの演技が上手いなんて評価は失笑ものだった。


「信じてあげてください。お嬢様がその手で、拾い上げたんですから」


 シリルは優しく語りかけて、扉に背を向ける。

 いつしかリゼットは、泣くのをやめていた。


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