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愛玩奴隷も楽じゃない!  作者: 猪口レタス
一章 リゼットの傾慕
1/24

01 役者と奴隷とお嬢様

しばらくは二日に一本のペースで更新する予定。

01 役者と奴隷とお嬢様


 ノースハーツ公爵領の中央には、ロストラバーという名の店がある。ノースハーツ商会を経営主体とする、国一番の高級娼館だ。奴隷産業で栄える街ということもあって、その商品は全員奴隷。それも、子供に近いような少女ばかりが集められている。

 涅槃に近い状態で、ただひたすらに客を待つ。ちらっと自分の名刺を見てみると、そこには「レーナ」というビジネスネームと私の作ったキャッチコピーが記されていた。

 聖女の技法を捧げます、なんて高尚な言葉が添えられているが、勿論こんな娼館に神聖な要素などない。しかし貴族様方の中には、爛れた少女=修道女見習いというおかしな共通認識があるらしく、客からはセンスがあると専らの評判だ。

 それでいいのか教会。

 トントンと、二度、ノックされる。客が来たらしい。


「あっ、マクシムお兄様!また来てくれたんですね。今日も沢山、ご奉仕させていただきますよ」


 やってきたのは小太りのおっさんだった。こいつは常連なので、どう扱えばいいかはわかっている。


「あっ、ご指名ありがとうございます。また言うの忘れちゃいましたー。えへへ」

「まったく愛いやつだなぁ。なーに、私とレーナの仲じゃないか。堅苦しいことは抜きにして、二人きりの時間を過ごすとしよう」

「わーい、お兄様大好き!」


 手始めにハグでもしておくか。満面の笑みで助走をつけて、私はマクシムに思いきり飛びかかる。おっさんにしか見えないが、二十代と言い張るのならば耐えてくれ。

 私は私の身体ではなく、修道女見習いのレーナの身体を売る。言葉遣い、仕草、表情。その全てはパズル遊びのようなものだ。

 完璧に、演じきらなければ。


「うおっとっと、今日は一段と元気じゃないか」

「そーですか?マクシムお兄様と会えたのが嬉しかったからかもです」

「そうか」


 マクシムは満足気に頷いて、私の唇を塞いだ。嫌われないために噛んできたのだろう。口からミントの匂いがする。


「はわわわわ」


 キスされたときのリアクションはこれだ。反応は上々。問題ない、コイツはレーナだけを見ている。


「あははは、そうだ。君のためにプレゼントを買ってきたんだ」


 マクシムはバッグをごそごそと漁って、小さな小箱を取り出した。プレゼントの受け取りは規則で禁じられているが、館長から事前に許可を貰っているので拒否はしない。

 箱の中からパカっと出てきたのは、十字架のネックレス。なーぜか私の名前がでかでかと刻まれている。


「ロザリオだ。君のために用意した、君だけの特注品だよ。これなら、仕事にも役立てられるだろう」

「わ、わわわ。私の名前、私の名前じゃないですか!しかもこんな綺麗な装飾まで」

「そうだろうそうだろう。我が領の宝石をふんだんに使ったんだ。5万フィリアは下らないぞ」

「あ、ありがとうございましゅ。よーし、せっかくですから、我らが神に二人の愛を示しましょう!神様の目が眩むくらいに、イチャイチャしたいです!」


 きっとこんなもの見せつけたら、神様だって目を背けるだろう。

 私はロザリオを首にかけて、くるりと回ってみた。丈の短い修道服が、空気を受けてふわりと舞った。


「似合ってますか?」

「ああ。最高だ」


 うーん、いい笑顔。

 一先ず私はマクシムの服を脱がせて、適当に煽ててみせる。

 香水の匂いや体型の変化の全てを言い当てるのはレーナのやり方ではない。レーナはきっと、いい匂いがするだとか、抱き心地がいいだとか、そんなことしか言わないはずだ。

 ベタベタ触って、何かを褒める。話題が尽きたら仕事の話。そんなようなローテーションでいい。


「えへへー好きー」


 あちら様の準備はもう万端。あとはやることをやるだけだ。

 ある程度の常連さんになると、言葉を交わさずとも客の方から動いてくれる。こんな性格をしているが、色情魔のレーナは攻め手の方が得意なのだ。


「では、始めてくれ」


 マクシムはそう言って、ベッドにごろんと寝転がった。巨大なベッドで全裸待機するおっさんの姿は、でっけえ赤ん坊のようで失笑を禁じ得ない。


「いきますよ、お尻出してくださいねー」


 まあ、そういう時は笑顔で誤魔化すのみだ。尻を出したおっさん目掛けて、はい、やることやって終わり。ぱっぱっぱ!


「今日はありがとうございました!また来て、くださいね」

「勿論だとも」


 体を綺麗にしてマクシムをフロアまで送ったら、あとは個室の掃除だ。次の客が来るまでの猶予時間は二十分なので、それまでにシーツの交換と消臭をしなければならない。

 さっさと部屋に戻って、シーツを取り替える。マクシムの相手はクソほどに楽だが、遊び内容の都合で部屋中がオリーブオイル臭くなるので、後始末はぶっちぎりで面倒くさい。

 客からもらった香水を無駄遣いしながら、鏡を見て身支度を整える。余った時間があるとつい寝転がりたくなるが、私はマクシムと違って勤勉だ。下から送られてくる資料には、あらかじめ目を通す主義である。


「これはちょーっと不味いかな」


 顧客情報をみる限り、これは明らかな地雷だ。私のテクニックもどこまで通じるかわからない。

 しかしお偉いさんを前にして手を抜けば、二級娼婦に降格になってしまう。下手な男と交わって病気にかかるなんて、私は御免である。

 金持ちの顧客に気に入られれば、愛玩奴隷として買い取られる場合もある。割りに合わない金額らしいが、出口があるのならそこを目指す他ない。それが、私が当たり前に生きるための唯一の方法なのだから。

 私の考えたレーナは、最強のヒロインだ。絶対に籠絡してみせる。

 コンコンと、二回のノック音。どうやらもう来たらしい。


「どうぞー」


 入ってきたのは黒髪の少女。デカくて太いおっさんの次なので、その背丈はやけに小さく見える。まるで妖精さんみたいだ。

 うーん、やっぱりこれは不味いかもしれない。

 資料によると、彼女はノースハーツ家の令嬢であるらしい。つまりは領主の娘だ。

 こんな歳から女遊びとはご苦労なことではあるが、この国の金持ちは性欲のタカが外れているので驚くことでもない。問題なのは、私が女の子の相手をしたことがないということだ。


「ようこそリゼットお姉様!私は修道女見習いのレーナです!あ、はわわ。ご指名ありがとうございましたって言うんでした。ご指名ありがとうございましゅ!」


 コツンと頭に手を当てて、上目遣いでドジっ子アピール。イロモノであることを売りにしている以上、やりすぎなくらいがちょうどいい。一番避けなければならないことは、客の機嫌を損ねることではなく、客に拍子抜けされないことだ。

 リピーターよりも口コミで売り上げを稼ぐのが、私のやり方である。ここで失敗して余計な口コミを広められるのは、非常に不味い。


「ふふっ、何それ」


 リゼットが笑う。掴みは悪くなさそうだ。


「私は愛の信徒ですから、精一杯ご奉仕しますね!希望する遊びはございますか?奉仕するのも受け止めるのも、全てが私の使命です」

「とりあえずお任せするわ。はしご続きでちょっと疲れちゃったし」

「かしこまりです!」


 おざなりにリゼットはごろんと寝転がる。お前もか。


「ここのベッドって本当に柔らかいわよね。自分用に一つ買い取ろうかしら」


 両脚をバタバタと動かしながら、リゼットはシーツに頬擦りをしている。あんまり暴れられると脱がせられないので、少し落ち着いて欲しいところだ。疲れたんじゃなかったのか、この子は。


「ではお洋服を脱がせいたしますね。あーでもこんなに可愛らしい服、脱がせちゃうのはもったいないなくなっちゃいます」

「じゃあパンツだけでいいわ」

「えー嫌ですー。私は脱がせるのが好きなんですー」


 服があるとやれることのレパートリーが減る。これは経験則だが、着衣状態でことが終わると場がもたないのだ。遊びの満足度は、素肌の密着度で決まると言っていい。

 ちなみに私はこれを、全裸イチャイチャの法則と呼んでいる。


「あら、レーナさんも脱ぐのね」

「当然です!でないとイチャイチャできませんからね」


 とはいえキャラの個性も大事なので、シスターベールとロザリオは維持する。ひとまずは雰囲気重視だ。


「綺麗な肌………雪みたい」


 全身の肌が露わになったところで、軽めのお世辞を口にする。声のトーンを少し低くして、素の言葉が出てしまったかのように演出するのがコツだ。

 そっと指先で首筋を撫でて、半身を背中にのっけてみせる。私より小さなこの体に、私の体重をのっけていいのか不安ではあるが、辛そうには見えないので大丈夫だろう。圧迫祭りだ。

 まだ若いからか、私より体温が高い。心臓の音もちょっぴり早い気がする。


「心臓の音、聞こえます。とってもドキドキしてますね」


 首筋に添えた指をそっと胸の方に下げていく。そのままお腹の方まで回して、触れるか触れないかのところでパッと手を止めた。


(あれー、これどうやって続けるんだ)


 女の子の相手なんてしたことがないのに、つい癖で攻め手に回ってしまった。まかせると言われたんだから、あそこで誘い受けておけばよかったかもしれない。

 くーっ、進退極まったか。さっきから指先をちょいちょい動かしているが、どうにも反応が悪いような。


「下手くそ」


 いきなりリゼットは私を押しのけて、マウントをとってくる。筋力も身の丈も私より低いので、逃げるのは簡単だ。だからこそ、私がやることはただ一つ。


「ふええ、よろしくお願いしますぅ」


 楽でいいじゃんと、全てを受け入れる。これしかない。向こうさんは結構経験がある様子だし、マグロになっても許されるはずだ。

 腐りかけの稚魚だけど、おいしく食べてね!びちんびちん。


 とまあ、やることやって数十分。そろそろリミットが来るということで、一時休戦となった。札束を机に並べているのを見るに延長する気満々だが、ここは見ないふりをしておこう。

 正直疲れたので何もしたくないが、全裸イチャイチャの法則に基づいて、私はリゼットを全力で抱きしめた。

 ピロトークも聞き手に回れば、それなりに休むことができる。こういうときはあれだ、逆膝枕をお見舞いしてやろう。


「えい」

「ひやっ!」


 柔らかそうな膝を目掛けて頭からダイブすると、リゼットが声を上げる。今日になって初めて、それらしい声を聞いた気がした。

 彼女の表情にあるのは困惑。しかし抵抗する素振りはない。ははーん、かわい子ちゃんめ。


「私、女の子の相手をするのって初めてだったんです。でもリゼットお姉様は優しくて、とっても楽しかったです!それに、勉強にもなりましたし」

「そう、よかったわね」


 ぽんぽんと、リゼットは私の頭を叩く。これは、撫でているつもりなのだろうか。


「ねぇ、レーナさん。あなたは自分の価値はどれくらいだと思いますか」


 彼女はそっと、机の上の札束に視線を向ける。なるほど、買取か。


「65万フィリアです。私はこの店でちょっぴり人気なので、これくらいはしちゃいますね」


 商会としてのノースハーツがいくら儲けているのかは知らないが、数ヶ月分の税収は軽く吹っ飛ぶ額だ。この人に買われるというのは、私としても望むところだが、こればっかりはルールなので仕方がない。


「なるほど。あなたの価値はそれくらいなのね」


 わしゃわしゃと、リゼットは私の髪をかき回す。それから床に転がる鞄を手に取って、思い切り中身をひっくり返した。

 床に大量の札束が落ちていく。しっかりと束ねられているので、床に触れると重い音が鳴った。


「130万。倍払うわ」

「ふぇ」

「あなたには価値がある。巨万の富を生み出すような価値が」


 人は本当に驚いたとき、身体が動かなくなるらしい。だが、ここで何もしないのは悪手だ。公爵令嬢の愛妾になれれば、奴隷のまま最高水準の生活が送れるかもしれないのだから。

 いや、それだけではない。公爵家の権力さえあれば、市民にだってなれる。


「い、いいんですか?ほんとに、ほんとに」


 声が震える。恐怖ではなく、ただただ笑ってしまいそうだった。そんなことで心変わりをさせてはいけないので、私はリゼットの内股に顔を埋める。

 ダメだな、これじゃあ話せない。普通にしていよう。


「私、今日だけで三人の女の子の相手をしたの。テクニックは全員レーナさんより上だったし、私もそれなりに満足できたわ」

「そうなん、ですか。でもでも、お情けでも買ってくれるなら、私はとっても嬉しいですよ」

「お情けなんかじゃないわ。そんなに怯えないで………って、それも演技かしら。まあいいわ、あなたはとにかく、他と違う」


 演技と言われた瞬間に、背筋がぞっと冷え込んだ。背汗がバレる前に体勢を変えたいが、頭を撫でられているので逃げられない。


「リスト表を見たときからあたりはつけていたのよね。他の女の子はみんな“自分が出来ること”を書いていたのに、あなただけは違った。自分の性格、身の上、エピソード。口に出してみると普通に聞こえるけど、アピールポイントを書かないで設定だけ提示するなんて、異端もいいところよ」

「異端なんかじゃないです。私はやれることが少ないから、せめて私のことを知ってもらおうって思ったんです」

「へぇ。でも、あの苔むしたような髪色の館長が、わけもなく恥ずかしい文章を載せるとは思えないわ。随分と気に入られているのね」


 リゼットの言葉はそれなりに的を得ていたが、客商売である以上、それを認めるわけにはいかない。だって可愛らしいキャッチコピーの作者が公になれば、館長が大恥をかくじゃないか。

 そこだけは否定しようと口を開いたが、リゼットに先に唇を塞がれる。


「はわわわわ」


 しまった、キスされた時のリアクションが出てしまった。


「話を続けるわね。今日の子達の中だと、あなたとの遊び一番楽しいって感じたのよ。みんな酷いのよ、私の身分にビビりっぱなしで、まともに話してくれないの」

「はわわ、褒められちゃいました」

「わざとらしくても、騙されていいと思わせるような魅力があなたにはある。忠実に、レーナというキャラクターを演じているのね」


 リゼットの言う通り、レーナという存在はわざとらしさを売りにしていた。等身大であることを軸としていないので、演技だと思われても満足させられる。

 演技を褒められるのならともかく、その在り方自体を褒められるのは、素直に喜べない。造花を花畑の中心に飾って、綺麗だと叫ぶようなものだ。

 私はどう返答すればいい?レーナなら、どう返答する?

 功を焦って肯定すれば、レーナというキャラクターは即座に破綻する。彼女が見ているのは私なのか、レーナなのか。そこを見誤ってはいけない。


「だって私は正真正銘100パーセントのレーナですから。レーナの演技なら誰にも負けませんよ」


 試しにほんの少し、我を出してみる。反応は、どうだ。


「………いい考え方ね。私にはできそうにないわ」


 曖昧に、憂うようにリゼットは俯く。真っ黒な瞳は、私の顔をそのまま映していた。


「こんな退廃的な娼館で、あなたは自らの地位を固めて、独創的な商売方法を確立させた。これは恐ろしい才能よ。国を一つ壊してしまうくらいにね」


 リゼットは私の顎と頭を両手でサンドイッチにして、優しく持ち上げる。近くでみる彼女の瞳は、潤んでいるからか輝いていた。


「ねぇ、私とこの国を解体しない?あなたは傾国の美女になれるわ。ここよりももっといい職場を、私が提供してあげるわよ」


 リゼットから飛び出しきたのは、突拍子もない提案だった。話の内容は理解できるのだが、愛玩奴隷として買われるつもりだったので、いきなりの展開についていけない。

 もしかしてこの人は、王室を籠絡しろと私に言っているのだろうか。スパイがバレれば一瞬で処罰されるような場所で、男を口説き落とせと。

 一蹴してやりたかったが、受け入れてもいいと思えてしまう自分もいた。きっと変に褒められたせいだろう。“私自身”を誰かに褒めてくれたのは初めてだったから、嬉しくなってしまったのかもしれない。


「私に、諜報員になって欲しいんですか」

「端的に言えばそうね」


 リゼットは厚顔にも断言した。

 男性向けの娼館にまで来て、やることがスカウトか。いや、やることやったということは、趣味とスカウトの半々でやってきたのかもしれない。

 ただ、そんなことよりも聞きたいことが私にはあった。


「私、長生きしたいです。ここで働き始めたとき、当たり前に生きることを人生の目的にしたんです。その仕事は、安全なんですか」


 当たり前の生活。最底辺に堕ちてから、最初に欲しくなったものがそれだった。それが保証されないなら、この人がどんなにいい人だったとしても手を取るわけにはいかない。


「うーん、どうかしら。絶対の保証なんて私にはできないわよ。使い潰す気はないのだけれど、そうね。不安なら、私を籠絡すればいいんじゃないかしら」


 リゼットは色っぽく笑って、再びわしゃわしゃと私の頭を撫でる。まるで犬にでもなった気分だ。


「買い被りすぎですよ」

「でも、買うわ」


 あまりにも真っ直ぐ見つめてくるので、私は恥ずかしくて目を逸らした。


「………まあ、よく考えたら私に拒否権なんてありませんしね。わかりました、従います」

「大丈夫。後悔はさせないわ」


 いつまでも膝枕をされていては格好がつかない。私は起き上がって、脱ぎ散らかした修道服を羽織った。


「ではでは。これからよろしくお願いしますね、リゼットお姉様!」


 不安はある。不満もある。それでもこの人に買われることを、嫌だとは思えなかった。なんだかんだ大切にしてくれるんじゃないかと、楽観できるくらいだ。

 館長に買取の旨を伝えると、驚いた表情をされながらも私達は別室に連れていかれる。リゼットはここで奴隷契約を済ませて、私の方は買取客が恥をかかないように、麗人用のドレスを着せられるらしい。

 修道服とはここでお別れになるが、ロザリオは持っていく許可が降りたので貰っておく。マクシムのことはやや嫌いだったが、若干申し訳ない気分だ。


「仕方ないわね、この条件で契約してあげるわ」


 フロアからリゼットがにへら笑いしながら戻ってくる。どうやら契約書は書き終わったらしい。職員の方はきまりが悪そうにリゼットを宥めているが、私は本当に倍の値段で買われたのだろうか。客からの値上げ交渉なんて聞いたことがないぞ。

 勿論、それだけ高値で買い取ってくれるというのは、悪い気はしない。ほんの少し、トキメキを覚えてしまうほどだ。


「なんかロストラバースの優待券を貰ってしまったわ。これがあればどんな嬢もタダで指名し放題よ」


 悪びれもなく、リゼットは数枚の紙切れを見せびらかしてくる。なんでも、ラバースグループの生涯無料パスポートであるらしい。

 なんてやつ。私のトキメキを返しやがれ。


「これから楽しくなるわね」


 リゼットはギュッと私の手を握って、エントランスを指差しながら私を外まで引っ張っていく。その無邪気な表情で、この人が歳下の少女なのだと私は思い出した。

 そう考えると、なんだか親近感を覚えてしまう。友達って、こんな感じなのではないだろうか。


「女遊びの話ですか」

「そんなわけないでしょ。一緒に過ごすのが楽しみだって話」


 言い訳じみたその言い方に、思わず私は笑みをこぼす。


「ほら行くわよ」


 館長達に見送られながら、一歩外へと足を踏み出す。久しぶりの外の風景は、案外退屈だった。人の行き来が予想よりも多いってくらいだ。

 それでも漠然と、楽しもうという気分になれた。

 

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