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やがて、冬の雪がとけたら  作者: an-coromochi
一章 降り来る、星
9/74

冬と、蝶と、星と 4

ようやく主要な登場人物が出揃いました。


これから、徐々に物語が進みます。

牛歩ですが、お許しを。

「こんにちは」と綺羅星が受付の生徒に話しかけたとき、相手は顔を上げる直前までは薄ら返事をしていた。

 しかし、声をかけてきた女性の顔を捉えた瞬間、唖然として数秒口を閉ざしていた。


 綺羅星は、黒縁の眼鏡がわずかな光沢を放つのを見て、ステレオタイプなアイテムではあるが、とても知的に見えるな、と能面の下で考えた。


「何か御用でしょうか?」まるで教師にでも尋ねるかのように、生徒は言った。


 緊張しながらも、丁寧さを心がけてくれている姿には純粋な好意を感じる。

 こちらも丁寧に響くよう意識して声を発し、彼女の善意に敬意を表す。


「ええ、本を探しているのだけれど、貴方に訊けばいいのかしら」

「あ、はい。その、どんな本をお探しですか?」


 その問いに滑らかな滑舌で答えた綺羅星に、生徒は、「少々お待ち下さい」と小声で呟いて、デスク上のパソコンを扱い始めた。


 少し時間が掛かりそうだ、とさっと周囲を見渡す。

 何人かの生徒がこちらを見ていたようだが、綺羅星が顔を向けた途端、みんなが一様に視線を机の上に落とした。


 ――見世物パンダは、あまり気分が良いものではないわね。


 受付の生徒がか細い声を上げたので、そちらのほうへと向き直る。


「お、お待たせしました。あちらの別室に並べてありますので、ご自由に入られて下さい…」


 早口で答えてくれた彼女に軽くお礼を言って、教えてもらった部屋のほうへと足を向ける。


 背後で誰かが声をかけてきた気がしたが、その類のコンタクトは、今日はもう過食気味だったので、聞こえぬフリをして扉を開ける。


 その瞬間、誰かの苦悶の呻き声が耳に入ってきて、綺羅星は、瞬時に声の聞こえたほうへ視線を移すと、同時に背後の扉を素早く閉めた。


 激しく咳き込む少女の頭上で、綺羅星の来訪を呆然と見つめている女の顔に見覚えがあった。


 確か、級長の柊蝶華、とかいう女だ。


 学校の中を案内してくれたのだが、清楚な外見に比べ、あまりにも黒々とした内面が透けて見えていたので、つい意地悪をしてしまったのが記憶に新しい。


 そして、彼女の足元には小柄な女生徒が転がっていた。


 確か、彼女も教室で見た気がするのだが、と綺羅星は自分の記憶を手繰った。

 そうだ、窓際の席にいた冷めた目をした少女だ。自分に興味を示さなかったので、逆に覚えていた。


 綺羅星は二人の様子を見て、すぐに思考を切り替える。


 柊は、足元の女生徒と自分とを見比べて、慌てて何かを言おうとしていた。だが、それに構わず綺羅星は、背丈の二倍近い棚の前へと移動して目当ての本を探した。


「綺羅星さん、ど、どうして…」


 今更何を取り繕うつもりなのか…。

 女生徒を蹴りつけた瞬間を目撃されているのだから、もう言い逃れは出来ないだろう。


「本を借りる以外、貴方は何のために図書室に来るの?」

「え、あ、いえ…」


 柊にとっては、今の一言が強烈な皮肉に聞こえてしまったのかもしれない。


 綺羅星は彼女たちのほうを一切振り返らず、「あぁ、そうじゃない人もいるわね」と告げる。


 視線を斜め下に向けた柊は、手を伸ばして倒れた女生徒を抱え起こすと、自分の手で彼女のスカートについた埃を払った。


 自分でつけた塵を、自分で払う気分がいかほどのものか尋ねたくなったが、それを我慢して、再び視線を本棚に向ける。


 ここにあると聞いたのだが、見当たらない。


 二人は、本当にそこにいるのか疑わしくなるぐらい静かにしている。

 声もなく、息を殺して佇む様は、死を間近に控えた生命特有の静けさに近いものがある。


「ちょっと、綺羅星さん、その…」

「気にしないで、興味ないと言ったでしょう」


 いい加減に鬱陶しくなったため、冷たい声で彼女は告げた。


「貴方たちの間にあるものが何だろうと、私には関係ないわ」


 それでも相手の言葉が信じられない柊は、焦燥に駆られたように口をパクパクさせて、何かを言おうかと逡巡している風であった。


 だが、結局、黙り込んで隣に立っている女生徒の手を握る。

 不用意に、女生徒が何かを口にしないよう、首輪を付けているのだろうか。


 綺羅星には手を繋いだ二人の姿が、一対の翼のようにも思えた。


 バランスは悪いけれど、二人の瞳の内側には、似たような薄暗い(おり)のようなものが見える。


 古い瓶底のような場所から、二人の少女が私のほうを見つめていた。


 片方は救いを求めるかのように。

 そしてもう片方は、こちらを拒絶するように。


 密閉されたこの部屋は、二人の居場所としては相応しい。


 ふと、二人の側にある机の上に、自分が探していた本の表紙らしきものが映った。


「それ…」と綺羅星が呟きながら本に寄っていくことで、必然的に二人との距離を縮めることになる。


 自分の接近に対し、身構えるような体勢を取った彼女らが、どこか滑稽だ。


 女生徒が借りている一冊なのか、綺羅星の視線が本に向けられていることに気がつくと、小さい声を上げた。


「これ、貴方が借りているもの?」

「え、いや…」と柊の方を一瞥してから、女性は口ごもる。


 不思議なことに、どうやら女生徒が発言するには、柊の許可が必要らしい。


 まるで主人と飼い犬だな、と鼻で(わら)う。


 非言語的なコミュニケーションを用いたのか、無言の内に許可が下りたらしく、おずおずと少女は答える。


「違います、というかその二冊で迷っていたところで…」


 ちらり、と彼女は柊のほうを横目で見ながら呟いたのだが、柊はこれには黙っておらず、「何よ」と恐らくは素の口調で言った。


 柊はこちらの存在を思い出したのか、顔を少しだけ赤らめて瞳を閉じた。

 きっと今の彼女が、本来の姿なのだろう。


「そう…」


 少し残念だったが、彼女が先に選んでいた物を横取りするような無粋な真似は、同じ読書家として、とても許される行為ではない。


「あ、あの…よければ、そ、それどうぞ」

「え?いえ、そういうわけにはいかないわ」

「い、いや、わ、私はこちらと迷っていたので…その、どうぞ」

「ありがとう」と告げた綺羅星は、小首を傾げて、「ちなみにもう一冊は何だったの?」と尋ねた。


 すると、自分も前々から興味があった本だったので、思わず、「そちらも素敵なチョイスね」と微笑んでしまう。


 こちらの言葉を何らかの忖度(そんたく)と考えたのか、女生徒は困ったようにしどろもどろになって、「あ、あの、ここの本は一冊ずつしか…」と呟く。


 本来ならばどう思われようと構わないのだが、彼女には、自分の口を軽くする何かがあるようだ。


 何故だろうか…。

 彼女からは、自分と同じ臭いが漂っている気がする。


「ふふ、違うわ、別にそれも寄越せと言っているわけではないのよ。そうだわ、お互い読み終わったら、交換しましょう?」


 綺羅星の提案に顔を上げた女生徒は、明らかに瞳を輝かせて、「ぜ、是非」と答えたのだが、途端に片目を閉じて、痛みに耐えるような表情をする。


 二人が繋いでいる手に強い力が込められ、掌が赤くなっている。


 柊の顔を見ると、明らかに不服そうだった。


 その子どものような行為に、綺羅星は不敵に口元を歪める。


「貴方、同じクラスよね?名前は何ていうの?」


 すると、女生徒は隣の柊の顔を覗き見た。

 許可を求めるように眉を曲げている。


 自分の名前を名乗ることすら、他人の許可がいるのか、と綺羅星は可笑しくなる。


 柊は、そんな彼女の上目遣いを真正面から受けて、小さく舌打ちをして顔を背けた。


 もしかすると、これが許可を示す合図かもしれない。


 飼い主に許可を受けた女生徒は、何度か逡巡した末に、小さな声で、「ふ、冬原夕陽、です」と答えてくれた。


 その仕草が、とても小動物的に二人の目には映った。


 先ほどの感覚は、何だったのか。

 冬原は、自分とは全く違う生き物にしか見えない。


「そう、これからよろしく。柊さん、冬原さん」


 そう告げ、本を片手に退室しようと踵を返す。


 しかし、二人が明らかに何かを言いそうにしていたので、綺羅星は仕方がなく、もう一言二言だけ声を発した。


「ちなみに、二人はまだ帰らないのかしら?」

「え、と…」冬原が言葉を詰まらせる。

「お気になさらず、まだ帰らないわ」


 明確な敵意を綺羅星に向ける柊は、鈍い輝きをその瞳に瞬かせつつも、強く冬原の手を握りしめていた。


 力の入れすぎで、また冬原は痛そうに顔をしかめているが、それに気づいていないのか、力を緩めるつもりはなさそうである。


 まるで自分から離れていかないように、自らの半身を、必死に繋ぎ止めているようだ。


 柊の大事なものを壊すつもりはない、と宣言したばかりだが、この歪な関係を持った二人に多少の興味が湧いてきた。


 無論、ここで彼女を刺激しても不利益を被るのは自分ではなく、冬原だ。

 部外者は一先ず、大人しく引き下がることにしよう。


 それにしても、あれだけ生の感情を剥き出しにしているのに、自分の心が他人に悟られない、と幻想を抱くのは、歳相応の盲信があると言える。


「そう。冬原さんに夢中になって、あまり遅くならないようにね」

「ええ、そう。どうもありがとう。綺羅星さんも気をつけて帰ってね」


 綺羅星は声を出さず頷くだけで返すと、音もなく部屋から姿を消した。

 初めから、彼女はここにはいなかったかのように、辺りは静寂に満ちていた。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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