例え、星が瞬かなくとも 1
柊目線は、最後の部分となります。
一番、人間らしいのはきっと彼女だと思います。
言いやがった。こいつ、絶対許さない。
こんな状況で、私を殺そうとしてるくせに、殺すよりも酷い真似を、今この場でしやがった。
何が積み上げてきたものを壊すつもりはない、だ…。
何もかも滅茶苦茶にしておいて、あんな戯言を…!
あぁ、彼女を少しでも信じた自分が憎らしい。
いや、今はそんなことはどうでもいい、どうでもよくはないが、もっと重要なことがある。
なんとかして誤魔化さないと、大丈夫だ、まだ間に合う、どうとでもなる。
しかし、そんな願いも虚しく、冬原の目は丸々と見開かれて、私のほうを向かないうちから、何か確信に満ちた目つきに変わりつつあった。
彼女の頭の中で、欠けたピースが連鎖して組み合わさり、一つの絵が完成してしまったのかもしれない。
その証拠に緩慢な動きで振り返った冬原の眼差しには、紛れもなく、真実に触れた者の兆しが宿っていた。
「柊の顔を見れば分かるでしょう。私の言ったことは嘘じゃない」
約束を反故にしたことなど、取るに足らないことだと考えているらしい綺羅星は、すでに私を使って冬原を説得することに注力していた。
気に入らない奴だが、悪い奴ではないと思っていたのに。
何もかも、ぶち壊していった。
ぎこちなくとも、徐々に形を大きく膨らましていた風船を、大きな嘘で一突きしたのだ。
「畜生…!このっ、くそ…」
情けない涙の線が顎のラインをなぞり、一滴、二滴と床に黒い染みを作る。
いよいよ負け犬じみてきた自分の言葉に、また悔し涙が溢れてくる。そして、涙でかすんだフィルターの向こうに、こちらを見つめる冬原が映った。
その瞳に宿った憐憫の情を本能的に見抜いた瞬間、私の全身を、得も言われぬほどの敗北感が包み込んだ。
私を見ないで欲しい。
何も言わないで、何も聞かなかったことにして…。
もう何でもいいから、さっさとそのナイフを突き刺して欲しい。
どうして、私がこんな目に遭わなければならない。
生まれてきただけだ、生きてきただけだ。
多少の傲慢さは自覚しているが、それでも他人より立派に生きてきたつもりの人生だ。
何故、こんなに哀れみを受ける。
かわいそうなものを見るような目を向けられる。
私が積み重ねてきた一つ一つは、そんな間接的な侮辱を受けるためにあるのではない…。
人を好きになる度に、憐憫を受ける。
愚かな子供の間違いを諌める親のような目つきで、それはおかしな事なのだと、告げられる。
貴方が好きなのは、本当のことなのに。
その感情を伝えることは、間違いなのだ。
伝えれば、枯れるが、伝えなくとも、どのみち枯れる。
風に吹かれて蕾が落ちるか、花咲く前に枯れるか、という違いにすぎない。
それならばどうか、静かに枯れたい。
頭の中が悲しい記憶でいっぱいになって、口からは嗚咽がこぼれ始めた。
すすり泣きに混じって部屋に響くその声に、耳を傾けるものなど不要だったのだが、余計なオーディエンスが二人、無言でこちらを見つめていた。
片方は哀れみ、そしてもう片方は失意の眼差しを向けている。
銀の刃を煌めかせた冬原は、逡巡するように、目線を虚空と、横たわる私へと往復させながら、綺羅星が吸い付きたいと口にしていた唇を動かした。
「それが…、柊が、ずっと黙っていた秘密?」すぐそばに、彼女が膝を着く。
柊は、冬原の鋭い目つきから、自分が責められているのだと直感した。
それもそうか、あれだけ偉そうな口を叩いておいて、結局、自分のほうがいつまでも秘密を抱えて逃げ回っていたのだから。
きっと私は、死ぬ前に罰を受けているのだ。
神様は、何度もチャンスをくれていた。
彼女に思いを伝えるチャンスを、自分の罪を受け入れるチャンスを。
こんな汚れた愛情を――相手を傷つけておきながら、平気でこの感情に、愛情と名前をつけられる傲慢さを、同性が好きだという罪悪を、裁かれる日が来たのだ。
最後の審判だ。
私たちは、天国へはいけない、幸せになんかなれない。
冬原、アンタもだ。
結局、人とは違うものが好きな私たちは…。
理解などされないまま、胸のうちに秘めて細々と生きるか、
歪んだ変態的嗜好を曝け出して、吹き荒ぶ世間の暴風に削られて朽ちるか、
あるいは、同じ者同士、小さなシェルターを築き、陽の光を諦めて飢え死にするか、
そんな結末しかないのだ。
生まれる時代を間違えたのか、
生まれる体を間違えたのか、
いや、そもそも生まれてきた事自体が、間違っていたのか。
もう、何もかもがどうでもいい。
早く、この間違った体と心を、そのナイフで串刺しにしてほしい。
心臓をくり抜いて、汚れた血を全部流し尽くして、
綺麗になった体を、冬原が喜んで描いてくれるなら、
最後の最後に、幸せになれるのかもしれない。
そうしてかすかな希望を…、希望と呼ぶには、日が沈む直前のそれのように薄暗いそれを瞳に浮かべた柊は、ゾンビのようにのろのろとした動きで、言葉を紡いだ。
「早くしてよ」
最後まで格好のつかない涙声だ、と自らを嘲る。
「…何を」
失望しきった目つきで苛立たしげに呟く冬原に、半ば面倒になりながら、投げやりに言い放つ。
「さっさと、殺せば?」




