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やがて、冬の雪がとけたら  作者: an-coromochi
一章 降り来る、星
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冬と、蝶と、星と 2

「綺羅星さん」


 声が上ずったり、震えたりしないように細心の注意を払いながら、柊蝶華は転校生に声をかけた。出来るだけ、高いトーンを意識する。


 綺羅星はその声が聞こえているのか、いないのか、終礼中からずっと読んでいた本に目を落としたまま、動かない。


 これが、聞こえていて無視しているのならば、大した度胸である。


 柊は、聞こえていなかった、という前提で行動しているよう周囲に見せるため、わざと、「あれ?」と声を上げた。


 そうすることで、人の良い自分を演出できることを熟知しているからだ。

 例え、内心ではどんなに悪態を吐いていたとしても。


 大体どうして自分がこんな面倒なことを…。


 何もかも、無能な教師がクラスに打ち解けるためだとか、大層な建前を並べて自分たちの役目を放棄しているのが悪い。


 そもそも、今日一日の態度を見るに、明らかに彼女はその『仲良しこよし』を求めていない。


 マニュアル通りにしか動けない、間抜け共め。

 あれで人にモノを教える立場に就けるとは、世も末である。


 舌打ちしたくなる衝動に駆られながら、何とかそれを抑える。


 綺羅星の机の正面に立った柊は、自他共に認める清楚な微笑みを浮かべて、もう一度声をかけた。


「綺羅星さん、今大丈夫?」


 ようやく、本から顔を上げてこちらを見た綺羅星は、自分から見ても、かなり端正な顔立ちだった。


 普通の女子であれば、本能的な引け目を感じざるを得ないかもしれない。


 別にハーフだといっても、かなり日本人らしい顔つきだった。

 しかし、それでも決定的な何かが自分たちとは違うと感じ、柊は微笑んだままじっと彼女を観察して、その何かを探していた。


 すると、その何かに気付いた。


 あぁ瞳だ。


 グレーの瞳の中に、もう一つグリーンの瞳があるような彼女の両目。

 これは確かに、純粋な日本人からすれば、特別感を受けるものだ。


「いいわ」と短く綺羅星が答える。


 あまりにも淡白な返しだったため、本当に言葉を発したのかも疑わしく感じるほどだった。


 だが会話を続けていくうちに、どうやら彼女はこうした効率重視の会話を好む節があるのだと、柊は思い至った。


「私は柊蝶華。先生に聞いていると思うけれど、放課後に貴方の学校案内を任されているの」


「どうして貴方が?級長なの?」


 一瞬、自分の頭の中で、キュウチョウ?とカタカナがぐるりと回ったのだが、すぐさま学級委員長のことかと理解し、何とも古風な言い回しをするものだと、柊は閉口した。


「いいえ、生徒会役員だから…かしら。理由は分からないわ」

「そう…」

「どうする、もしも迷惑だったら――」

「いえ、お願いするわ」


 彼女のその返答は、柊にとって多少予想外なものだった。

 柊は、内心でチッと舌打ちをする。


 断ってくれるならその方が良かった。

 先生にだって申し訳がつくし、さっさと面倒事が片付けば、またアイツを連れ出して暇つぶし出来るから。


 柊は、一瞬で荷物をまとめ、音もなく立ち上がった綺羅星を見据えながら、「ありがとう、時間を取らせてごめんなさいね」と思ってもいない、礼と謝罪を口にする。


 自分の後について来るよう彼女に促し、教室の敷居を跨ぐ。


 それから、ちゃんとついて来ているか確認するために、一度だけ教室を振り返ったのだが、柊の目線は、自然と綺羅星ではなく冬原のほうへと向かっていた。


 せっせと荷物を鞄に詰め込む姿は、冬眠のために食料を蓄えるシマリスのようだ。


 弱くて、小さくて、不器用で、食われるだけの生き物。

 彼女のような存在だって、強い肉食獣が飢えを凌ぐためには必要不可欠なのだろう。

 それがこの教室では、私だというだけの話だ。


 彼女の姿から目を逸らす。

 見ているだけで、無性に腹が立つときがあるのだ。なのに、つい目で追ってしまう。肉食獣の本能なのだろう。


 二人で教室を出て、廊下を進み階段を下る。

 その道中で多くの人に好奇、または羨望の眼差しを向けられたが無理もない。


 彼女は確かに抜きん出たルックスを持っているが、私だって負けてはいない。


 日々自分磨きを怠らない私は、周囲から羨ましがられる容姿と頭脳の持ち主なのだ。

 そんな二人が並んで歩いていたなら、人々の注目の的になって当然である。


 柊は一人ご満悦な微笑みを押し隠し、真隣に並んで歩く綺羅星を横目で捉えて呟く。


「綺羅星さんは、何か好きなものとかあるかしら」

「好きなもの…?」


「あぁごめんなさい、話疲れているわよね。今日はずっと引っ張りだこだったみたいだし」


 貼り付けた微笑みは決して絶やさない。


 柊は小首を傾げて、「みんな貴方のことを知りたいだけなの、悪く思わないであげてね」と付け足した。


 こうした友好的な態度が、容姿とシナジーを発揮して、老若男女問わず、どんな人だってすぐに心を開かせる。


 だから、当然この女も同じはずだ。

 例えハーフだろうが、転校生だろうが。


 だが、柊のある種の傲慢ともいえる予測は、簡単に裏切られた。


「貴方はそうじゃないのね」

「え?」と思わず間抜けな声がこぼれる。


「貴方はそうじゃない、と言ったの」


「え、と、どういう意味かしら?」


「私のことに興味が無い。もっと、別の何かに興味があるみたい。そして、ついでに言えば、周囲の人間を評価してもいない」


「…ご、ごめんなさい、私には難しくて、よく分からないわ」


「さっきだって、私がついて来ているのかを確認するかと思えば、全く違うところを見ていた」


 柊は困ったように口にしながらも、すぅっと全身から血の気が引いて、冷や汗が滲み出すのを感じていた。


 彼女の言葉が理解できないほど、柊は愚かではない。

 だからこそ、綺羅星の放った、的を射た怜悧な一言に愕然としたのだ。


 その中でも優雅な微笑みを崩さなかったのは、やはり柊の才覚と持ち前の負けん気によってなせる業としか言いようがない。


 綺羅星は浅く呼吸をするように、「そう」と呟くと、案内を求めるように黙って立ち止まった。

 その動きで柊は、自分の足が止まっていたことに気が付き、「行きましょうか」と口にした。


 保健室や図書室、体育館、視聴覚室といった重要な場所の案内を行った。その間も、綺羅星はほとんど無言だった。


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