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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
最終章 星降る夜、冬の寒さに、蝶は息絶えるか

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蝶の羽ばたきでは、星には届かない 1

 一つ、嘆息を吐いて、屹立する銅色のマンションを首が痛くなるほどに見上げる。

 最上階の辺りを、目を細めて睨みつけ、さらにもう一度大きく息を吐き出す。


 次は、苦しげな呼気が込められた、重々しいものであった。


 すでに学校は、今週より冬休みに入っていて、週末はクリスマスだ。

 生徒会総選挙を結びに二学期は終わりを告げたのだが、自分も晴れて、当校の生徒会長の任に就くことになった。


 まあ、当然だ。誰でもない、私が立候補したのだから。


 そして…、そこからが面倒の始まりであった。


 生徒会長に当選した自分に対して、綺羅星が妙案だと言わんばかりに、彼女の部屋でパーティーを開催しようと言い始めたのだ。


 当初は、そのような面倒事は回避するべく、断固として拒否の意思を示したのだが、冬原までそれに同意してしまったため、そのまま無理やり話を押し進められ、結局当日となってしまった。


 初めて綺羅星の家に泊まった次の日、明らかに二人の様子がおかしかった。


 彼女らは、互いのことを下の名前で呼ぶようになっていたし、冬原の綺羅星を見るときの視線に、畏敬の念のようなものが込められるようになっていた。


 想像したくもないが…、あの夜、二人の間に何かあったのかもしれない。

 確かに、夜中に目覚めた時、隣の布団に冬原の姿は無かった。


 トイレにでも行っているのだろうと考えたものだが、あのとき、彼女たちは…。


 脳裏に、冬原のはだけた胸元に歯を立て吸い付く、綺羅星の鬱陶しいことこの上ない微笑みが浮かんだ。


 彼女はその淫らで邪悪な笑みを顔に貼り付けたまま、そのまま冬原の唇にまで…。


 チッ、と渾身の力で舌を打って、苛立たしい空想を掻き消す。


 二人が名前を呼び合うのを聞いたとき、胸が押し潰されるような後悔を感じたのに…。

 これ以上、私をかき乱さないでほしい。


 綺羅星に言われた通りの時間にエントランスをくぐり、部屋番号を押して彼女を呼び出す。それを三回ほど繰り返したところで、ようやく綺羅星の声がスピーカーから流れてきた。


「はい」

「ちょっと、遅いじゃないの」と憎々しげに愚痴をこぼす。


 当然だ、いくら室内とはいえど、自動ドア一枚隔てた外は、気温一桁の寒さなのだ。

 こんな寒々しいエントランスで待ちぼうけを食うなど、冗談ではない。


 数分ほどして、ドアの向こう側のエレベーターから下りてきた彼女は、この間とは違い、きちんと真冬に適した服装であった。


 妬ましいほどにスラリとした足に黒タイツを履き、赤色のロングスカート、そして上半身は、白いセーターと黒のジャンパーを羽織っている。


「ご機嫌よう、柊」

「ええ、ご機嫌よう、さっさと開けて私を中に入れなさいよ。寒いんだから!」


 本当にこの女は、人の神経を逆撫でするのが達人級に上手だ。

 出会ったときも、この前も…あぁ、腹が立つ。

 それなのに、嫌いになれない不可思議な魅力を備えていることに、さらに腹が立つ。


 綺羅星はやたらと機嫌が良さそうに微笑むと、じぃっと自動ドア越しにこちらを見てから、からかうに体を左右に揺らしていた。


 一分ほどそうして舐められた態度を続けられた後、ようやく彼女は扉を開けた。

 こんなことなら、わざわざ下りてこなくていいから、扉だけ黙って開けてほしかった。


 綺羅星に文句を垂れながらも、共にエレベーターに乗り込む。途端に腕を組み、黙り込んだ綺羅星をどこか不気味に感じつつも、数字が数秒ごとに増していくパネルを眺めていた。


 最上階に到達したことを知らせる電子音が鳴り響く。静まり返った廊下が奥まで続いていた。


 綺羅星に導かれるままに、部屋の中へと足を進める。綺羅星は玄関の扉を引き、片手を中に向けて「どうぞ」と促した。


 気取った態度に鼻白む気持ちも湧いたが、大人しく好意を受けることにする。


 そう考えて足を踏み込んだ時、部屋にかすかな異変を感じた。


 この前来たときよりも、かなり整然としている。いや、人が住んでいる気配を感じられない、というのが正しいか。


「何よ、随分と片付いているじゃない」

「大掃除の時期なのよ」と綺羅星が明るく言った。


 これでは、どちらかというと、引っ越しではないか…。どんな掃除の仕方をしているのだろう。


 彼女に導かれ、リビングへと入る。


 自分と冬原が寝泊まりした場所も、見る影もなく殺風景になっている。

 テレビも無ければ、テーブルも、棚もない。あるのはカーテンと、冷蔵庫ぐらいだ。


 パーティーはどうなったのか、と尋ねようするも、綺羅星が見当たらない。


 どこに行ったのか、と耳を澄ます。

 廊下のほうにいるようだ。物音が聞こえてくる。


 何か、サプライズの支度でもしているのかもしれない。


 わざと驚いたふりをしてやるべきかと思ったが、綺羅星相手にそれをするのは、何だか癪だ。


 結託して待ち構えているだろう冬原のことを考えて、目をつむる。


 私たちの関係に名前を付けるのなら、どんな呼び名が相応しいだろう。


 虐めっ子と虐められっ子は秋の風に抱かれ消え、一方通行の醜い愛情も、つい先日、冬の空気に凍えて死んだ。


 そして、きっと春の花は咲かぬままに、萎れた枯れ草だけが、この胸に残るだろう。


 二人が特別な関係になりつつあるのであれば、自分は邪魔者なのではないか、と不安になる。


 だからといって、二人のために気を遣うような真似はしたくなかった。それではまるで負け犬だ。


 求めたものが叶わなかったとしても、それを認めて尻尾を振るのは、死んでも嫌だ。


 不意に、背後に人の気配を感じて、柊は廊下のほうを振り返った。


「おまたせ」


 変わらず適当な奴だ、と綺羅星から視線を外して、閉じられた暗幕の向こうに目をやった。


「ったく…、サプライズの準備は終わった?」


 柊の呆れを含んだ問いかけに、綺羅星の消え入りそうな声が、一拍置いてから、ぽつんと室内に木霊した。


「…何を言っているの、お楽しみはこれからじゃない?」


 その声に、どうにも奇妙な響きがあって、柊は怪訝な顔つきで振り向いた。


 喉の奥に引っかかった、小骨のような声の先を追うと、相手が想像していたよりもずっと側にいたため、反射的に柊は後ずさった。


 背後にピタリと張り付くように接近していた綺羅星は、一度離した距離を一瞬で詰めるとその端正な顔を柊に寄せて、口元を小さく動かした。


「ねえ、貴方は春夏秋冬、いつ死にたい?」

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