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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
七章 ルビコン川の先に

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弱虫の本音 1

職業柄、誤解される、ということに触れがちな毎日です。


この節では、彼女らの誤解が少しは解けるようで…。

 適当な晩御飯を作って、その後片付けを終えたあたりで、時刻はもう夜の九時前。


 それから一人用のバスルームとは思えないぐらい手広な空間で、落ち着けない入浴を三人が順に済ますと、もう寝るのにちょうど良い時間になっていた。


 さすがに日も跨いでいないので誰も寝ようとはしなかったが、一緒に何かをするわけでもなく、各々好き勝手に過ごしていた。


 友達が集まってのお泊り会というのは、もっと騒がしいものかと想像していた。だが、ことこの三人においては、その限りではないようだ。


 本を読んでいる自分の隣には、流れているドラマを惰性で見ているらしい柊と、無心で鋏を使って紙を切っている綺羅星がいた。


「何をしてるの?」と手持ち無沙汰になっていた柊が、不思議そうに尋ねる。


 すると、綺羅星は得意げに鋏をかざして見せて、片目をつむり微笑んだ。

 それから、もう片方の手に持っていた白い紙を、柊の視界に摘まむようにしてぶら下げて、注目するように促す。


 柊だけではなく、本を読んでいた冬原も興味を示したことで、綺羅星は満足そうにまた口元を優雅に歪める。


 白魚のような指先をかすかに動かして、その折りたたんでいた紙を広げた。


「わぁ」子どものように、素直な感動の声が漏れてしまう。


「切り絵、ねぇ」


 柊は、冬原とは逆で何も思うところはなかったらしい。やがて、眼差しをテレビの画面に戻した。


 興味を惹かれたままの冬原は、綺羅星に座ったまま近づいて、彼女の持つ紙を受け取る。


「雪の結晶?上手だね」

「ふふ、ありがとう。冬原にそう言ってもらえると、嬉しいわ」


 晴れやかに賛辞を受け止めた綺羅星が、珍しく歳相応に感じられた。冬原も、つられて笑顔になる。


 本当に嬉しかったのだな、と冬原は、掌に乗った白一色の雪の華を見て思った。


 一体何に使うのかと綺羅星に尋ねたものの、曖昧に首を傾げられただけで、それらしい返答は得られなかった。おそらくは暇つぶしであろう。


 彼女にも、可愛らしいところがあるものだ、と感じたところで、テレビが夜十一時のナイトニュースを流し始めた。


 もうこんな時間か。そもそもどこで寝るのだろうか。

 さすがに自分の部屋のように、寝るところが一つしかない、なんてことは考えにくいだろうが…。


「ねぇ、そろそろ寝る準備しない?」気になったので、少し遠回しに確認してみる。


「そうね、お布団ならそこのクローゼットの中にあるわ」

「ちょっと、私たちに準備させるの?」


 ウォークインクローゼットを指差す綺羅星を、ジロリと睨みながら柊が問う。


「いやねぇ、私たち友達でしょう?そして、友達は対等。そうよね、柊さん、冬原さん?」


 綺羅星は、悪寒が走りそうになるぐらい甘えた声で応じた。


「うへぇ、キモい…」言葉には出さなかったが、冬原も同意だった。


「じゃあ、私は自分の部屋で寝るから」


 綺羅星は、さっきの言葉が、いかに心にもない言葉だったのかを示すと、柊の制止の声を適当にあしらって、廊下の奥へと消えていった。


 二人は洗面所で歯を磨き、リビングに戻ってパジャマに着替えた。

 少しだけ恥ずかしがって着替える柊が、とても幼く見える。


「綺羅星の奴…、何を考えてるのよ、もう!」

「まあ、綺羅星らしいとは思うけど」


「…アンタさぁ、前々から思ってたけど、ちょっとアイツに甘いんじゃないの?」

「え、そんなことない…よね?」


 柊は一つため息を吐くと、布団をさっと敷いて、その隙間に体を滑り込ませていた。


「いや、さっきもさぁ…まあ、別にいいけど」


 歯切れの悪い柊の物言いをスルーしながら、自分も彼女の真隣に布団を並べる。すると柊が、目くじらを立てて声を荒げた。


「ちょっと!もっと向こうに敷きなさいよ!」

「え、何で?」


「何でって…、お、落ち着かないでしょ」

「私は別に?」


「私が嫌なのよ!」ズバリ切り捨てられる。「え、嫌なんだ…」


 悲しげな呟きを漏らす冬原の顔を見て、慌てて柊が訂正する。


「ち、違う、言い方が悪かったわ。そうじゃないから、そんな顔しないでよ…」

「うん、で、何が嫌なの?この間は、同じ布団で寝たのに」

「アンタ…今の、落ち込んでたフリなの?」


 柊は、こちらの問いかけを華麗に無視した冬原を、じっと呆れたように見つめながら、ふうっ、とため息を漏らして答える。


「この間は…、布団が無かったからに決まってるでしょ」


 頑なにそばで寝ようとしない柊に、ワケの分からない苛立ちが募る。それによって、こちらも無意味に意地になり、無理矢理にでも彼女の隣に布団を敷いた。


「あ、この!」


 柊を無視して、淡々と就寝の準備を行う。

 毛布まで綺麗に整えたところで、ようやく彼女も抵抗を諦めたようだった。


 電気を常夜灯に切り替え、床に就く前に、大きな窓の前に移動して、煌めく夜景を見下ろす。

 色とりどりのネオンや街灯の光が街を彩り、まとまりのない塗り絵のように、あちこちに色が散乱していた。

 夜も更けたことで、道路を矢のように飛び交う車の姿もまばらになりつつある。


「綺麗ね」


 いつの間にか隣に並んでいた柊が、ぼそりと呟いた。

 時折、彼女が漏らす優しげな声が、私は大好きだった。


 冬原は、その声に小さく頷きを返して、ぼんやりと眼下に広がる世界を眺めていた。


 時間の感覚さえも止まりつつあるのではないかと思える静謐に、自分と柊の静かな呼吸の音だけが響いている。


 あいにく夜空に星は見えないけれど、隣の柊がそれ以上の役割を果たしてくれている気がして、思わずその綺麗な手に指を伸ばした。


 指先がちょこんと触れただけで、柊は素早く手を引っ込めながら、「ちょっと」と責めるように呟いた。

 だが、冬原が聞こえるかどうか分からない程度の声で、「ダメ?」と尋ねると、小さく呻き声を上げつつ、指先をゆっくりと絡めた。

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