星空の住まう場所へ 3
気付けば、推敲してアップするだけで、
一ヶ月が過ぎていますね。
リビングは思ったよりも質素で、必要最低限の家具も置かれていなかった。とはいえ、身の丈の二倍以上ある窓の向こうには、冬原たちが住んでいる街を一望できる絶景が広がっている。
確かに、これなら格式高い家具など、かえって無粋だろう。
「す、凄い高さね…」
「うん、とても綺麗」
窓のそばに近寄り、眼下を見つめる二人を横目にして、綺羅星が三人がけのソファに腰掛けてテレビの電源を入れた。
見るからに座り心地の良さそうなソファに、まさか本皮だろうか、一体いくらするのだろう、と触るのも気が引けていた冬原だったが、綺羅星が、テレビから視線も動かさずに手招きしたので、それに答えて隣に腰掛けた。
テレビから流れるニュースは普段と変わらず、どこか遠い世界の話を、呑気に繰り返し放送している。
この街を舞台にした殺人事件が、同じ番組で取り沙汰されていたのを思い出す。
自分がその渦中にいたなんて…、たちの悪い冗談みたいだった。
「一ヶ月ね」と、こちらの胸中を察したかのように綺羅星が告げる。
「あんな胸糞悪い気持ち…、二度と味わいたくないわ」
いつの間にか隣に腰を落ち着けていた柊が、誰に宛ててのものか、口汚く罵りながら顔をしかめた。
「柊、品がないよ」
「何をいい子ちゃんぶってんのよ」とつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「こんなのが次期生徒会長とはねぇ」
「はん!文句があるなら、アンタがなればいいじゃない」
勝ち誇ったように胸を張る柊に対し、肩を竦めて綺羅星は答える。それから、ガラステーブルの上から本を取り、紙面に没頭し始める。
招待しておいて、それはないのでは…。
「ねぇ、アンタ、何か飲み物とかないわけ?」
綺羅星は、本から目を離さないままで、冷蔵庫のほうを指差した。
勝手に取りなさい、ということなのだろう。
不満げに無言で相手を睨む柊をなだめ、冬原は腰を上げた。
リビングの隅(とはいってもリビング自体が30畳弱はありそうだが)がキッチンスペースになっており、冬原はその一角に足を踏み入れる。
調理用具は一通り揃っており、レンジフードに引っ掛けるタイプのフックに、お玉やらフライ返しやらが、いくつもぶら下がっている。
だが、どれも使っているとは思えないぐらいに状態が良く、形ばかりに揃えていることは明白だ。
それに、IHとはいえど、日頃使っているのであれば、多少の汚れはつくはずだが、周辺には一切の油跡もなかった。そんな中シンクだけにかすかな水垢が残っている。綺羅星は、いつもは料理をしないのだろう。
一人暮らしには明らかに無用な四段式の冷蔵庫を開けると、中はほとんど空っぽで、ドアポケットの部分に飲み物が密集している。
オレンジジュース、野菜ジュース、紅茶、緑茶、ミネラルウォーター、珈琲、カフェオレ…。炭酸飲料とアルコールの類以外は、種類が豊富だった。ただ、ほぼアルミ缶だが。
ソファでつまらなさそうにニュースを眺めている柊に声をかけ、飲み物のオーダーを取る。頼まれたオレンジジュースと、しれっと綺羅星が頼んだカフェオレ、それから自分の分の珈琲を持って二人のところに戻る。
単調な礼を告げると、再び綺羅星は、本の世界に没頭し始めた。
自由気ままというか、身勝手に等しい行いを続ける綺羅星に、「コイツは絶対、友達いないわ」とオレンジジュースを受け取りながら柊が呟く。
リビングには60型程度の液晶テレビと、三人がけのソファ、テーブル。それから帽子やらマフラーやらが掛けられているポールハンガー、小さなラックがいくつかあるだけだ。
自分も人のことを言えたものではないが、女子高生らしくない殺風景な部屋だった。
「アンタは室内に下着を干していないのね」同じように部屋を観察していた柊が、冗談めいた口調で言う。
「まぁ、私は人様に見せられるほど、自分の下着に自信が無いもの」
柊の発言に便乗した綺羅星は、にやり、と口元に笑みを浮かべた。
「最低」と冷淡な口調で、冬原が口を尖らせる。
「ごめん、ごめん。怒んないでよ、冬原」
「思ってないくせに」
「あ、バレた?」
「もう、知らない」と頬を膨らませた後に、冬原は、思いついたような口調で話を変えた。
「でも…、何で人の下着なんて盗むんだろう?」
「そりゃあ、ねぇ、まあ…」と柊が言い淀む。
「男性が下着を盗んですることなんて、一つしか無さそうなものだけれど?」
本の世界にいたように見えた綺羅星だったが、あれで話は聞いているみたいだ。
「最悪」と今度は柊が言う。「綺羅星、もう少しオブラートに包みなさいよ」
「あら、包んだじゃない」
「どこがよっ!」
二人の会話で何となく意味を察した冬原は、聞かなければ良かった、と後悔しながらも、ふと疑問に思ったことを衝動的に口にしてしまう。
「だけどそれなら、下着なんか盗むより、盗撮とかしたほうがよっぽど効率的じゃないのかな?」
「な、何よ、効率的って…。そもそも何の効率なのよ、それ」
「だからね、柊、それは――」
「あぁもう、分かってるわよ…。黙ってなさい、馬鹿星」
柊は、綺羅星を全く見ないまま片手を広げて、それ以上の発言を静止した。不服そうに、綺羅星は目を細めた。
「物より、人の姿が見えるほうが、単純で便利な気がするけど…。想像力で補う必要性もないし」
「アンタ、自分の言ってること分かってんの…ほんと」
「え、あ、うん、嫌だよ?どっちも」
「はぁ、そういう問題じゃないでしょうに…」
未だ伸ばされていた柊の片手を、上から押さえつけるようにして降ろさせた綺羅星は、どこか愉快そうな顔つきをしていた。彼女にしては、とても珍しかったので印象的であった。
綺羅星は一度ぐるりと目を回してみせると、華のように艶やかに微笑み、本を閉じてから冬原をしっかりと見据えた。
「確かに、そういう嗜好の人間のほうが多いとは思うわ。でもね、彼らにとっては、きっと下着自体が性そのものなのよ」
「うーん…でも、元々人に対する欲求が抑えきれなくなって、下着を盗むんでしょ?それなのに、物が人を超えるのって変じゃない?」
右隣の柊が、「変なのは話題とアンタらよ」とため息と共に呟くも、好奇心の渦に飲み込まれつつある二人には届かない。
「変ではないわ。人間の想像力、いえ、感性というべきかしらね。そういったものは無限の世界に存在するものよ。例えば、神様のために死ねる人間もいれば、神様なんて人が作り出したものだと、自分の価値あるもののカテゴリーから捨て去る人間さえいる。それが、私たちの世界だもの。だから、下着が実物の価値を超えている人間がいたとしても、何も不思議ではないの」
「…まあ、そうか。私の趣味だって、ある意味似たようなものだしね」
長々と語っていた綺羅星は一度深く頷くと、「そう、人間の感性に善悪や正誤の基準を持ち込むことは極めてナンセンスなことなの」と心の底から残念そうに告げた。
「ねぇ、そこの変人馬鹿二人」
不機嫌そうに声を上げた柊に、二人は視線を集中させる。
「意味の分からない話はその辺にして、夕飯の準備でもするわよ」
変人馬鹿と、ひとくくりにされた彼女らは、互いに顔を見合わせると、どちらからともなく微笑んだ。
「セットにされちゃったね」
「ね?それなら、柊なんか放っておいて、仲良くしましょう?」
柊は、背もたれの隙間から、冬原の腰に手を回した綺羅星の手を叩き、盗まれかけたものを取り返すように冬原の腕を引くのだった。
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