星空の住まう場所へ 2
人の家って、その人の匂いが色濃く漂ってますよね…。
いい匂いのときは、ついつい嗅いじゃいます。
なにはともあれ、お楽しみください。
彼女の声によって顔を正面に向けると、踏切の向こう側に、例のマンションがそびえ立っているのが確認できた。
大都会のタワーマンションに比べれば足元にも及ばないものの、この中途半端な規模の町では、充分立派なものだ。
あんなところに住んでいるということは、かなり裕福な家庭であることだけは間違いないだろう。
そういえば、綺羅星の両親はどんな人たちなんだろうか。
ハーフということは、父親か母親のどちらかは外国人のはずだ。
…そう考えると、何だか緊張してくる。
さらに彼女の強烈な性格を加味すると、絶対に両親も只者ではない。
ちょうど、踏切付近に着いたところで、警報機が鳴り始めた。
左、右、左、右で交互に赤い光が明滅しているのが、何だか不気味だ。
早足になれば、通り抜けられそうだ。
急ぐつもりで柊の手を引いたのだが、逆に強く引っ張られて思わず立ち止まった。彼女の意図が分からず、怪訝な表情を柊へと視線を向ける。
しかし、柊は依然として頬を染めたまま、そっぽを向いていた。危ないでしょう、と呟いた気がしたが、自分の幻聴かもしれない。
銀と青でデザインされた、六両編成の列車が、目の前を弾丸のように通り過ぎていく。
列車の風圧で、柊の長い髪が木の葉のように舞い上がる。
きっと、自分の髪もたなびいているだろうと想像したが、彼女の髪のように美しくは舞えないな、と卑屈になるわけでもなく、心の底からそう思った。
列車が完全に過ぎ去って、不必要とも思えるぐらい長い時間が経ってから、ようやく遮断器が緩慢な動きで持ち上がる。
それから、どちらからともなく目的地に向かって歩き始め、しばらく無言でいた。
だが、大きな透明のガラスで出来たドアの向こうに、見知った女性が立っていたため、凄い勢いで柊に手を振り解かれる。
そんなに恥ずかしがらなくとも…。
多少の不満を覚えていたが、元々プライドが高い柊のことだ、こういう、子供じみたことは苦手なのだろう。
エントランスにて、腕組みをして首を振る綺羅星の姿が見える。
その斜に構えた気障な態度と、眼を見張る容姿は、どこから見ても彼女だと分かる。
だがそんなことよりも、この時期にワンピースを身にまとっているというのは、どうだろう。外界の温度のことなど無関係だ、と言わんばかりの出で立ちに、二人は些か閉口気味になる。
入り口まで移動し、オートロックの向こう側の綺羅星に、鍵を開けるよう身振り手振りで柊が伝える。
しかし、彼女は時間が止まっているかのように微動だにせず、じぃっとこちらを見つめているだけだ。
瞬きだけは規則的に行われているため、死んではないようである。
綺羅星があまりにも傍観を続けるため、ついに柊が痺れを切らして、オートロックのガラス扉を軽く音を立てて拳で叩くと、「ねぇ、早く開けなさいよ」と早口で命じた。
ようやく時間の針が動きを取り戻したようで、綺羅星は、壁から背を離すと、ドアのセンサー辺りに手をかざし、二人を招き入れた。
「何をぼさっとしてたのよ?服装もだけど、アンタ少し呆けてるんじゃない?」
「いいえ、下に迎えに来たのは、野暮だったかしらと反省していたの」
エレベーターへと先導する彼女は、真っ白のワンピースにその身を包んでおり、高身長と容姿を十二分に発揮して、優雅なオーラを全面に展開している。
季節感さえ狂っていなければ、ファッション雑誌の表紙を飾れるのではないかと思えるほどだ。
…まあ、そんな雑誌買ったこともないのだが。
行き先ボタンを押した綺羅星は、眉間に皺を寄せて黙っている柊を一瞥すると、首を傾げてからかってみせた。
「お手々、まだ繋いでいてもいいのよ」
「チッ、うるさいわよ」
「そんなに照れなくてもいいじゃない?ねぇ?」と綺羅星がこちらを見て同意を求める。
「うん、まぁ、恥ずかしがり屋だから…」
冬原がそう適当に答えた頃合いに、エレベーターが一階に到達して重厚な扉が開く。
中に入った瞬間、大きな鏡に目が吸い寄せられたが、鏡越しに紅潮した柊と目が合って、つい吹き出しそうになった。
エレベーターが嫌な慣性と共に一気に上がり始めると、自然と皆が口を閉ざした。
この鋼鉄の箱には、そうした不思議な力が宿っている気がしてならない。
扉の上部に取り付けられた液晶の光が、一番右端の12階に到達し、幾度か明滅したところで、再び嫌な重力がかかってエレベーターが停止した。
「最上階…」と思わず声が漏れる。綺羅星はその声に一切反応せず、先に降りると、短く二人を呼んでから、廊下の奥へと迷わず進んでいった。
綺羅星が扉の前に立ってキーをかざしたのを見て、いよいよ彼女の両親とご対面なのだと気づき、肩が力んでしまう。
友達の家に遊びに来るのなんて何年ぶりだろうか、とどうでもいいことを考えているうちに、扉のロックが音を立てて外れる。
「あ、まだ心の準備が…」
「なにを寝ぼけたこと言ってるのよ、行くわよ」ぐっ、と柊に腕を引かれる。「ちょ、っと」
中に入った綺羅星が、靴を脱ぎながら手招きする。
おそるおそる、中へと足を踏み入れた途端に、嗅ぎ慣れた上品な香りが漂ってきた。思わず、これがハイソサエティの香りなのだろうか、と考える。
無駄に広い玄関だ。とても三人暮らしとは思えない。
ふと、玄関先の靴に目が行った。
そこには、二足しか靴はなく、片方は彼女が先ほどまで履いていた白いヒール、そしてもう片方も同じく彼女の物で、学校に履いてくるローファーであった。
もしかすると、両親は外出しているのかもしれない。
それを、ほんの少し高いところに立って二人を待っていた綺羅星に尋ねた。
「へぇ、良く見ているわね」と綺羅星は感心したように呟いた。「でも惜しいわね、私はここに一人暮らしなのよ」
「えぇ?」
まさか、彼女も親元を離れて暮らしていたとは思いもよらなかった。
これはますます、綺羅星亜莉栖年齢サバ読み説が濃厚になりつつある。
ふふっと美しく微笑んだ綺羅星に対し、柊はとても苦いものを口に放り込まれたように険しい顔を作った。そして、靴を脱ぐことなく、怒気混じりのため息を吐く。
「貴方、本気で冬原に何かするつもりだったんじゃないでしょうねぇ?」
綺羅星は、「さぁ、いらっしゃい?」と柊を無視して、そのまま、靴を脱いだ冬原の手を引いて、中へと導き入れた。
「あ、ありがとう…」
恭しく、お姫様にするようにそっと手を握った綺羅星。冬原は、されるがままに奥の部屋へと誘われる。
「ちょっと!なんでアンタも満更でもなさそうなのよ、待ちなさい!」
それを目にした柊は大声を上げながら、慌てたように靴を脱ぎ散らかし、その後を追うのだった。
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