これは、友人なのでしょうか? 2
初めて訪れる友達の家って、
どうしてあんなに緊張するんでしょう?
私だけでしょうか。
急に、気取った真似を綺羅星がしたものだから、冬原は顔を真っ赤にしてしまう。
どういう気が変わったのか、冬原には全く分からない。ただ、綺羅星のうっとりするような瞳に見つめられるのは、まんざら悪い気はしなかった。
「き、綺羅星?」
「今度、私の家に遊びに来なさい」
「え…あ、えと、私、そういうのは、分からなくて…。あ、ちがくて、嫌とかじゃないんだけど…」
「そう。まあ別に私は、ここでしてもいいのだけれど…?」
「す、する…?え、うぅ、何を?」
真剣そのものという表情でこちらを見つめる綺羅星の視線から、逃れたくて、冬原は、急いで両手で顔を覆った。
「まぁ、可愛い…!顔が真っ赤よ」
「み、見ないで…」
ぼそり、と綺羅星が今度は耳元に顔を寄せて囁く。
「ねぇ、それってわざとやってるの?それとも無意識?」
「な、な、何が?」
「…これは、私、誘われるのかしら?」
肌に触れていないのに、綺羅星の熱が伝わってくる。
こ、これは…友人の距離感ではないのでは…?
下校時刻が近いことを知らせるチャイムが、建物中に鳴り響く。
残っている生徒にとっては、下校準備を促す意味もあるし、自分たちにとっては、柊がそろそろここにやって来る知らせでもあった。
しかし、その音も聞こえていないかのように、綺羅星は自分の髪から顔を離さない。
「それで?お誘いには応えてくれないのかしら?」
こんなところを柊に見られたら、面倒なことになりかねない。
最近になって気がついたことだが、柊は仲間外れにされることを極端に嫌がる傾向がある。
自分と綺羅星で会話をしているだけでも、少し不機嫌そうに顔をしかめて黙ってしまうし、それに気がついてから柊に会話を振っても時すでに遅し、といった感じだし…。
それが分からない綺羅星ではないはずだが、どうせ趣味の悪い彼女のことだ。柊のことをからかって、楽しんでいるのだろう。
「そ、そろそろ、本当に離れて欲しいなぁ…なんて」
「答えも聞かずに引き下がれないわ。それともなぁに?柊に、私たちがこうしているところを見られては困るの?」
いや、困るだろう…。
そうこうしている間に資料室の扉が開いて、仮面じみた笑顔を貼り付けたままの柊が、部屋に入って来た。
だが、彼女は二人の仲睦まじい様子を目の当たりにすると、一瞬だけ目を大きく見開き、無感情な顔つきになった。
「何やってんの」声は小さいが、明らかに良い気分ではないようだ。
「いや、その、ちょっと…」
「馬鹿やってないで、帰りの支度をしなさい」
長い黒髪を後ろでくくった柊は、その尻尾のように垂れた後ろ髪を左右に振りながら、二人の近くに足を進めた。
そして、未だに動こうとしない綺羅星の左腕を引っ張って、冬原から引き剥がす。
綺羅星は妙な声を上げ、不服そうに柊を睨みつけたものの、柊も、綺羅星の扱いに慣れてきたようで、無視して冬原にバッグを手渡していた。
「ありがとう」と短く答えた彼女に、「で、何の話をしていたの?」と尋ねる。
「たいしたことないの。冬原さんを、お家においで?…と招待していたのよ」
「はぁ?アンタ…」
じろりと呆れたような、疑うような目付きをした柊の視線を、今度は綺羅星が無視して、自分の荷物を肩に掛けていた。
完全に無視するつもりらしい綺羅星から、冬原に焦点を移した柊は、真面目腐った顔つきで「で、どうするのよ」と尋ねた。
冬原は困ったように目を逸らしたのだが、答えるまでは動くつもりはない、と言わんばかりの柊の迫力に気圧されて、渋々口を開いた。
「いやぁ…どうしよう?」
柊は深くため息を吐くと、素っ気なく「知らないわよ」と背を向けた。
なんだ、聞いたのはそっちじゃないか…。
冬原は首を捻ったのだが、荷物を肩に掛けた綺羅星が横槍を入れる。
「どうして、迷う必要があるのかしら?友人に家へ誘われているだけじゃない」
「あ…うぅん」
冬原は、歯切れ悪く曖昧な返事をした。
それだけでは満足のいかない綺羅星は、いつもの儚げな声音は捨てて、やたらに凛とした口調で質問を続けた。
「それとも、私が女性にも興味がある、って知ったから迷っているのかしら?」
「ちょ、アンタ、そのこと話したの?」と柊が焦ったように口を開く。
「ええ、ついさっき」
「綺羅星…。そんな話をした後に家に誘われたら、誰だって警戒するでしょうよ」
悪気なく吐き出された綺羅星の言葉に、呆れたように柊は呟く。それに対し綺羅星も、何か言いたげな様子であったが、二人の会話を静観していた冬原が、誰よりも早く張りのない声で口を挟んだ。
「…柊は知ってたの?」
「え、あぁ…まあね」
「ふぅん、へぇ…。そうなんだ」
そうか、知らなかったのは自分だけか。
ちらりと二人の顔を見比べる。
彼女らは、冬原の呟きを気にかけることもなく、延々と愚痴の言い合いをしている。それがまた、何とも言えない気分に冬原を陥れる。
少しだけ、柊の気持ちが分かったような気がした。
確かに、自分だけ話についていけない、あるいは、そもそも教えられてすらいない、という事実は、かなり疎外感を感じさせられるものだ。
別に、自分を除け者にしようという意図はないのだろうが…。
それが分かっていても、不満は抑えられそうにもない。
冬原は自分らしくもないと認めつつも、思わず不貞腐れたような顔つきになって、荷物を後ろ手に持ち替えた。それから、資料室の扉を一番にくぐる。
「綺羅星、今度の週末でいい?」
その一言に、二人とも初めは聞き間違えかと内心疑ったが、冬原が返事を催促するように綺羅星のほうをじっと見つめていたことで、勘違いではないことに気がついた。
綺羅星はかすかに首を傾けながら微笑むと、鳥の囀りのように美しい声で快諾した。
「ええ、もちろん。最高のもてなしをするわ」
「別に、普通でいいよ」
理由もなく、柊のほうを一瞥する。彼女は慌てたように口をぱくぱくさせていたが、別に自分には関係ない。
「楽しみにしてるから、綺羅星」だからこれも、特別な意味はない。
「待って、待って」
「あ、ねぇ、綺羅星の家ってどこ?」
「学校の近くよ」
無視されたままで話が進められた柊は、納得できない、とその後も度々口を挟んでいたのだが、結局、どちらも耳を貸さなかった。
「な、何よぉ…。何を怒ってるのよ…」
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