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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
七章 ルビコン川の先に

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これは、友人なのでしょうか? 1

同性でも、異性でも同じですが、


この距離感って、どういうつもりなんだろう…。


と思うこと、ありますよね?


なにはともあれ、お読みいただきありがとうございます。

 冬原は、資料室へと向かいながら大きく背伸びをした。どんなに体を伸ばしても、隣に立つ友人との差が埋まらないことが、何だか納得できなかった。


「ところで綺羅星、クラスの人と何を話してたの?」とちょうど階段に差し掛かったところで、冬原が何気なく尋ねる。


 綺羅星は、階段を登ろうとする足を止めて、冬原を見上げた。三段ほど先に上がっていたため、ようやく冬原のほうが、少し見下ろす形になる。


「私、こう見えてもモテるのよ?」

「うん、知ってるよ。で、何の話?」


 これは真面目に答える気はないな、と感じつつも、資料室への暇つぶしの話題として、軽い気持ちでさらに確認する。


 綺羅星はかすかに考え込む仕草をしてみせて、十秒弱ほどの間、黙って佇んでいた。しかし、やっとのことで階段を登り始めたかと思うと、上品に微笑んで見せてから、「週末の予定を聞かれていたのよ」と真面目に返した。


「へえ、どうかしたの?」


「貴方、野暮なこと聞くのね?デートの誘いに決まっているでしょう」

「はは、そんなまさか」


 階段を登りきると、真正面に資料室の扉が見える。


 もう何度もくぐった扉へと足早に近づきながら、冬原は綺羅星の冗談に付き合ったつもりで笑った。


 だが、綺羅星はその笑いに一切の反応を示さないまま扉に到着すると、ポケットから鍵を取り出し、中へと入った。


 最近は柊が来られないこともあって、資料室の鍵は綺羅星が預かっていた。


 来られないとは言っても、帰りは一緒に帰っている。ただ、柊との時間は少なくなりつつあった。


 後から入った自分が、扉を閉める。先に入った綺羅星は、換気のために窓を開けに行く。ここ数週間で身に染み付いたルーティンだった。


 彼女はそのまま席には着かず、窓枠に身を寄せて外の景色を眺めていた。


 どことなく近寄りがたい雰囲気は相変わらずなのに、短期間で心を許してしまったものだと、我ながらで可笑しくなって口元を緩める。


 綺羅星のそばに寄って、自分も同じ景色を見ようと窓の外へと意識を向けるが、12月の冷えた風が強く吹いたので、すぐさま体を引っ込めた。


 寒くはないのだろうか、と綺羅星を見つめる。すると、彼女はいつの間にか、そのエメラルドの瞳でこちらを見ていた。続けて、滑らかなアクセントで冬原に言う。


「何が、まさかなの?」

「え?」と呟いてから、先ほどの話の続きだと分かった。「だって女の子同士だよ?」


「そう」

「いや、冗談で言ったんでしょ?」


 妙に淡々とした口調の綺羅星を変に思い、何気なく聞いたのだが、綺羅星はあからさまに顔をしかめて、怒りの感情を露わにした。


「その言い方、癪に障るわね」

「え、あ、ご、ごめん…」


 以前、綺羅星に、青痣が残るほどの力で腕を掴まれたことを思い出して、反射的に謝罪する。


 綺羅星は、ゆっくりと腕を組んで、ニヒルな笑みを口元に刻んだ。

 綺麗な顔立ちなのに、不思議と恐ろしさを覚える。


「あぁ、貴方に教えていなかったかしら?私、バイセクシュアルなの。知っているわよね、バイセクシュアル」


「え、え?あ、うん、知ってる…。そ、そうなんだ」


 威圧感のある口調でまくし立てられた冬原は、気圧されて一歩後ろに下がった。


 それがさらに綺羅星の癪に障ったようで、彼女は半笑いのまま、ぐっと一歩冬原に近寄って、無言の圧力で押しつぶそうとするかのように相手を見下ろしていた。


 冬原は、慌てたように忙しなく手を動かしながら、早口で弁明を図る。


「ち、違うの、悪気があったわけじゃなくて、その、想像もしてなかったから」

「悪気があるかないかなんて、些細なことよ」ととても冷淡な口調である。

「う、ん、ごめん」

「ごめん、ごめんって…。貴方、さっきから、謝ってばかり。謝るようなことをしたのかしら?」


 普段とは、明らかに様子の違う綺羅星に動揺を隠せない。


 冬原は眼球を右往左往させて、目の前の恐ろしい女から顔を背けようしていたのだが、いつの間にか、壁際に追い詰められていた。


 彼女から、身をひねって逃れようと思ったのだが、その先すらも、綺羅星の長く伸びる白い手に遮られてしまい、自らの心臓が強く収縮する。


 時折彼女が見せる、鈍い瞳の煌めきに、吸い込まれそうになる感覚を覚える。それにより、顔を俯けた冬原だったが、綺羅星の鈴を転がしたような声が耳朶を打ったため、首の角度をわずかに上げ、上目遣いに相手の様子を窺った。


「私が怖い?」一つ低いトーンで呟く。

「ううん」

「正直におっしゃい」

「本当に、こ、怖くはないけど」


「じゃあ何故そんなに怯えているの」

「いや、綺羅星の圧が凄くて…」


「圧?」と首を傾げて、不思議そうな顔をする。

「に、逃げたりしないから、離れてくれると助かるんだけど」


「そんなこと言って、貴方、さっき逃げたじゃない」


 顔をぐっと寄せて、責めるように耳元で囁く。


 浮かべた半笑いが、彼女の不機嫌さを象徴しているようだったので、冬原は身を縮めて怒りが収まるのを待つことにした。


 しかし、すぐ目の前に迫った彼女の香りが鼻孔を通して脳髄に染み渡り、どうにも落ち着かない。


「自分と違うものがそんなに恐ろしい?」

「ち、違うってば…私だって、人のこと言えないし」


「あら、貴方もどっちもいけるのかしら」

「そ、そういう意味じゃなくて、私だって、受け入れられにくい趣味があるわけだから…、私たちは同じというか、ち、近いというか」


「言い訳?何をそんなに恐れているの」

「だ、だから、近いの!」


 強く言い放った冬原の言葉に、綺羅星は珍しく驚いたような顔をした。


「き、綺羅星は、顔、綺麗なんだから、緊張するの!そ、ソワソワするから…離れてよ」


「へぇ…」と急に顔つきを変える。機嫌は良くなったようだ。「ふふ、そう、それなら仕方がないわね。ふふ、それに、確かに私たちは似ているもの」


「でしょ、だから、別に怖がったりはしないから、どいてもらえると――」


「気が変わったわ」途端に、ゾッとするほど優しい響きをこぼす。


 綺羅星は、一糸の乱れもない手付きで冬原の短い黒髪に触れると、匂いを嗅ぐように自分の鼻先に近づけた。


 灰と黒壇を混ぜた美しい髪が、私の黒に絡まるようにして重なった。

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