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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
七章 ルビコン川の先に

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解決…? 

先の読める展開となってしまったかもしれません。


どうやったら、ハラハラドキドキのミステリーが出来るんでしょうか?


なにはともあれ、お楽しみください。

 風切り音が教室の窓の隙間から鳴り響いて、冬原はふっと窓の外を眺めた。


 窓側の席だからか、冷えた冬の空気がひしひしと首元に触れる。わずかに体を震わせた。


 冬原は、そうして集中が切れるまで、ほとんど人のいなくなった放課後の教室で、本をめくる音だけに集中し、読書をしながら人を待っていた。


 柊は、今日は生徒会活動に出席していた。

 12月下旬に行われる生徒会選挙のために、最近は夕方まで活動している。どうやら柊は、次期生徒会長になるつもりらしかった。

 まあ、人気のある彼女のことだ、容易いことだろう。


 そして綺羅星はというと、冬原の用事が済むまで、図書室で時間を潰しておく…と告げ、放課後になった直後、教室から出ていってしまった。


 刑事が事情聴取に来たあの日、綺羅星は自分の知らないところでクラスメイトと諍いを起こしてしまったらしく、しばらく、彼女と会話する人間は自分たち以外いなくなってしまっていた。


 ただ、綺羅星はそんな環境をいたく気に入っていたのだが、ほとぼりが冷めて、また生徒が声をかけられるようになったことを、面倒がっている。


 しかも、不思議なことに、綺羅星と交流を持ちたいという人間は、以前よりも数を増していた。


 思考を窓の外、頁の上、自分の中へと順に移し替えていた冬原の耳に、廊下越しから声が聞こえた。


 生徒指導の教師が、廊下の窓を挟んで自分の名前を呼んでいる。どうやら迎えが来たらしい。

 教師の言葉に従って、教室を後にし、彼の根城へと足を向ける。


 すれ違う生徒の声、12月の廊下の冷えた空気、同間隔で並んでいる廊下の窓、階段を打ち鳴らす踵の音、昇降口から舞い込んでくる凍えた風…。


 その匂いや響きを五感で堪能しながら、生徒指導室の扉をノックする。

 中からは、しゃがれた声が跳ね返ってきた。


 冬原は何も驚きはせずに、「失礼します」と声を出して取手に手を掛けた。


 扉を開けた先には、一ヶ月前と同じように、パイプ椅子に腰掛けた砂坂の姿があった。


 しかし、あのときと違って、彼の眼差しに鋭さはない。どちらかというと、人懐っこい謙虚さのようなものが窺えた。


 砂坂が片手を上げてこちらに挨拶したので、冬原は頭を軽く下げた。それを見て、彼はすぐさま立ち上がる。そして、真面目な顔つきになり、彼女以上の深さで低頭した。


「冬原さん、本当に申し訳なかった」

「いいんです、疑いが晴れれば、それで」


「そう言ってくれるのは正直助かるけれど…。刑事として、あるまじき行為だった」

「…それは、そうかもしれませんね」


「申し訳ない」と、冬原の率直な感想にまた頭を下げた砂坂は、顔を上げると、眉間に皺を寄せた。


「私が刑事さんの立場でも、私を疑ったと思います。その、色々なものが、そうするように言っているようでしたから…」


「そうなんだよなぁ」と顎に手を当てた彼は、しまったというふうに苦笑いを浮かべたが、冬原が笑いながら頷いたことで言葉を続けた。


「言い訳がましいが、本当に偶然が過ぎてたんだ。だから、絶対に君がそうだと思ってしまった。君が警察相手に、ペテンを働いていると勘違いしたものだよ。それがまさかなぁ…」


 まさか、の先に続く言葉を冬原は知っていた。


「まさか、あの下着泥棒が自首してくるとはな」


 冬原はこくりと頷き、一ヶ月前、自分が綺羅星と柊と、本当の意味で分かり合えた日の、翌日のことを思い出していた。


 事情聴取を受けた次の日の学校、後ろ指さされるような心地の中、教室でHRの始まりを待っていたところ、教室に入ってきた担任の先生が、開口一番に例の事件の犯人が自首してきたとの知らせを告げたのだ。


 唐突に動いた事態に、これは夢なのだろうかと、呆然と目を見開き、教師の顔を眺めていると、後ろのほうの席から聞き慣れた声が、「本当なんですか」と必死さを滲ませて尋ねた。


 教師は落ち着くように柊以外の生徒にも言ったのだが、彼自身、興奮冷めやらぬといった様子だった。


 自首してきたのは、周辺に出没していた下着泥棒であった。

 自分のところだけではなく、他の場所でも頻繁に姿を見せていたらしい。


 住宅街、アパート、マンション、驚くべきことに、この学校にも侵入した過去があったと供述したらしい。


 さらに、私は犯人の顔に見覚えがあった。


 コンビニの会計で良く目にしていた、あの男の姿が、ふと脳裏に浮かんだ。


 なにやら下着泥棒は、コンビニで私のことを目につけて以降、時折ベランダに登って犯行に及んでいたらしい。

 その話を耳にした瞬間、自分の背筋に嫌悪感が走り抜けて行ったことを覚えている。


 何もかもが刑事と周囲の勘違いだったということが発覚し、学校の妙な空気はすぐさま沈静化した。だが、事態の収束を喜ぶよりも先に、柊が机を叩いて、刑事への怒りと愚痴を吐いたがために、クラスメイトたちの噂の的は、冬原から柊へと移り変わってしまった。


 …だから、下品な発言は控えたほうがいいと、あれほど言っていたんだ、と冬原は呆れ返ったものだが、よくよく考えたら、心の中でしか忠告したことはない。


 今度からは、ちゃんと口にしてあげよう。柊は、お淑やかな外見に反し、かなり暴走気味だから。



「初めは気でも狂っているのかと思ったが、犯人でしか知り得ないことをいくつも知っていたからなぁ」


「私は、もう何でもいいですけれど」と冗談交じりで微笑む。

「はぁ、本当にすまんなぁ」


「いえ、むしろ感謝すらしています」

「感謝?へぇ、それはまたどうして?」


「刑事さんが色々と二人に漏らしてくれたおかげで、私は、少しだけ楽になれましたから」

「ああ…、それは、まあ、なんというか」


「そろそろ、いいですか?人を待たせているので」

「ああ、うん。重ね重ね申し訳ない」


 冬原は砂坂の謝罪を背中に受けながらも、颯爽と生徒指導室の敷居を跨いだのだが、壁になだれかかっていた綺羅星の姿が見え、はたと足を止めた。


 彼女は腕を組んだままで、何やらクラスメイトに話しかけられていたが、指導室から冬原の姿が現れると、級友に手を振って冬原のほうへと近寄ってきた。


 残念そうに綺羅星の背中を見つめる生徒たちと目が合って、何だか申し訳ない気持ちになる。


「お勤めご苦労さま」

「ちょ、ちょっと、やめてよ」


 大げさに顔をしかめて、怒った真似をする冬原に、綺羅星は意地の悪い笑みを浮かべた。


 だが、教師と入れ違うようにして指導室から出てきた砂坂を一瞥すると、さっと元の人形のような無表情に変わった。


 綺羅星は恭しく頭を下げる刑事から焦点を外さず、無言のまま、穴でも空けるつもりなのかと思えるほど相手を凝視した。

 そして、砂坂が苦笑いを浮かべたまま横を通り過ぎようとしたとき、一瞬だけ口を開いた。


「良かったですね、真犯人が逮捕できて」


 彼は思わず立ち止まって、そのドラマじみた皮肉の意味を図りかねていたのだが、結局、苦笑いのまま「ご協力感謝するよ」と応え、その場を去るのだった。


 遠ざかる背中に、綺羅星が呟く。


「ええ…、私も感謝しているわ。本当に」

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