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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
六章 二筋の光

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開かれる、ネクロアートの扉 2

 眉間に皺を寄せた状態で許可も待たず、二人は半ば無理やり中に侵入してきた。


 靴を脱ぎ散らかしながら、睨みつけてくる柊の圧力に押されて、冬原は逃げ込むように奥の部屋に移動した。


 後を追ってきた二人は、電気も点けず、カーテンの閉め切られたままの部屋を見るや否や、呆れたように、しかし、心配するように言葉を唱えた。


「貴方、電気ぐらい点けたらどうかしら?」

「スイッチはどこよ」


「もういいから、放って置いてよ…」


 二人を迷惑そうに睨みつけた冬原だったが、逆に彼女らに睨み返されたことで、巣に逃げ込むように布団にくるまる。


 そのうち、綺羅星が照明のスイッチを入れたことで、部屋は眩しく白い光に包まれた。よくこんな暗い部屋の中でスイッチを見つけたな、と感心する。


 続いて、柊がドカッとベッドに腰を下ろし、スプリングを鳴らした。


 柊は首だけでこちらを窺うと、突然微笑むような、悲しむような顔つきになって布団をゆっくりと剥がそうとした。ただ、冬原が力無く抵抗をすると、ゆっくりと手を離した。


 秘密を知ってなお、自分を拒絶しなかったことは純粋に嬉しい。だが、それ以上に、落胆に近いものも感じてしまっている自分がいた。


 きっと彼女らも、お父さんや、お母さんと同じだ。


 初めは、私のことを治せると思うのだ。病だと、みんなは考える。


 優しさを注いで接すれば、やがて、健康な精神を取り戻すのだと信じて疑わない。

 また、あんな想いをするぐらいなら、期待しないほうがマシだ。


 過去の経験から、他人に期待しないことが癖になっていた冬原は、脱力気味な様子でベッドに腰掛ける柊と、未だ立ち尽くしてこちらを見ている綺羅星を眺めた。


「冬原、アンタ、やったの」

「え?」


 彼女の予測とは裏腹に、柊の口から漏れ出た言葉は、躊躇いなく疑いを表すものだった。


 怒りに似た感情が湧き上がってきて、窮屈なシェルターの中から、強い語調で返事をした。


「そんなわけないじゃん…!」

「じゃあ、どうしてそんなところに引きこもっているのよ」


 ふっと相好を崩しながら、再び冬原に手を伸ばした柊は、今度こそ布団の塊を引き剥がした。


 情けない自分の姿が、照明の元に晒される。


 しわしわになっている制服が、考えることをやめていた、自分の無気力さを象徴するようであった。


「だって…、私」

「うん」


「…聞いたでしょ」冬原は、蚊の鳴くような声で呟いた。もしかすると、綺羅星には聞こえないかもしれないと言うほどのか細さだった。


「…ええ、聞いたわ」

「だったら…!」

「でも、私はアンタの口からは何も聞いていないのよ、納得できるはずないじゃない」


 そうか、結局そうなのか。

 まだ、彼女は信じられていないのだ。


 そんな趣味の人間がいるはずがない、自分のそばに、そのような犯罪者予備軍がいるわけなんてない、ということだろう。


 冬原は、アンニュイな口調で独り言のように呟いた。


「…無駄だよ、全部、無駄」

「またそれ…。分からないじゃない」


「またって、言った覚えはないけど?まぁ、分かるよ。どうせ理解なんてできないし、そもそも柊たちにその気なんてない」


「冬原…!アンタ、どうしてそんな言い方するのよ」呆れと怒りが混ざった口調で柊が問う。


「もういいって、帰って」


「帰らないわよ」と柊が間髪入れずに返す。

「私、無駄なこと嫌いだから」


 冬原が短く冷淡に言った直後に、少し離れた綺羅星が軽く笑った。きっと、いつぞや話したことを思い出して笑ったのだろう。


 その他人事のような綺羅星の態度が、いやに癪に障る。


 確かに、自分には関係ないと言われればそれまでの話なのだが、だとすれば、わざわざ私の家にまで来た事自体、心の底から余計なお世話だ。


 やはり今すぐに、帰ってもらおう。

 冬原が、そう発言しようとした瞬間だった。


「じゃあ、最後に見せなさい」


 意を決した声音に、冬原だけではなく、綺羅星でさえも柊の顔を咄嗟に振り向いた。


「…何を」一応、知らないフリをする。

「もちろん、変わった趣味の絵のことよ」


 …やっぱり。


 室内に、ひりつく静けさが凪いだ海のように広がる。すぐに、冬原が顔を背けて言った。


「馬鹿じゃないの?本気?」


「本気も本気よ。そうすれば、私だって、多少は納得できるってものだし。あ、後、アンタも綺羅星も、私を馬鹿呼ばわりするけど、私は学年一位なのよ?分かってるの?」


「そういう発言は品格を下げるわ」と静観を決め込んでいた綺羅星が声を発する。

「何が品格よ、小賢しい」


 柊は、綺羅星のほうを見向きもせずに、ベッドの縁を力強く握りしめた。彼女の握力によって、敷布団に刻み込まれた痕が何だか悲惨だ。


 渋い顔をされると知りつつ、どうしてそんなことをしなければならないのか。絶対にごめんだ。


「…嫌」

「怖いの」と柊が口元を歪める。

「別に」少し図星で、ムッとしてしまう。


「分かった。他人に改めて否定されるのが、怖いんでしょ」


 その挑発的な態度と言葉に顔を赤くした冬原は、キッと鋭い目つきで柊を睨んだ。


 自分自身、このような好戦的な感情があることに驚きを覚える。ただし、一度剥き出しにした敵意を抑えることはできなかった。


 冬原は頑として柊の提案を飲もうとはしなかった。だが、何度も押し問答を繰り返しているうちに、痺れを切らしたのか、綺羅星が声を発した。


「私も見たいわ、その絵」


「だから…!」とそこまで口にした冬原は、一旦言葉を区切ると、視線を綺羅星からフローリングの床に向けて熟考する姿勢に入った。


 冬原の頭の中には、数ヶ月前から、網膜の裏に焼き付いて離れてくれない、人魚姫の絵画が浮かんでいた。


 もしかしたら、これはいいチャンスかもしれない。


 この流れでなら、自然と綺羅星にあの絵画を見せることができる。


 そこで問い質すのだ、これは貴方ではないのか、と。


 その案が自分の中で、稲光のように過ぎったときにはもう、その好奇心を満たさずにはいられなくなっていた。


「いいよ、見せてあげる」

「まあ、ありがとう」


 そうしてウォークインクローゼットへと移動して、中をあさりだした冬原に向けて、柊は不服そうに、「何で綺羅星の言うことは聞くのよ…」と呟いた。


 その口も、冬原が透明のアクリルケースを取り出したことで閉ざされた。


 二人ともが冬原の言葉を待っていた。


 彼女は無言のままで蓋を開けると、何冊かある本の中から、比較的新しめ本を取り出した。


 それから、ベッドの縁に戻った冬原は、揃えた両膝の上に本を立てて置いた。それから分厚い表紙を、二人にも良く見えるように立てる。


 ぎしり、とスプリングを軋ませ、綺羅星が自分の隣に座った。冬原は、柊と綺羅星の二人に挟まれる形になった。


 肩を寄せて本を覗き込む二人は、姿勢こそ複製したかのように同じであったが、表情そのものは全くの別物であった。


 柊は、明らかに緊張した面持ちになっており、表紙の先に描かれているだろう絵に想像力を膨らませて、すでに青い顔をしていた。一方、綺羅星は、普段の彼女とは真反対に興味津々といった様子で覗き込んでいる。


 小さく声をかけて、頁を捲ってもいいか問いかけるも、どちらも返事をしなかった。仕方がなく、冬原は一人でするときと同じように、緩慢に一頁目を開くのだった。

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