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やがて、冬の雪がとけたら  作者: an-coromochi
一章 降り来る、星
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降り来る、星

地の文が多く、飽き飽きするかもしれませんが、

何卒、お付き合いください。

 冬原が朝礼開始十分前に教室の戸を開けたとき、室内は異様な熱気に包まれていた。少なくとも、いつもの二、三倍程度の喧騒が満ちていたのではないか。


 いよいよ転校生が来る、ということで盛り上がっているのか。

 自分の席に着くことでさえ、困難を強いられてしまう。


 椅子に腰を下ろし、荷物の整理をしているフリをして、周囲の会話に耳を澄ます。


 どうやら一足先に、転校生の姿を見かけたものが何名かいるらしい。

 やれ美人だっただの、あまりハーフらしくなかっただの、スタイルがモデルみたいに良かっただの、と騒いでいた。


 黒板に日直の名前を記入していた柊が、自分の席へと向かう際に、冬原のほうを一瞥した。


 彼女は気づかないフリをするべきか迷ったが、既にしっかりと目が合ってしまっていたので、何とか努力して、気に障らない程度の微笑みを浮かべた。


 しかし、冬原の頑張りも虚しく、柊は塵でも見るように不機嫌そうに目を細めると、そのまま無言で自分の席へと去っていった。


 どうやら、今日は機嫌が悪いらしい。


 放課後捕まればどんな目に遭わされるか…。

 想像しただけで憂鬱になる。


 あちらこちらに寄り集まって、噂話に身を入れるクラスメイトを観察しながら、冬原はまるで、統率のとれていない蟻の一団のようだ、と感想を抱いた。


 自分以外をそうした矮小(わいしょう)なものとして捉えることで、自らのちっぽけな自尊心を守っているのかもしれない、と冷静に自己分析する。

 その傍ら、そんなことをしても無駄だと本当は分かっていた。


 それにしても、もうすぐ本人がこの教室にやって来るのだから、何もそんな興奮しなくてもいいと思うのだけれど。


 それから五分ほどして、担任の先生が教室へと入って来た。


 少し早いけれどホームルームを始める、との旨を早口で伝えたのだが、普段の先生と違って丁寧なアクセントで話をするものだから、妙に意識してしまっているのだな、とおかしくなった。


 教室の外に感じる人の気配に、いっそうクラスメイトの声が大きくなったところで、ようやく先生が転校生の紹介を始め、入りなさい、と緊張した口調で告げた。


 冬の夜のように冷えた響きが、上の空だった冬原の耳に聴こえる。


 それが転校生の声だと気づくのに、時間を要してしまった。


 その透き通る声に驚いて、入口のほうを見やるのと、彼女が教室の敷居を跨ぐのは、ほぼ同時であった。


 スラリとした手足、猫のように大きく丸い瞳。

 雪原のように白い肌、私なんかよりも数十センチは高いであろう背丈。

 そして何よりも…、暗いグレーとブラックが混ざった、腰まで伸びたロングヘアがとても印象的だ。


 一言でその雰囲気を表現するのであれば、ミステリアス、という単語が相応しそうだ。


 なるほど、確かにこれは、見かけた生徒が大騒ぎするのも頷ける。


 異様に人目を引く容姿の持ち主で、とても同年代には見えない。


 いや、それはルックスだけの問題ではなく、彼女が身にまとっている、謎めいた、寡黙な雰囲気がそう思わせるのだろう。


 先生に促され、転校生が名前を名乗るときもそれは顕著だった。


綺羅星亜莉栖(きらぼしありす)です。よろしくお願いします」


 この世のものとは思えぬほど儚く澄んだ声に、教室のざわめきがいっそう強まる。


 明朗でありながらも、無機質な口調で行われた自己紹介は、冬原が彼女に抱いた第一印象と、とてもマッチしていて、外見と内面に差が無い種の人間だと思わせるのには充分だった。


 綺羅星は、先生に黒板に名前を書くように指示されてもそれに従わず、「名簿を見て下さい」と身勝手に話を打ち切った。それどころか、自分の席はどこなのかと逆に尋ね返していた。


 その勢いに圧されて、先生も彼女の言う通りに席を示すほかなくなる。


 そうして彼女と隣接する座席になった数人の生徒は、頭を下げながらも、嬉しそうに周囲とひそひそ話を始める。


 あんな風に動物園のパンダみたいに扱われれば、私だったら居心地の悪さで、顔なんて上げていられなくなる。

 けれど綺羅星は、五感を失って、一人の世界に閉じこもっているかのように、無表情なまま正面を向いていた。


 堂々とした姿には憧れを禁じえないけれど、あれではすぐにクラスから浮いてしまうのでは、と他人事なのに心配になった。


 まぁ、私に心配されることではないだろうけれど。


 朝のホームルームは、その熱量を保ったまま終了した。


 一限目が始まるまでのわずかな時間に、少しでも彼女とお近づきになろうという人々が、綺羅星の周囲に群がる。


 やはり、砂糖に群がる蟻のようだ、と冬原は遠巻きにその塊を見つめた。


 彼女は、方々からあらゆる質問を投げかけられながら、単純な回答が可能なものには、律儀に受け答えしているようだ。


 どうやら、私が気にかける必要性は皆無だったようだ。

 だが、そう安堵していられたのも束の間だった。


 一人の生徒が、「何でこんな時期に引っ越してきたの?」と誰もが気になっていた理由を尋ねたところ、綺羅星は他の質問に答えるのと変わらないくらいの淡白さで、「貴方に関係あるの」と視線も動かさずに呟いた。


 言葉は丁寧なのに、やたらと威圧的な言葉に思えるのは、見た目が整いすぎているからだろう。


 どうでもいいことだが、大人びすぎていて、制服が絶望的に似合わない。

 何だかいかがわしいお店みたいだ。いや、そんなお店知らないけれど。


 冬原はそんなことを考えながら、拒絶されて、引き潮のように遠ざかっていく生徒たちを視界から切り、一限目の準備を始める。


 人と関わる気がないのがあれだけ露骨に表情に出ているのだ、どうしてわざわざ車道に自ら飛び込むような真似をするのだろうか、と冬原は不思議に思った。


 あれでは、跳ねられても自業自得だ。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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