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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
六章 二筋の光

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蝶を導く星 2

 建物を出て、寂しげな桜坂を下りる。無断早退だからか、柊はやたらとコソコソしていた。


 そういうことを気にする余裕はあるのか、と感心しながら、気になっていたことを尋ねる。


「ところで、貴方は彼女に会って、どうするのかしら」

「…分からないわ」


「分からない?」と踏切で一瞬だけ足を止めた拍子に、綺羅星が目だけ動かして尋ねた。

「な、何よぉ…」


「あのねぇ…。一緒に行くのは構わないけれど、いざ彼女の前に立ったときに、その情けのない顔を見せないで頂戴ね?」


「うっ…。言ってくれるわね」


「そんなことになれば、引き戻せるものも、引き戻せなくなるわ」


 灰色のリングに包まれた深い翠の瞳が収縮して、隣を歩く柊の横顔を貫く。

 大人びた声音で、暗に柊を責めた綺羅星は、機械のように一定の歩幅でアパートへの道を行く。


「…分かってるわよ」

「分かっているなら、しゃんとしなさい」


「さっきから、うるさいわね!私だって、考えることが沢山あるのよ」

「それを考え続けていれば、貴方は幸せになれるのかしら」


 綺羅星は、西日に真っ黒な影を落としながら、独特な色合いの長髪を、うなじの辺りから片手で振り払った。

 腰まで伸びた、少しだけうねった髪が、空気中の微粒子一つ一つに触手を伸ばすように拡散している。


 柊はそんな彼女の姿を目にして、ぼうっと魂が抜き取られるような心地になった。


 時折彼女が見せる、人には似つかわしくない不気味な美しさにさらされると、心臓を握りつぶされるような緊張感を覚えることがある。


 そして、その緊張感はいつも、相手に沈黙という選択を許さず、自然と発言を強制させる力を持っていた。


「は、し、幸せ…?アンタ、私を何かの宗教に入信させるつもりじゃないでしょうね」


「馬鹿なのかしら、違うわよ」と鼻を鳴らしながら、加えて彼女は「幸せについて考えない人生は、虚しいわ」と真剣な顔つきになって呟いた。


「幸せという曖昧な概念を作り出して、それを追い求めるのは人間だけの特権よ。生存本能と、生きる意味とを分割して考えられる…、地球上でたった一種類の生き物」


「や、やめて、何だか洗脳でもされそうな気分よ」

「…まあ、貴方にはまだ早いわね」


「今のはさぁ、大人になっても理解できるとは思えないわよ」

「どうして?」


「わけが分からないからよ」

「…そう。じゃあ、貴方がさっきから考え続けていることは、分かりそう?」


「…嫌な女。そういうとこ、嫌い」と彼女の言葉の意味を察した柊は、苦い顔をして、綺羅星と同じように白い布地のように広がる雲間を眺めていた。


 そのうち、綺羅星は薄く笑いを浮かべると、「あらそう?私は好きよ、貴方のことも、冬原さんのことも」とこぼした。


 ぽつんと呟かれたその言葉を耳にしても、柊はずっと黙ったまま歩いていた。二人の間に流れている静寂は、一足早く訪れた真冬の冷気に凍結されたようだ。


 ちょうどアパート近くのコンビニを通ったとき、柊が独り言のように言った。


「そうね…。私も嫌いじゃないわ、冬原のこと」


「あら、私のことは?」

「普通」


「残念ね…。私、貴方のこと結構タイプなのに」

「え?」


「気の強そうな、吊り目。私ほどではないけれど、凹凸のある体つきに、長い手足と身長。それから…そうね、意外と強気で返されることに慣れていないところも、普段とのギャップがあって――」

「待って、え?か、体つき?ギャップって…、いや、え、怖い、え?なに?」


 パニックに陥りかけている柊が、少しだけ可愛らしく思えて、つい意地悪を続けたくなる。


 ぎゅっ、と隣を歩く彼女の腕を掴み、脇に挟み込む。素早く逃れようとするも、私よりも早く動けるはずもない。


「どうかしら?冬原さんより、私にしてみたら?」

「そ、そんな、別に、私、冬原のことなんて…」


「じゃあ、いいわよね?」

「いや!ちが、くて…、そのぉ…」


 顔を真っ赤にして狼狽する姿が、さすがに哀れに思えてくる。


 そろそろ勘弁してやろう、と綺羅星は首を傾げて、柊の肩に頭を乗せた。


「こういう冗談に慌てる、初心なところも、可愛いわぁ」

「さ、さ、最低ッ!死ね!」

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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