本質を知る者 2
人の本質、か。
本当に彼女は、遠回しに物事を説明するものだ。
だが、実際冷静になって考えてみると、そう難しい内容ではないのだ。
私が冬原に対して、こんなにも躊躇や迷いがあることは、そこに恐れや、期待を裏切られたことへの失意があることは間違いない。
彼女がどういう人間か、勝手に決めつけていたのは、自分なのに。
だが、その感情の裏側には、冬原のことを理解したい、という意思があるのもまた確かだ。
自分の気持ちは分かった。だから、後は行動だけだ。
逃げ出すか、見てみぬふりを続けるか。
受け入れるのか、突き放すのか。
しかし、逃げ出すことは、自分にとっても、一つの居場所を失うことを意味する。
かといって、受け入れることも容易くはない。それは、自分には良く分かった。
人間は、いざ、違いと向き合わねばならなくなったとき、それまでの覚悟も約束も忘れて、利己的に成り果てるものだ。
今は、その善悪を問うつもりはないが…。
そうして柊が、自らの今後を決めあぐねていると、突然、資料室の戸が開かれた。
てっきり冬原が帰ってきたものだと思って、ドキリと緊張しながら、音のしたほうを向いた。
だが、そこにいたのは、数人のクラスメイトだった。中には、先ほど呼ばれた生徒もいる。
一体、何の用だろうか。資料室を使うような授業や、行事は今のところ予定されていないはずだ。
柊は、生徒会で組んだスケジュールと時間割を思い出しながら、作り笑いを浮かべて首を傾げた。
「あら、もう授業は終わったの?」
しかし、彼女らは誰も自分の問いには答えず、互いに顔を見合わせたかと思うと、誰が代表で喋るかを巡って小声で話し合っていた。
ややあってそれが決まると、先頭の一人が口を開いた。
彼女は、確かバスケ部だっただろうか、いやソフトボール部か…。
どうやら、綺羅星の言っていたとおり、自分は思いのほか他人に興味がなかったようだ。
「なんかさ、冬原さん、疑われてるって聞いたけど」
その発言を耳にした瞬間、柊はあからさまに嫌な顔をした。
「ええ…そうね、本当、彼女も迷惑していると思うわ」
事件の話に限らず、人の秘密や不幸といった類の話は、俊足を極めるものだ。
それはきっと人間の醜さでもあるし、集団を保つための最適解でもあるのだろう。
こうして冬原は集団から容赦なく弾き出され、ことあるごとに生贄として利用される…。
「でも、あれが本当なら、ねぇ…」
「…あれって?」
まさかあの刑事、あの場にいた全員に冬原の絵の趣味について話したのだろうか。
だとすれば、何と無責任な真似を…。
「いや、何か冬原さん、勝手に現場に入ってたって言うじゃん。それって怪しいよね…?」
良かった、さすがに例の話は、二人にしかしていないようだ。
それにしても、こうした野次馬根性で、他人の事情を詮索してくるのは、控えめに言って不愉快だ。さらにはっきり言うと、反吐が出る。
柊は、顔にその感情が出ないよう、苦笑いを浮かべながら彼女たちを諌める。
「まあでも、中に入ったときには、亡くなって数日経っていたらしいから…。あまり関係ないんじゃないかしら?」
「でも…もしも冬原さんがさぁ、ねぇ」と彼女たちは何かの習性のように、また顔を見合わせた。
「冬原が、何だって言うの?」
「もしかしたら、犯人かもってことでしょう?」
分かっている、彼女たちも本気でそう思っているわけではない。
ただこうして、悲劇をネタにすることで、退屈な日々を劇的なものに出来ると期待しているのだ。
だが、それに巻き込まれる側はたまったものではない。
それに気が付かない、あるいは、どうとも思っていない彼女たちに、腸が煮えくり返りそうな思いが湧く。
「貴方たち、度が過ぎるわ。冬原は私の友達なのよ?そんなことを言われて、私が良い気分になると思うの?」
「…そうじゃないけど」
「周りがどう言おうと、冬原は何も悪いことなんかしてない。彼女の悪口なら、私と綺羅星のいないところで言ったほうが懸命よ」
思わず綺羅星の名前を出してしまったが、彼女も異論はないようで、未だに椅子に座ったまま黙って目をつむっている。
多少言い方が高圧的だったせいか、彼女らは一様に黙ってしまった。だが、すぐに気を取り直すと、揃って苦笑いを浮かべた。
「随分、冬原さんのこと大事にしてるんだ」
「まあ、そうね。放課後はずっと一緒だったし…」
どこか、こちらを揶揄するような響きを含ませた物言いだ。
彼女らはまた互いに顔を見合わせ、嘲笑するように口元を歪めた。
「もしかして、柊さんって、そっち系?」




