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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
五章 崖下のディープブルー

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出来ることなら、貴方の口から聞きたかった。 1

この小節で、

一つの秘密がベールをほどきます。


みなさんは、もしも、友人にこういう秘密があったらどうしますか?

 綺羅星の顔を見たとき、初めて彼女と二人で話したときのことを思い出した。


 あの日の彼女は、あからさまに自分のことなど興味はない、といった様子だった。


 しかし、今の綺羅星は、そのときとは別の冷淡さを感じさせる顔つきで、パイプ椅子に座した砂坂を一点に見つめていた。


 綺羅星は教師に声をかけられ、ようやくこちらに戻り、柊に対して、顎を動かし指導室に入るように促した。


 柊は、綺羅星の横を、不審な顔をして通り抜けようとした。


 すると、彼女の影と体が重なった瞬間、綺羅星が耳元に顔を寄せてきた。冬原の匂いとも違う、不思議な香りがする。


「失望させないでね」

「どういう意味よ、それ」


 横目に問うが、彼女は振り返ることはなかった。


 あまり要領を得なかったものの、今は中に入るしかなさそうだ。


 生徒指導室の木板を踏んで敷居を跨ぐと、後ろから教師が追うように入ってきて、戸を閉めた。


 さて、と柊は目の前の男に照準を合わせる。


「昨日ぶりだね、どうぞおかけになって」


 ワイシャツ一枚という、軽装の砂坂が座ったまま出迎えた。


 形式的な言葉を並べ、頭を下げてから、椅子に腰を下ろす。


 彼は、今日は改めての事情聴取のようなもので、昨日と同じ質問をする可能性がある、と前置きした上で微笑み、頷いた。


 どこから用意したのか、普通の教室で使われている学生机を四台使って、大きな長方形を部屋の中心に作ってある。


 互いに向き合うように座った二人は、じっと、数秒ほど見つめ合った。いや、睨み合った、というほうが適切だろうか。


 砂坂は両肘をついて、掌を重ね合わせた姿勢で、その視線を柊から自分の使っている机の天板に向けると、ぽつぽつと語りだした。


「昨日は、ちゃんと眠れたかな?」

「え、ええ、まあ」


「それは良かった。冬原さんも、君が居てくれて一安心だったことだろう」

「そうであれば、とても嬉しいです」


 このまま、どうでもいい世間話を続ける気なら、そうそうに退室してやろうか。


 半分ぐらいは本気でそう考えていたが、砂坂が、思い出したというような口調で、下着泥棒の件について触れてきた。


 それについて、柊は前のめりになって応じる。


「はい、髪の長い男だったと思います」

「長い、というのはどれくらいの?」


「そうですね、多分、私より少し短いくらいでしょうか」と、半身になって自分の長髪を参考のために彼に見せる。


 砂坂はそれを見ると半笑いの顔で、「うん、手入れの行き届いた美しい髪だ」と気味の悪いことを言ってのけた。


 嫌悪感を隠さず、無言で睨みつける。


 きっと、後ろの教師もそんな顔をしていたのだろう。


 砂坂は、柊の背後に向けて軽く片手を上げ、心のこもっていない謝罪をしてから、再び本題に戻った。


「そういえば、顔は見たかい?」

「ぼんやりとなら…。でも、描けと言われたら無理です」


「…君は、絵を描けるのかな」

「あ、いえ、描けません。すいません、似顔絵的なものを描くのを想像していたもので」


 プロ相手につい浅い知識で答えてしまった、と柊は少しだけ恥ずかしくなる。


 砂坂は、雰囲気の良い笑顔を浮かべて、「モンタージュかな?ああいうのはプロがするから、大丈夫だよ」と答えた。それで、少しだけ気が紛れる。


「だけど、随分無茶をしたんだね。ベランダから飛び降りて、男を全力で追いかけたんだったかな?」


 教師がいる手前、そういう一面を知られるような質問は避けたかったものの、今となっては仕方がない。


 とりあえず軽く頷いて、話を受け流す。


 砂坂は、少しの間、柊の無謀な行動を諭していた。やがて静かになると、一息吐き出しながら、膝に乗せていたらしき手帳を開いた。


 昨晩、捜査で使っていたブラウンの手帳のようだが、どうして今更になって取り出したのだろうか。


 彼は一度だけ背後の教師に目をやると、途端に目つきを鋭くして、柊の表情を観察し始める。


 明らかに、雰囲気が変わった。

 どうやら、本題はここからというわけだ。


「君は、ベランダの手すりを掴んで、外に飛び降りたんだよね」


 だから、そう言ったじゃないか、という言葉は呑み込んで、丁寧に相槌を打つ。


「そのときに、何か手すりについていなかったかい?」


 砂坂の質問に、そういえば冬原がそんなことを言っていたな、と思い出す。

 ただ、そのときのことは正確に話しておこう、と冷静に判断し、自分は気づかなかったと正直に答える。


 すると、彼はさっと手帳に筆を走らせた。

 一体、こんな証言が何の役に立つのか。甚だ疑問である。


「念の為に確認なんだけど、柊さんは昨日、現場に入ってないんだよね」

「はい」

「どうして?」


 意図の分からない愚問に、軽い苛立ちを覚える。それでも、教師の存在を意識して、とにかく礼儀正しく答える。


「それは、現場の保存、なんて言葉を、ドラマや本でよく見聞きするからです。何より、本当に死んでいたらと思うと…。確認しに行く気にもなれませんでした」


「…そうだね、普通はそうだ」


 一体、何を言いたいのか…。未だに彼の目的が掴めない。


 別に形式的に事情聴取をしに来ただけで、子供の意見など、参考にする気もないのかもしれない。

 そう決めつけようとしていたとき、砂坂が今までと同じような口調で質問をした。


「君が下着泥棒を追いかけ回したのは、時間にすると、大体どれくらいだったと思う?」


 パッ、とあの日の記憶を掘り起こして、体感時間を簡潔に伝えた。


 彼は、それを聞くとまた手帳にメモを取った。


「ところで、君が戻ったとき、冬原さんはどこにいたんだった?」


 それぐらい覚えておけよ、と答えるのが億劫になりつつも、トイレの前で蹲っていたことを伝える。


 すると、砂坂は念押しするように、何度かその答えを繰り返し、ついには、「間違いなくいたのかな?」と言った。


「いや、居ましたよ。間違いなく」少し語調が強くなる。


「じゃあ君は、どうして冬原さんは隣の部屋に入ったんだと思う?」


「だからそれは、変な物が手すりについていたからで…」


「君だったら、それだけで隣の部屋に勝手に入るかい?」


「…鍵、朝から差さったままだったとも言ってたから。不審に思っても、おかしくないんじゃない…ですか」


「それなら、君は入るか?下着泥棒を追いかけてくれた友人を、夜中に一人放っておいて?」


「…あの、何が言いたいんですか」


 なんだ、雲行きが怪しい。

 少し聞くだけ、だと?

 これじゃあまるで、尋問じゃないか。


 次第に苛立ちが抑えきれなくなって、柊自身の言葉遣いも、素の口調に近づいてくる。


「少し、冬原さんの行動が不審すぎる…と、こっちで話題になってね」

「不審…?」


 冬原の行動が?

 それはつまり…。


「気を悪くしないでほしい。遺体は、死後二日は経っていたから、彼女がそのとき部屋に入って、殺した、とは当然ながら、私たちも思っていない。

 ただね?君の大事な友だちだということは分かっているが、我々警察としては、どんな可能性も潰しておかなければならないんだ」


 こいつら、まさか、冬原を疑っているのか。


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