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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
五章 崖下のディープブルー

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どうか、知らないふりをして 3

 畳み終わった衣類を片付けた冬原は、時計を眺めて、寝るかどうか尋ねてきた。


 時刻は、もう零時前。


 いつもならもう少し起きているが、今日は色々と慣れないことばかりで、柊は疲労感を覚えていた。まあ、冬原よりは遥かにマシだろうが。


 就寝を意識すると、急に目蓋が重くなって来た。


 冬原の言葉に賛成して、敷布団をお願いする。

 すると、冬原はそのお願いに対して、驚いた顔つきをした。


「ごめん…。敷布団なんて持ってない」

「え、ちょっと、それじゃあ私は、どこで寝たらいいのよ…」


 柊が困ったように尋ねると、冬原は、じっと自分のベッドを見つめ、何か言いたげに沈黙した。


 その横顔に、彼女が何を迷っているのかピンときて、すぐさま遮るように口を挟む。


「ま、まあいいわ。毛布さえあれば、フローリングでも構わないから」


「ご、ごめん…。毛布も、これしかない」

「え、ええ…。何でよ」


 そこで冬原は、意を決したようにこちらを向いた。何を言われるか分かっていた柊は、反射的に反論を口にしていた。


「無理よ。狭いじゃない」

「まだ何も言ってないよ」

「その顔を見れば分かるわよ。とにかく、仕方がないから、もう炬燵でいいわ」


 柊は、何度も首を左右に振り、冬原から逃げるようにベッドから離れた。そして、炬燵のほうに移動して、そこに足を突っ込んで寝転がる。


 まあ、寝心地が悪くないと言えば嘘になるし、こんなところで寝ても、絶対に疲労は取れない。それどころか、逆に全身が痛くなるだろう。


 勝手に泊まると宣言したのは自分だから、文句は言えないのだが、まさか、寝具が一人分だけとは。


 私たちの年頃で一人暮らしならば、親が泊りがけで様子を見に来たりしないのだろうか…。


 ベッドのそばに立っていた冬原は、困ったような顔で、ベッドと柊のほうを見比べた。

 やがて、黙ったまま柊の隣に座り込む。


「何をしてるのよ?アンタはあっち、私はこっち」

「も、申し訳無さ過ぎるよ…」


「だからって、冬原もこっちに来たら意味ないじゃない。いいから、自分のベッドに戻りなさい」

「柊がここで寝るなら、私もここで寝る」


 まるで小さな子どもだ、と柊は苦笑いを浮かべた。


 幼子に言い聞かせるように告げても、冬原は黙ったまま、頑としてその場を動かず、かといって寝転がるわけでもなく、照明のリモコンを片手に膝を抱えている。


 これでは埒が明かない。


 大きくため息を吐いて、炬燵から這い出る。


 柊は立ち上がって、冬原の肩に軽く手を置いた。


 まだ幼子扱いが続いているようだと自覚しながら、今夜ぐらいは仕方がないさ、と自分を説得する。


「ほらもう、ちゃんとしたベッドで寝るわよ」


 冬原が立ち上がる気配を背中に感じながら、ベッドに移動する。


 勝手に布団に入るもの憚られて、彼女を待つ。


 眠いのか、妙な笑い顔を浮かべた冬原が、先に壁際のほうへと体を滑り込ませた。


 そのまま、意識を失ってしまうのではないか。

 冬原は、しきりに瞬きを繰り返している。


 冬原の隣に、少し離れて潜り込む。


 ほとんど眠りに落ちたような顔つきで、冬原はこちらを向いていた。


 とりあえず、彼女の手から照明のリモコンを奪い取り、電気を常夜灯に切り替え、ヘッドボードにリモコンを乗せる。


 目から得られる情報が少なくなる。


 相対的に、それ以外の五感が鋭敏に研ぎ澄まされていく。


 自分のすぐそばにいる、冬原の呼吸。

 どこかで嗅いだ、花のような香り。

 体が沈み込む、柔らかなマット。


 ――…駄目だ、どうにも寝付けそうにない。


 薄闇の中で、冬原の瞳が開かれるのがぼんやりと見える。


 何か言いたそうにゆっくりと、私の瞳にその自らのぼんやりとした光を重ねてくる。


 美しい、今にも消えそうな光。


 だが、何故だかその視線が重たくて、柊は毛布を独り占めしないように気をつけつつ、体を反転させ、背中を向けた。


 背中に、冬原の視線をひしひしと感じる。

 目を強くつむり、早く寝ようと努めたのだが、ひしめく静寂に、耳が痛くて眠れない。


「柊」と自分の名前を呼ぶ声が、背中越しに聞こえた。


 先ほどの静寂が嘘のように、様々な音が蘇る。


 隣室から聞こえる、捜査官の声。

 冷蔵庫の駆動音。

 表を通る、車のモーター音。

 毛布の擦れる音…。


 ざわめきの使者からの呼び声に答えるようにして、色んな音が周囲に湧いてくる。


「…起きてる?」


 冬原の、夜をそのまま言葉に変えたような落ち着いた声音、自分の心臓の鼓動…。


 寝たふりを続ける柊の背中に、独り言のように淡々と続ける。


「私にも…、あるよ」


 起きていると気づいているのか、それとも、そんなこと自体、彼女にとってはどうでもいいのか。


 自分にどうしてほしいのかも分からず、聞こえないふりを続ける。


 冬原のジャージが小さくて、喉元が苦しい。

 苦しいまま、彼女の言葉を待つ。


「誰にも言えない、秘密」


 あぁ、心臓がうるさい、呼吸がしづらい。


「…柊にも、あるの?」


 くそ、もういっそ、心臓よ、止まれ。


 逃げ出したい私の体ごと、止まってくれ。


 表面上では寝たふりを続けながら、心の底ではガタガタ震えている。


 すると、それから間もなくして、規則的な寝息が聞こえ始めた。

 冬原が眠りに就いたのだと分かり、安心する。


 意味が分からない、と誰に対してか取り繕う自分と、その背後で震えたまま、冬原に謝る自分の存在を感じた。


 アンタの秘密なんて、どうせ、ちょっとしたことなんでしょ。

 どんなものだって、鼻で笑ってあげるわ。


 …そうよ、私のものに比べれば。


 さっきは、何も答えなくてごめん。

 二度も逃げ出して、ごめん。


 でも…、どうか、何かに気がついたとしても、貴方も知らないふりをして。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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