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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
四章 死の献花

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ジレンマ 1

 どうして、月曜日というのはこんなにも気怠いのだろう。


 何千回と繰り返して、ルーティンと化しているはずなのだが、やはり、何度経験したって、この休み明けの倦怠感は慣れない。


 取り留めもないことを考えながら、冬原は自宅の扉を開けて、外側から鍵を閉めた。


 まだ、学校が始まるまでは余裕があった。

 ただ、今日は前日一日中ダラダラとしていて、お弁当を作っていないため、コンビニに寄って、お昼ご飯を買っていく必要があった。


 あまりのろのろしていては、途中からダッシュしなくてはいけなくなってしまう。

 それは絶対に避けたい。


 バックを肩に掛け直して、歩きだそうとした瞬間、冬原の視界に気になるものが映った。


 隣室の扉に、不用心にも鍵が刺さったままになっているではないか。


 鍵に垂れ下がっている、何のキャラクターか分からない奇妙な生き物が、風に吹かれて左右に揺れている。


 うわ、どうしよう…。


 出来ることなら、知らない人と話すような真似を、月曜日の朝からしたくない。


 だが、と冬原は迷惑そうな顔をしたまま、隣室のインターホンに近づき、ボタンに指を伸ばした。


 ここで見てみぬフリをして、隣の人が泥棒にあったり、空き巣に入られたりすることがあっては可愛そうだ。


 さらにいえば、あの鍵にはオートロックを解除する機能だってあるわけだ。


 オートロックだって完璧ではない。

 誰かが開けたタイミングで中に入ることだって、業者として尋ね、中に入ることは容易い。


 そんな人間が鍵を持ち去ったら、自分だって他人事ではない。


 冬原は躊躇うようにして指を戻したが、決心を固めてボタンを押した。


 しかし、押してからになって、何を話せばいいのか考えていないことに気が付き、慌てて語るべき言葉を考える。


 おはようございます、鍵挿しっぱなしでしたよ。


 いやいや、先に名前を名乗るべきか?


 隣の冬原です…。


 どうしよう、焦れば焦るほど考えがまとまらない。


 だが、彼女の焦りを嘲笑うかのように、いつまで経っても中の住人は応答しなかった。


 しょうがなくもう一度だけ呼び出しボタンを押すが、やはり何の反応もない。


 こうなるとは予測していなかったので、更に面倒なことになった、と冬原は顔をしかめて、小さくため息を吐きつつも、鍵を抜き取った。


 ぶら下がっているキャラクターを観察するが、やはり何の生き物か分からない。


 一先ずポストに入れてから、念のため、管理会社に連絡を入れておこう。


 そこまでしておけば、自分の責務を果たしたといっても、過言ではないだろう。


 アパートを離れながら携帯を操作し、管理会社に電話をかける。幸か不幸か、まだ始業していないようで留守番電話に切り替わった。


 電話自体好きではないので、実際に誰かと話すよりかは、留守電に要件を吹き込むほうが気が楽だ。


 先ほど用意していた台詞を少しだけ変えて録音し、すぐさま通話を切った。


 以前の自分なら、こんなことはしないだろう。


 最近は、例の二人のせいで喋る機会も多くなっているから、こんな自分らしくもないことをしたのだろうか。


 コンビニを目指しながら、上の空でそう考えた。


 中に入ると、あの苦手な店員と目が合ってしまい、思わず顔を背ける。普段は夜の時間帯にしかいないから、油断していた。


 どうにも、目つきと話し方が気になる。

 何よりも、お釣りを渡すときに手を握ってくるのが不快でならない。


 冬原は日頃は見せない機敏さで品物を手に取り、彼のレジに並ばなくて済むようにタイミングを見計らって、会計を行った。


 あの粘着質な視線は、彼がレジを打っている間も、こちらに向けられている気がした。


 そんな不愉快な気分のままコンビニを出て、数分ほど歩いたら、もう学校は目の前にあった。


 距離が近いのは、やはり便利で良いことだ。ただ、少し考え事をしたいときには、この近さが仇になるときもある。


 考え事というのは、言わずもがな、先日の『下着泥棒』とやらの件である。


 個人的には、自分の留め方が甘くて風で飛んだのだと思うのだが、あの二人が――特に柊がうるさかったため、一応、警察に電話しようかと考えていた。


 しかし、調べてみると被害届を出すのに、かなり手間と時間がいるらしい。

 それで面倒になってしまい、途中で止めてしまった。


 これを直接二人に伝えれば、バッシングを受けるのはまず間違いない。


 どうするべきか…、と頭を捻っているうちに教室に着いてしまう。


 一先ず、何も聞かれないことを祈りながら席に着く。


 いつも自分はHR開始五分前とかに到着するので、ほとんどのクラスメイトは自分よりも先に着いており、当然、柊も綺羅星も教室に居るのが常だった。

 しかし、珍しく綺羅星はまだ登校していないようであった。


 席に着くや否や、いつもの感じの良い笑顔を携えて柊が近寄ってくる。


「おはよう、冬原さん」

「お、おはよう」


「冬原さん、今日もギリギリなのね、たまには余裕を持って来ないと、危ないわよ?」


 何が危ないのか聞きたくなったが、冬原が返事をする前に、ぐっと柊が顔を寄せた。それから、耳元近くで囁く。


「アンタ、例の件、ちゃんと警察に相談したんでしょうね?」


 地の底から響くような声に、思わず体が震えそうになる。


 だが、多少は真剣に心配しているらしい柊の顔を見て、あまり怯えっぱなしも申し訳ないな、と反省する。


 ただ、よくよく考えれば、それも全部彼女のせいではないかと気づき、冬原は目を逸らしたままで返事をした。


「れ、例の件って、何のこと?」

「惚けんじゃないわよ、下着泥棒よ」


 少し声が大きい。

 誰かに聞かれたら、ある意味自分も柊も終わりだ。


 困った顔をして口元に指をかざし、それを言外に伝える。


 それには柊も素直に納得したようで、さっと周りを見た後小さく頷いてから、顔を離し、優雅に微笑んだ。


「それじゃこの話はまた昼休みね」


 一体、どこからそんな声が出ているのだろう。

 先ほどまでの低い声とは、まるで別人ではないか。


 不思議に思いながら、その後ろ姿を見送った。


 そうこうしている間にHRが始まったのだが、それでも綺羅星は姿を見せず、出欠確認時の担任の反応から鑑みるに、学校に連絡を入れている様子でもないようだった。


 風邪だろうか。


 一応、綺羅星のことを心配してみるものの、連絡先なんて知らないし、自分に出来ることはなさそうだ。


 そもそも、綺羅星は、とても風邪なんて引きそうには見えない。


 授業の合間の時間に、他のクラスメイトから綺羅星が休んでいる理由を尋ねられた。何も知らない自分は、首を横に振るしかない。


 四限を終えても彼女は姿を見せず、流石に心配になってきた。


 大丈夫だろうか、と上の空で考えているうちに柊が冬原の席にやって来て、これまた上品な顔つきで口を開いた。


「綺羅星、今日は家の都合でお休みなんですって」

「あ、そう・・なんだ」


 家の都合…。


 綺羅星の家がどうなっているのか、全く想像できない。


 家族と仲良く住んでいる、というよりも、霞でも食べて一人で暮らしている、と言われたほうがよっぽど納得できる。


「冬原さん、今日は別の場所で食べましょうか?」

「え、ど、どうしてですか?」


 明るい表情の柊へ反射的に問い返すも、柊は顔を近づけ、ドスの利いた声で、「いいから来なさい?」と首を傾げた。


 声と顔が釣り合っていない様子に怯んだ冬原は、大人しく頷き、彼女の後をついていくしかなくなってしまうのであった。


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