女の子の自覚 2
この章はここで終わりです。
これからは、物語が中盤に入り、
彼女らの『秘密』の部分に焦点が当たります。
ようやく、冬原に引き倒されたのだと気付く。
驚きつつも、眉間に皺を寄せて咎める。
「ちょ、ちょっと痛いじゃない」
「人の下着でからかって楽しいの!」
「からかってなんて…」
「言い訳?そんなの、聞きたくない」
「何よ…、元から聞くつもりないじゃない」
「大体、同じ女の子なんだから、恥ずかしいのは分かるでしょ」
「いや、まぁ…、それは…」
「綺羅星さんはまだしも、柊さんまで」
「…な、何でアイツは良いのよ!おかしいじゃない」
「綺羅星さんは、どうせ馬鹿だからいいの」
「冬原さん、ちょっと待ちなさい」
「まあ…そうね」
半ば暴走気味の冬原から、火の粉が飛び火した綺羅星は、冷静な声音で口を挟んだのだが、二人とも揃ってスルーしたため、虚しい沈黙を余儀なくされた。
馬鹿というか、無神経というほうが的確だと思うのだが…。
渋い顔をして考えつつも、崩された姿勢を戻して姿勢良く立ち上がり、逆に冬原を見下ろす。
「柊さんだって、私に下着見られたら恥ずかしいでしょ」
「…なんかそれは話が違わない?」
「違わないよ。見せられるの?ねぇ、今見せられる?」
「わ、悪かったわよ。謝るから、その手を下ろしなさい…」
下着を見られたのが、よっぽど恥ずかしかったのであろう。
初めて、冬原がこんなにも感情を荒立てているのを目の当たりにした。
なるほど、大人しい奴ほど、怒ると何をしでかすか分からない、ということか。
別人のように顔を険しくし、頬を膨らませた冬原の瞳から、さっと逃げるように目を逸らした。
私が罵ったり、叩いたりしていた頃は、怒るどころか怯えて、口を閉ざしてばかりいたのに。
それが、今じゃどうだ。
冬原がこんなふうに自分へ歯向かってくるなんて予想できず、その勢いにやや圧され気味になる。
一度咳払いをして、気を取り直す。それから、冬原をなだめるような口調で説明する。
「冬原、よく聞いてね、貴方の下着についてなんだけど――」
「知らない」
子どもじみた拒絶の言葉に、こめかみがピクリと脈動する。
柊は、小汚い台詞を吐きかけたが、何とか堪えて無理やり話を続ける。
「あれで全部?」
「違うに決まってるじゃん。なに?私が今、下着を着けてないって言いたいの」
コイツ、随分と饒舌になれるではないか。
次第に苛立ちが込み上げてきた柊だったが、それが態度に出る前に、綺羅星が、横から酷く冷めた口調で言葉を挟んだ。
「干している下着の数よ」
冬原は、強張った表情を一転させて、不思議そうにカーテンの隙間から外を覗いた。
やがて、慌てた様子になって、窓を開けて外へと飛び出す。ベランダから周囲を見渡す。
情けなく、キョロキョロしながら小声で何かを呟いている彼女は、もう先刻の生意気な小娘とは別人だった。
そして素早く、下着や靴下の掛かっていた物干しを手に室内に戻ってくる。
さっきまでの羞恥心はどこへいったのか、思い切りそれをベッドの上に広げて、一つ一つを確認してから、肩を大きく落とす。
「ない」
「やっぱり、足りないんでしょ」
「と、飛ばされたのかな…」
「それはいつ掛けたのかしら?」と腕を組み、目を閉じた綺羅星が囁くような声で尋ねた。
「え、え…と、昨日の夜、かな」
「じゃあ違うんじゃない?風、そんなに強く吹いてなかったし…。というか、パンツだけ飛ばされるのも不思議でしょ」
「ぱ、パンツって言わないで…」
事実は事実だろう。
威勢の良かった彼女を思い出して、少し懲らしめたくなる。
だが、俯いて、困ったような横顔を覗かせていた冬原が発した言葉を聞いて、柊はそれどころではなくなった。
「はぁ…、今月はもう二回目だよ…」
「ちょっと待って、アンタ今何て言った?」
聞き捨てならない単語を、嘆息と共に吐き出した冬原。
柊の質問に対して、怯えたように肩を揺らした冬原は、眼球を左右に振って、逃亡経路を探すような仕草を取った。
しかし、答えるまでは視線を逸らさない、と鬼気迫る柊を一度だけ横目で見て、諦めたように大人しくなる。
その様はまるで、首元に食らいつかれた草食動物が、弱々しく力を失っていく過程を切り取ったようだ。
いつの間にか、少しだけ離れたところで回転椅子に深く腰を下ろしていた綺羅星は、どこから取り出したのか、また本を読み出していた。
それが、いかに彼女が自由人なのかをハッキリと示している。
依然として、単純なことも答えようともしない冬原を急かすために、腕を組んで人差し指で二の腕をリズミカルに叩く。
それを上目遣いに確認した冬原は、ようやく怯えた声で喋り始める。
「こ、今月は、もう二回目」
「アンタ…、それって…」
呆れと怒りがミックスされた感情を声に乗せた柊の言葉に対して、補足するように綺羅星が口を開く。
「飛ばされたのではなくて、盗られたのでしょうね」
その機械的な響きを含んだ言葉に、顔を真っ青にした冬原は、「な、なんで?」と間抜けな問いを浮かべた。
だが、綺羅星は本から目を離さないままで、かすかに口元を歪めると、「さあ、私は馬鹿だから分からないわ」と嘲笑うように答えた。
大人げない奴だ。
綺羅星を見つめていた柊は、不意に自分のスカートが引かれる感触に、振り向いた。
そこには、上目遣いをして、綺羅星の代わりに自分へと返答を求める冬原の姿があった。
冬原の、小賢しい愛らしさに、うっ、と柊は喉を詰まらせる。
複雑な気分になってしまったものの、とにかく、冬原の弛んだ警戒心を叩き直す必要はありそうだ。
「あのね、そもそも一人暮らしの女の子が、おいそれとベランダに、しかも一階に、下着を干したりするんじゃないわよ」
「…う、うん」
「アンタみたいに、自分は大丈夫って油断している奴に限って、いざ自分が被害者になったときには、震えているしかできないのよね」
「…そ、そこまで言わなくても…」
「アンタまさか…、さっきまでの自分の態度忘れたんじゃないでしょうねぇ?」
ぐうの音も出ない反論に、冬原は俯き、無言のままに首を横に振った。
そんな様子に毒気を抜かれた柊は長息を吐くと、視線を彼女から逸し、天井へと向けて苦笑交じりに呟いた。
「まあ、次から気をつけなさい。大体、冬原みたいに気の弱そうな人間は、何だって狙われやすいんだから」
そこまで口にしてから、柊は、目の前の少女が、とても複雑な視線を自分に向けているのを見て、彼女が何を口にしたいのかを悟った。
一つだけ咳払いをして、その場を誤魔化す。
ただ、彼女の黒い瞳が、『貴方もそうだものね』と責め立てているような気がして、柊は居心地の悪さをまざまざと感じた。
突然二人の間に流れた重苦しい静寂が、まるで、柊と冬原を繋ぎ止めていたものを思い出させる鎖のように思えたのだった。
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