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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
三章 だって、自分のことも分からないから。

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女の子の自覚 1

 その後、落ち着きを取り戻した冬原は、当初の目的を果たすべく、慣れた手付きで冷蔵庫から卵を取り出した。


「目玉焼きしか作らないから」


 気のせいか、少しいじけたような声だ。


「えぇ、それだけじゃ足りないわ。ねぇ、私たち、育ち盛りでしょう?」


 ぎゅっと胸の前で腕を組むことで、その同年代とは思えないグラマラスさが際立つ。


 台詞も相まって、強調しているような印象を抱く。


 冬原は、不満を漏らす綺羅星を無言のまま一蹴して作った目玉焼きを、炬燵の上に並べた。


 一度キッチンに戻って、割り箸やらコップやらを手にして帰ってくる。


 柊は、そわそわした心地で、冬原の左側に腰を下ろす。

 炬燵に足を突っ込んだのだが、さすがにこの時期は、まだ電源が入っていない。


 いただきます、と三人で手を合わせる。

 そして、目玉焼きをあっという間にぺろりと平らげた。


 味はまあまあだ、と告げておいたが、控えめに言っても美味しかった。


「美味しかったわね」


 そう言いながら、自分と並んで皿洗いをする綺羅星を横目で睨みつけ、無視して作業を続ける。


 水道水が随分と冷たくなったものだ、とぼんやり考えながら、奥の部屋で、座椅子に深々と座り込んだ冬原を一瞥する。


 学校が終わると冬原は、あんなふうに寛いでいるのか。

 一人きりで、寂しくないのだろうか。


「ねぇねぇ」


 綺羅星が、濡れた手でこちらの肩を叩く。


「あのねぇ、濡れた手で触るんじゃないわよ」と冷たく言い放ってから、「で、何よ」と改めて聞き返す。


 彼女は、また例の小憎たらしい笑みを浮かべると、白い泡の付いた指先で、部屋のほうを指差した。


 とりあえず、その先を見やるが、やはり、何に注意を払ってほしいのか理解できず、もう一度、綺羅星に淡白な口調で問いかける。


「だから、何よ」

「窓の奥、カーテンの向こう側を見てみて」


「はぁ?外ってこと?」

「そうそう。きっと喜ぶわ」


 納得できる理由も提示しない彼女に、多少の苛立ちを覚える。

 だが、あまりにも綺羅星が目を輝かせるので、仕方がなく、外を凝視した。


 初めは、何が言いたいか分からなかったが、すぐさま彼女の意図を察し、思わず柊は、綺羅星のお尻を、平手で引っ叩いて大声を出してしまった。


「馬鹿じゃないの!」

「きゃっ」


 小気味の良い音と共に、綺羅星の口からは聞いたこともない間抜けな声が漏れた。

 向こうで、伸び伸びとしていた冬原が驚きに立ち上がる。


「何をするの!」

「それはこっちの台詞よ!なんてもの指差すのよ!」


「いいじゃない、私は貴方のためを思って…」とわざとらしく、胸に手を当てて切なそうに囁く綺羅星。


 手に泡が付いていたことで、彼女の制服に、白い雪花が咲いた。


「ど、どうしたの?怪我、とか?」

「ああもう、いいからアンタは向こうに行ってて!」


 あろうことか、部屋主を追いやろうとする柊。

 冬原は、納得できない様子で口を閉ざし、二人を見守る。だが、続けて綺羅星が口にした言葉で、頬を染めることとなった。


「ごめんねぇ?冬原さん、彼女、アレを見て興奮しているのよ」


 綺羅星が指差す方向を目で追った冬原の目には、ベランダの向こうで揺れる、自分の下着が映った。


 己の下着をネタにして言い争いをしていたことに気がつくと、冬原は頬を染めたまま、じっとりとした視線を柊に送った。


「な、何よ!私じゃないって、コイツよ、コイツ!」


 諸悪の根源を指差し、懸命に、自分の責任ではないことをアピールする。


「もう、人を指差ししないでもらえるかしら?」

「…人の下着も、指差さないでください」


 混沌としてきた状況に、冬原と柊は、頭痛がしてくる心地だったのだが、不意に綺羅星が真面目な顔をして、「あら?」と声を上げた。


 さっと、泡を水で落とし、ベランダの方へと近づいていく。


「ちょ、ちょっと待って、やだぁ!」


 その背中を、大きな悲鳴を上げながら追っていく冬原について、柊も移動する。


 綺羅星は、迷いのない手付きでカーテンを開くと、風の中に舞う花びらのように、ひらひらと揺れる冬原の下着を、真剣な眼で見つめ低い唸り声をこぼした。


 どうせまた、理由の分からないことを言うに違いない。


 柊は眉をしかめて、彼女の言葉を待っていた。ただ、その間も、あまりに無防備にさらされた下着に、意識が吸い寄せられては、我に返ってを繰り返していた。


「もう、もう!いいでしょ、早くカーテン閉めてよ!」


 珍しく大声を出す冬原に同情を感じていると、綺羅星が、今二人の存在に気がついたかのように目を丸くした。それから、首だけでこちらを振り返る。


「正直に答えてほしいのだけど…」

「いいからカーテンを閉めて!」


 彼女の必死な言い分を無視した綺羅星は、冬原の身体を、つま先からつむじまで観察して首を捻る。


「貴方…下のほうの下着は、着けない主義なのかしら?」


 不意に出た正気とは思えない発言に、冬原は彼女が出せるだろう、最大音量で文句を吐きながら、綺羅星の腕を引っ張った。


「そんなわけないでしょ!!」


 予想外の音量が、耳を塞げなかった柊の鼓膜に響き渡り、立ち眩みを感じて、ふらりとよろめく。


 正直言うと、柊は、そんな趣味が彼女にあるのか…、と興味津々で聞いていた。


 だが、表面上は決して関心のあるフリは見せず、呆れたような顔つきを崩さぬままで、ぶら下がる下着を見やる。


 一体どうして、綺羅星があんなことを言ったのか。

 疑問に思って、よくよく洗濯物を観察する。


 シャツが何枚かハンガーに掛けてあり、靴下や下着が、複数セットでまとめて掛けてある。


 白、白、桜色、桜色、水色、黄緑…パステルカラーがメインの下着ばかりで、意外に乙女趣味なところもあるらしいと、内心頷く。


 そうして、目でそれらが風にそよぐ姿を眺めていると、ふと違和感を覚え、窓に一歩近寄った。


「ん…?」


 妙だ…。

 セットが足りない。


 通常、下着は上下色を揃えて使用するものだ。

 だから、同色の下着は二種類あるのが普通だろう。


 もちろん、彼女がその点かなりずぼらなら話は別だが、几帳面な冬原しか知らない自分からすれば、とても不思議だった。


 そうした違和感を相手に伝えようとした瞬間、急にとても強い力で身体を引っ張られた。

 そのまま耐えきれず、勢いよく床に倒れ込む。


 両の掌の痛みに、悲鳴を上げる余裕もなく、驚きで目をパチパチさせて顔を上げる。

 すると、またも両隣の部屋に聞こえるのではないかと思えるような声が、頭上から降り注いだ。


「もう!信じられない!馬鹿!」


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