三角形のランチ 2
この章は、冬原の家での、交流パートになっております。
多少、冗長かもですが、お付き合い頂けると幸いです!
最近の彼女は、綺羅星に対し、多少は素直に感情表現をするようになった気がする。
迷惑そうなときや、からかわれたときは不満げにするし、たまに褒められることがあれば、一瞬だけだが相好を崩す。
自分と二人だけだった頃には見られなかった、彼女の色とりどりの表情に、かすかな苛立ちを覚える。
しかし、どこかやるせなさも覚えて、文句を言う気すら湧き上がりはしない。
もう随分、彼女に当たり散らしてはいない。
悪びれる気もなく、柊は冷静に考えていた。
別に罪悪感など覚える必要はない。
彼女は彼女で、言えば良かったのだ。
やめろ、とただ一言。
そうすれば私だって、冬原との時間を捨てて、元の安定した毎日を送ったはずだ。
下手に冬原が私といたから、こんなことが続いたのだ。
私は、悪くない。
きっと、彼女だって…。
出口のない暗闇に向けて、意味があるとは思えない言葉を、まるで自分に言い聞かせるようにして吐き続ける。
こんなどうしようもない暗闇の先に、自分がいるとは思いたくもないが。
すると、唐突に背中を叩かれて、飛び上がりながらも柊は我に返った。
「ちょっと、着いたわよ。何をぼぅっとしているの?」
そう言われて目の前の景色に意識を戻す。
三階建てのアパートが、真正面に建っていた。
冬原は、未だ不満げな顔つきのまま鍵を取り出すと、入り口にあるよく分からない機械にそれをかざし、正面のオートロックのドアを開けた。
長い廊下を進む中で、同じデザインの扉が規則正しく並んでいた。
こんなにも多くの他人が、こんな近さに住んでいるというのは、何だか不気味である。
落ち着かないのではないか、と思ったが、慣れるものなのだろうな、とすぐに興味を無くす。
冬原は、奥から二番目の扉の前に立ち止まった。
ほんのりと顔を赤くして、何度か地面と、柊たちを見比べてから口を開いた。
「か、片付けるから。入ってこないで」
重そうなドアをほんの少しだけ開けて、冬原は中へと身体を滑り込ませた。
二人は初めて、冬原が強い口調で拒否を示したのを聞いて、かすかに目を丸くしている。
すると、綺羅星が何かを言いたげに微笑み、こちらを見つめていたので、柊は思わず、「何よ」と刺々しい語気で尋ねた。
「今の聞いた?可愛いわね、彼女」
そんなくだらないことを言うために、こいつは。
「それがどうしたのよ」
「あら怖い」
「いちいちおちょくらないで」
「だって、こういうときの貴方って面白いもの」
「馬鹿馬鹿しい」
「さしずめ、初めて恋人とお部屋デートするみたいな顔ね」
また始まった。
柊は、あからさまに苛立った顔つきになって、廊下に響くような大きい舌打ちをした。
「いい加減そういうの、やめなさいよ」
「大きな声を出さないで、周りの人に迷惑よ」
「アンタが…!」
小馬鹿にした様子で自分と言葉を交わす綺羅星に、憤りが破裂しそうになったところで、部屋の扉が内側から開いた。
怪訝そうに二人の顔を眺める冬原は、「どうかしたの?」と呟いた。
こちらが一瞬言葉に詰まったうちに、綺羅星が笑って誤魔化す。
「入っていいのかしら?」
「え、あ、うん…。お願いだから、色々とあさったりしないでね」
「そう言われるとしたくなるわね」
「もう、本当にやめてよ」
仲睦まじい様子で、躊躇なく足を踏み入れた綺羅星の背中を目で追いながら、柊はその敷居を跨げずにいた。
入り口から覗けるキッチンは生活感が漂っており、昨日何を食べたのかまで、想像できてしまいそうだ。
まあ、実際は全く検討もつかないのだが。
冬原は、立ち往生している柊を不思議そうに見つめた。
小首を傾げて、「は、入らないの?」と尋ねたので、柊は緊張した様子で、「お邪魔します」と呟き、中へ入る。
狭い玄関でほとんど密着した状態の冬原が、少しだけ申し訳無さそうに眉を曲げた。
「ごめんね、散らかってるけど」
その声が、直接体を通して脳を震わせたような錯覚を覚えて、声も出せないまま、首を左右に振る。
中では、先に奥の部屋に足を踏み入れていた綺羅星が、初めて遊園地に来た子供のようにはしゃいでいた。
「まぁ、貴方の部屋、とても女子高生の部屋には見えないわ」
「べ、別にいいでしょ…。ほっといてよ」
確かに彼女の部屋の家具は、本が並んでいる縦長の棚が二つと、スライド式の大きな本棚が一つ並んでいる以外は、炬燵とベッド、回転座椅子だけであった。
その他には大した雑貨はおろか、テレビや時計もない。
携帯一つで色んなことができるようになったこの時代では、その代償に多くのものが家庭から消滅している。
遅れて入室した柊は、さっと部屋の隅々に観察すると、自分を落ち着かせるように深呼吸した。だが、突然困ったような表情になって、鼻を何度か鳴らした。
それを目聡く見つけた冬原は、顔を赤らめて、「え、な、なんか、に、臭うの…?」と挙動不審な動きをしながら早口で言った。
その顔つきに、不覚にも柊は、歳相応の可愛さを感じてしまい、さっと目を違う方向へと向けた。
かえってその態度が、冬原を不安にさせて、顔が紅潮する。
「別に、しないわよ。普通、普通」
「ほ、ほんと…?」
「そ、そりゃそうよ。…何よ。そんなに不安なら、アイツにも聞けばいいでしょ!」
冬原は、ちょっとしたパニックに陥っているのか、柊の荒々しい物言いにも怯むことはなかった。
綺羅星のほうを振り返って、目だけで問いかける。
綺羅星は、冬原の意図を察すると、安心させるように上品に微笑んで頷いた。
それから、やや間を置いて、途端にいやらしい顔つきになった。
「ええ、冬原さんの、良い匂いがするわ。甘い、素敵な香り」
まるで自分の頭の中を読んだかのような一言に、ドクンと心臓が跳ね上がる。
それすらも分かっているような、綺羅星の不敵な面持ちに、背筋が寒くなった。同時に、顔が熱を帯びていくのを感じる。
冬原がその言葉をどう受け取ったのかは知らないが、彼女は、顔を真っ赤に染めたまま激しく動揺していた。
どうやら幸いにも、自身のことで頭がいっぱいのようだった。
それを確認した柊は、顔を厳しくしてジロリと綺羅星を睨みつけた。
目の前で奇妙な動きをしている冬原には、悟られぬよう、強く歯ぎしりする。
綺羅星のヤツ、忌々しい…。
彼女は勝手な思い込みで、私という人間を勘違いしている節があった。
自分と冬原の点と点を、そうした恋情じみたもので結びつけようとする。
それが、不愉快でならない。
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