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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
三章 だって、自分のことも分からないから。

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だって、自分のことも分からないから。 2

 追求がないよう祈りながら、窓枠にもたれかかり、もう一度窓の外へと視線を投げる。


 視界の隅で、依然としてこちらを見つめたままの綺羅星の姿が確認できて、鼓動が締め上げられるように高鳴っていくのを感じる。


 どうかこのまま、何も聞かなかったことにしてほしい。


 そんな空気を全身から発しているつもりだったが、綺羅星がそれを気にかけてくれるとは思えない。


 綺羅星が動き出す気配を感じる。


 どうやら冬原の気持ちなどよりも、彼女自身の好奇心を満たす方を優先するつもりらしい。


 綺羅星が、正義感や善意によって行動指針を立てているわけではないことは、学習済みだ。


 冬原の隣の窓枠に近づいたかと思うと、綺羅星は不意に飛び上がり、窓枠に腰掛けた。


 少しずれていたなら、落下ショーの開幕になるところだった。


 彼女は落ち着いた優雅な微笑みをたたえたまま、遠くの景色を眺めていた。


「確かに、こんなところで死んだらもったいないわね」


 言葉と表情がちぐはぐだ。


 綺羅星の清々しい顔は、ここで死んだってかまわない、と言っているようだった。


「…じ、冗談だから」

「そうなの?私は嫌よ、こんなところで死ぬの」

「誰だって死ぬのは嫌だよ、きっと」


「…そうかしら」

「そ、そうだよ…」


 彼女は冬原の言葉を聞くや否や、ぎりぎりまで張り詰めていた弦が切れるような勢いで声を発した。


「なぜ?」


 ぞっとするぐらい無機質で、冷ややかな声音だった。


 その一言で、急に、目の前にいる儚げな美女が、何者なのか分からなくなってしまう。


 冬原は、あまりにも彼女が恐ろしくて、顔を背ける。


「し、死んだら、終わりだから」


「終わることの、何がいけないの?」


「だ、だって、もう、死んだら何も出来ないよ」


「それは、生きていれば、何かが出来るということなのかしら」


「それはそうだよ、楽しいこととか、好きなこと、とか。生きていないと、これから起こるかもしれない幸せなことを、あ、味わえない」


「苦しいこと、つらいこと。これから起こりうる不幸の全てが、生きているからこそ、味わいかねないのでしょうに…」


「そんなこと、私に言われたって…」


「そもそも――」


 綺羅星は、矢継ぎ早にしていた質問をようやくそこで一区切りして、口を閉ざした。


 一体どうしたのだろうか、と彼女のほうを振り向く。


 すると、顔は外を向いたままで、瞳だけをギョロリとこちらに向けている綺羅星と目が合ってしまった。


 その瞳を見ているうちに、こんなところにいては、彼女に窓から突き落とされるのではないか、という滑稽な不安を感じてしまう。


 思わず、足早に窓枠から距離を取った。

 その間も、彼女の視線は食らいついたかのように、自分から離れない。


 綺羅星は、息を殺すようにして続く言葉を囁いた。


「貴方は今、生きていて幸せなの?」

「な…!」


 ありとあらゆる様々な感情が、胸の中で渦巻く。


 ぐっと、彼女の言葉を聞いて、お腹に力が入ってしまった。


 それは怒りを抑え込むためにも、泣き出すのを耐えるためのようにも感じられ、冬原は、自分で自分が分からなくなっていた。


 馬鹿にされている、とは単純に考えられない。


 どこまでも見透かすような、綺羅星の、灰の積もったエメラルドが、自分の澱んだ黒眼を覗き込んでいるのが分かる。


 冬原は、逃げ出したい気持ちに駆られた。


「言いたいことも言えない貴方が、幸せとは思えないのだけれど」

「べ、別にいいでしょ…!私のことなんて」


 綺羅星は、冬原から視線を外に移すと、つまらなさそうに、「そう」と呟いた。


 それから、ため息を吐き出しながら、「貴方がそれでいいのなら」と窓枠から下りて、元の机に戻ったかと思うと、荷物をまとめ始めた。


「か、帰るの?」

「ええ」

「な、なに、怒ったの?」

「…どうしてそう思うのかしら」

「…急に、帰るとか言うから」

「こんなことで、怒ったりしないはずよ」


 嘘だ、明らかに、先ほどまでとは態度が違う。


「はずって…」自分のことなのに、という言葉は飲み込むも、綺羅星には伝わったらしい。


「自分のことすら分からないのは、おかしい?」

「い、いや、別に…」


 綺羅星はまとめ終えた荷物を鞄に詰めると、太ももの高さにそれを携えて、すっと姿勢良く立ち上がった。そして、冬原に背を向けたまま、機械のように呟く。


「ただ…、そうね。自分のことも語らない人間が、他人を理解することは出来ない、とだけ伝えておくわ」


 そう言い残すと、綺羅星は資料室の扉を静かに開けて、音もなく去った。


 まるで初めから、ここには自分一人だけであったかのような静謐が広がる。

 自らの浅い呼吸の音が、やけにうるさく聞こえた。


「そんなの、貴方にだけは、言われたくない」


 負け惜しみのようにぼそりと呟かれた一言は、無関心な静寂の中に吸い込まれて、虚しく散った。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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