変化の兆し
ここまでで、二章は終わりになります。
お付き合いくださっている方々、本当にありがとうございます。
それから数日が経った。
冬原は時間が経てば、綺羅星も飽きて離れてくれるのでは、と淡い期待を抱いていたのだが、残念ながらそんなことはなかった。
彼女は昼休みになると、必ずと言っていいほど冬原の正面の座席に陣取り、元々の席の主を困らせていた。
それとは別に、輪をかけて冬原の迷惑となっていたのが、綺羅星とセットになって現れる柊であった。
今でこそきちんと会話しながら、持参したお弁当をつついているのだが、初めの頃は、席に座る前に一言二言挨拶を交わしたら、それ以降は一切お互いに喋らない、という地獄の時間が続いていた。
本当に、何のために食卓を囲んでいるのか不可解であった。
「それにしても…」とコンビニ弁当を食べ終わった綺羅星は、怪訝な顔つきで呟くと、続けて、「本当に無口なのね、冬原さんって」と告げた。
「確かに。何のために冬原さんのところでお昼を食べているか、分からなくなるわ」
勝手に居座って、私の安寧を奪ったくせにそれはあんまりだろう、と思ったのだが、よくよく考えなくとも、確かに自分が一番口数は少ない。
ただ、少しずつだが何かが変わり始めてはいた。
それを一体どう表現するのが適切なのかは判然としなかったが、二人の会話から刺々しいものが徐々に減りつつあった。
教室でも目を引く二人が一緒に過ごし始めたことで、皆が一様に、二人と関わりを持とうと躍起になっているように、冬原の目には映っていた。
普通に考えれば、スクールカーストの高位に位置していた柊と、明らかにその見た目だけで他を圧倒する綺羅星と共にいることは、今後の学校生活において、ある程度の地位を確約されるようなものであろう。
…いや、それはおかしい。
なぜなら、自分は未だにクラスメイトから、空気のように扱われているからだ。
やはり、現実はそう簡単ではないようだ。
思えば、と冬原は無言のうちに自問自答を始めた。
そうやって、自分たちの言葉に何の反応も示さない冬原を見た二人は、片眉を上げて肩を竦めた。
綺羅星と柊は元より、二人に影響された周囲でさえ、わずかとは言えど変化を見せ始めている。
だというのに、その強烈な暴風域を持って渦巻く風の、一番近くにいる私が何にも変わっていないのは、どうしてだろうか。
さしずめ、台風の目に位置しているかのように。
自分だけが時間に取り残され、相変わらず無言のままの、静寂な日々を送っている。
ちらりと二人のほうを窺い、耳を澄ます。
「今日の放課後はどうするのかしら」
「残念だけど、今日は生徒会が忙しいの。多分、放課後いっぱいは仕事があるわ」
「そう…」とぽつんと漏らすと、そんなことよりも、と一つ前置きしてから、綺羅星は柊を横目で見やり続ける。
「柊、貴方、その妙な喋り方どうにかならないの?どうしていつものように――」
「黙って」
秋も深まり、半袖では確実に寒いと感じるほどに気温も下がったこの時期に、柊は窓を全開にして、外の空気を楽しむように笑顔で深呼吸する。
「綺羅星みたいなサイコ野郎には分かんないんだから、余計な事、言わないでよ」と首を斜めに倒す。
いつの間にか、互いに呼び捨てで呼び合うようになった二人。
どうやら、仲良くなってしまったということだろう。
いや、別に良いことなのだが…。
というか、言葉遣いが汚い。
そんなふうに、愚痴の一つもぶつけたかった。しかしながら、自分と彼女らの間には、そんな気さくなつながりはないのだ。
「別にいいのに、そっちの貴方の方が自然で可愛いわよ」
「うるさい。そもそも、言葉遣いに関しては綺羅星に言われたくないから。何なの?その年寄り臭い喋り方、アンタの方が可笑しいでしょうに」
上品な笑顔で、高いトーンのまま告げる柊。
傍から見たクラスメイトは、柊がまさかこんな乱雑な喋り口調をしているとは思わないだろう。
「あら、いいでしょう別に。ねぇ、冬原さんはどっちの方が可笑しいと思う?」
来た、と冬原は内心で困り顔をして呟く。
時折、彼女はこちらが困惑するような問いを、投げかけてくるときがあった。
そして、そんなときにする質問は、大半がどちらかの陣営を選択させるような問いであった。
じっとこちらを睨んでいる柊に、分厚い無表情の仮面の向こう側で、愉快そうに笑っているだろう綺羅星。
どうせこちらが何も答えない、と腹を括っているに違いない。
それはそれで不愉快だ、と冬原は顔を険しくして面を上げた。
見ていろよ、度肝を抜いてみせるから。
「ど、ど…」
「え?」と声を揃えて、何かを言おうとしている冬原を彼女らが凝視する。
もうここから後には引けない、気がする。
「…ど、どっちも、へ、変だから…」
ぽかんと目を大きく見開いて、冬原を見つめる二人。
謎の居心地の悪さを感じて、とにかく何か話さなくては、と慌てて言葉を紡ぐ。
「いや、だって、二人ともさ、もうちょっと普通の女子高生らしく、で、できないの?かしら?とかあら、とか言ったり、あ、アンタとかサイコ野郎とか言ったり、い、意味分からないから…」
我ながら、酷い。
か細い声なのに、早口で気味が悪い。
ただ、何とかちゃんと会話に参加することは出来た気がする。
本当に久しぶりに、長々と喋ったものだ。
これで声帯が筋肉痛にならないといいのだが。
もう一度、チラリと上目遣いで二人の様子を確かめる。
まるで時が止まったかのように、数秒前から姿勢も表情も変わらぬままである。
もしかすると、あまりにも馴れ馴れしすぎただろうか。
だが、これを機になるべく二人、とりわけ柊には自分の立場を示しておきたい。
たまには反抗するところを見せておけば、今後、叩かれることは少なくなるかもしれない。
しかしながら、こんなにも無反応、というか固まられては、さすがに冬原も不安を抑えきれなくなってしまう。
そのため、「わ、私のほうがへ、変ですね」と自虐的に呟いたのだが、それを耳にしたことで、ダムが決壊したかのように突然、綺羅星が声を上げて笑い始めた。
それにより、冬原と柊は肩を跳ね上げ驚いた。
「もう、ふ、冬原さん、急に面白いことしないでほしいわ、早口で何言うかと思ったら…。ふふ」
「…す、すいません」
運良く綺羅星はツボにはまってご機嫌になったらしい。だが、最も心配するべき柊はどうだろう。
冬原が柊へと視線を移したところ、彼女は難しい顔をしたまま黙り込んでいたかと思うと、こちらの視線に気がつくや否や顔を背けた。
「笑いすぎよ、綺羅星も…、その、冬原も」と周囲の視線に気を払ったらしい柊が、優しげな口調で答える。
「わ、私は笑ってないです」と反射的に答えたところ、柊は顔を薄い朱に染めたまま、「そうね」と小さく言って俯いた。
彼女らしくもない行動と言い間違いに、羞恥の収まった冬原は、もう一度彼女の方を上目遣いにおずおずと観察した。それでも、その表情からは何も情報を得られなかった。
二人を見守る夜空の星のように、黙ったまま微笑む綺羅星だけが、爛々と瞳を煌めかせていたのだった。
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