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やがて、冬の雪がとけたら  作者: null
二章 ブラックコーヒーとカフェオレ

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騒がしい昼食 2

「それだけ…」


 喉を震わせた言葉が、自分の中から発せられた言葉とは到底信じられなくて、目をぱちぱちさせる。


 冬原は、正面で絵画のように微笑んでいる女性から、視線が逸らせなくなってしまう。


 とてもではないが同い年とは思えない。

 ルックスはさておき、透明感のある儚い声、異様に大人びた笑み。


 彼女は、自分が知らない世界を知っていて、そこで生きているのだ、と錯覚してしまうほどにミステリアスだった。


 間違いない、昨夜の人魚姫は、綺羅星亜莉栖、この人だ。


 自分の中が確信で満ちていくと、冬原は、綺羅星にその事実を尋ねたい衝動を強くした。

 だが、無論彼女にはそんな度胸はない。


 今まで生きてきた中で、こんなにも自身の臆病さを呪った経験はなかった。


 クラスメイトに放課後毎日呼び出され、叩かれようが罵られようが動かなかった彼女の心が、奇妙な疼きと共に揺れた。


 痛いのか、悲しいのか。

 嬉しいのか、恥ずかしいのか。


 何もかも不確かなまま、冬原はじっと彼女の言葉を待っていた。


 日頃は常に伏せられている黒曜石に覗かれた綺羅星は、ゆっくりと小首を傾げて告げた。


「…良かったら、放課後、時間あるかしら」


 そう言った綺羅星は、相変わらず無感情な表情のままで、冬原が開けた窓の外を眺めた。


 彼女は何かを見つめているわけではなく、薄い水色の虚空に、自らの内奥の景色を投影しているに過ぎないようであった。


 昨日に続いて二度目となった綺羅星からの提案に、冬原は困惑したふうに眉をしかめた。


 しかし、そんな彼女よりも先に返事をしたのは、二人の間で薄い笑みを崩さぬまま話を聞いていた柊であった。


 相変わらず整った顔つきではあったものの、その眉間には薄く溝が刻まれていた。


「駄目よ、彼女は私と先約があるの。ごめんなさいね?」


「へぇ…でも、昨日も一緒だったのでしょう?それならいいじゃない。それとも、そんなに二人は仲が良いの?」


 綺羅星は、さっと周囲で様子を見守っていたクラスメイトを見回した。


 当然、誰一人として彼女の言葉に頷くものはいない。


 そのうち、冬原と柊が大して仲の良い様子はないのに、よく放課後二人で一緒にいることを知っているわずかな人々は、確かに不思議だ、と互いに顔を見合わせ始めていた。


 そんな教室内の微妙な変化を察したのか、柊は切れ長の目の眼尻を斜めに下げると、逡巡するように、視線をさっと天井の隅から床の隅まで移した。


 呑気に黒板消しをクリーナーにかけている生徒のせいでチョークの粉の独特な臭いが漂ってきていた。


 冬原は、これからどうなるのだろう、と不安げな瞳で行く末を見守っていた。


 柊が、自分と綺羅星以外には聞こえない程度の音で舌を打ったことで、彼女が矛を収めるつもりなのだと直感する。


「分かったわ、別に、私は特別急ぎの用事でもないから…。綺羅星さんに譲ることにするわ」


 一瞬で取り繕ったのであろう表情は、平時の彼女と大差ない、優雅な微笑をたたえたものだった。


 冬原は、柊の胸中で燃え盛っているであろう、黒い炎を想像すると、胸焼けするような気持ちになった。


 どうせ、この後処理は自分がしなければならないのだ。


 しかも彼女は、処理するまでの時間が長ければ長いほど、行動が苛烈になる傾向があった。


 そのことを考えると、今からでも頭痛がしてくる。


 だが綺羅星は、そんな冬原の悩みなど他人事のように小さく笑うと、少しだけ小馬鹿にしたような口調で柊に言った。


「どうして?別に三人で過ごせばいいじゃない。貴方の用事だって、私に手伝えることがあるなら手伝うわ」


 そんなことを彼女が口にしたものだから、柊はぽかんと間抜けな顔をしたまま凍りついた。


 私の家にこんなエレガントでシュールな彫像があったら、きっと美術館に寄付することだろう。


「い、いえ、別に手伝ってもらうことなんて…」としどろもどろになりながら言葉を発する柊は、普段とのギャップがあまりにも大きすぎて、何だか可愛らしく見える。


「あらどうして?遠慮なんてしなくていいわ」


「いや、遠慮とかではなくて…」


「要領を得ないわね…あぁ、もしかして」


 綺羅星はそこで一度言葉を区切ると、口の両端をきゅっ、と三日月のように形を変えると、意地悪くこう言ったのだ。


「二人きりがいいのかしら?」


「は?いえ、違うわよ、そんな」


「ごめんなさいね、まだ転校してきたばかりだから…。誰と誰が、なんて分からないの」


「だから!違うって!」


 彼女が怒りのあまり叫んだ声が教室に大きく響き、途端に周囲が静寂に満ちた。


 柊のイメージとはかけはなれた怒りの発露に、みんなが遠巻きに彼女を見つめた。

 それに気が付き、柊は気まずそうに咳払いを一度すると、「ごめんなさい」と素直に謝った。


 無論、謝罪は表面上のことであるが。


「…本当に違うから、三人で過ごしましょう?」


 申し訳無さそうに眉を垂らして呟く柊は、女王に反抗することを諦めた民衆のように、綺羅星に少し卑屈な笑みを向ける。


 今日の柊は、随分と百面相を繰り返している。

 新鮮であったと同時に、ちょっとだけ哀れだ。


 これで分かったことだが、どうやら綺羅星の目的は、『虐められている、かわいそうなクラスメイトを救うこと』ではなく、単純に『柊蝶華で遊ぶこと』にあるようだった。


「ありがとう、それじゃあ放課後が楽しみね」と囁くように言った彼女は、コンビニ弁当の空をビニール袋に詰め込んで、それ以上何も言わず自分の席へと戻っていった。


 向こうで他の生徒から何か話しかけられているようだが、昨日とは打って変わって、比較的紳士に受け答えをしている。


 一体どんな話をしているのか気にならないでもなかったが、冬原は、今はそれどころではない。


 昼食を食べ終わったはずの柊が、いつまで経っても自分の隣から移動しなかったのだ。


 チラリと視線を向けると、案の定、柊はこちらを射殺すような視線で睨みつけていた。


 クラスメイトたちに背を向けた形で座っている柊は、もう取り繕おうともする様子は一切見せない。


 何も見なかったフリをして、さっと弁当箱の中身に意識を逃す。


 しかし、柊が静かながらも凄みのある声で、「調子に乗るんじゃないわよ」とぼやいたので、彼女の方を向かずにはいられなくなる。


「二人だけになるのが楽しみねぇ?」


「…わ、私のせいじゃないのに」

「何よ、アンタが――」と言葉を詰まらせた柊に、おずおずと上目遣いで聞き返す。「あ、アンタが?」

「あぁ?何よ」


「…何でもないで、す」


 そっちが言いかけたのに。


「チッ、放課後、変なボロ出すんじゃないわよ」


 そもそも、昨日ボロを出したのはそっちじゃないか、と恨めしくなったものの、これ以上、ヤブを突いて蛇を出すような真似はしたくなかった。


「それと、変な勘違いしてたら、殺すからね」


 どうやら何も言わなくとも、蛇はすでに藪から姿を出しているようだった。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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