二人を繋ぐ鎖
これで、一章は終わりになります。
だらだらと続き、
百合っぽい描写も少なく申し訳ないですが、
お付き合いくださると、幸いです。
綺羅星の嵐のような来訪が終わり、柊と冬原の間に、無言が広がっていた。
冬原は相手を恐れ、しきりに瞬きを繰り返していたが、柊が一言も発さぬまま手を引っ張り椅子まで連れて行ったので、それどころではなくなってしまう。
またさっきのように思い切り叩かれるのだろうか、と冬原は内心ひやひやしながら椅子の横に立つ。そして、柊を見つめた。
彼女は苛ついた口ぶりで、「何してるの」と上目遣いにこちらを睨んだ。
冬原は柊の意図が分からず、挙動不審になって吃ってしまったが、彼女はそんな冬原を見ても、バツが悪そうに視線を背けて、「座りなさいよ」と告げるだけだ。
「う、うん…」
冬原は、以前、同様のシチュエーションのときに、椅子ごと蹴り飛ばされたことを思い出し怖くなったが、今回は柊の口から、そうするように指示が出ている。従わぬというわけにはいかない。
いつまでも繋いだままの掌から、自分の震えが伝わらないように祈る。
未だに微動だにしない柊の様子が気になり、俯いたままの姿勢で、少しだけ視線を上にずらす。
すると、真っすぐにこちらを見ていた彼女と、視線が交差してしまう。
黒曜石のように美しい柊の瞳に、思わず冬原は、金縛りに遭ったかのように、目が逸らせなくなってしまった。
端正な顔立ちはさることながら、とりわけその瞳には、他者を引きつける魔力が備わっている。
こちらが顔を背けないことに驚いたらしい柊は、かすかに目を丸くして、それから自分と張り合うようにキッと目に力を込めた。
だが、既に意識は上の空にあった冬原に、あまり効果はなかった。
一方的ではあったものの、しばしそうして睨み合った後に、珍しく柊のほうから折れて、一つ短く息を吐いた。
「…流石にやりすぎたわ」
初め冬原は、柊が何を言い出したのかが分からず、怪訝な顔つきを隠すことなく、相手の顔をマジマジと観察していた。ところが、それに気がついた柊の表情が険しくなったことで、さっと目を逸す。
震えている自分の手が情けなかったが、その小刻みな動きは、柊が口にした意外な言葉で徐々に収まっていった。
「…だから、ご、ごめん」
「…え?」
「あの女のせいだから、恨むならアイツを恨みなさいよ」
言い訳がましい一言が気にならなかったと言えば嘘になるが、それ以上に、彼女が初めて謝罪を口にしたことが驚愕だった。
思わず、口を開けたまま話を聞いてしまう。
すっと手が伸びてくる。
一瞬、彼女が何をしているのか理解できなかった。
しかし、そのひんやりとした手が、自分の頬に当てられたことで、ようやく我に返る。
電流が走ったかのように身体を跳ね上げた私を見て、柊は不愉快そうに眉をひそめ、その手を離して言った。
「何よ、私のせいじゃないって…」
頭の良い彼女が、そんな言い分が通ると、本気で思っているとは考えがたい。
こうして自分を誤魔化しながら、
あるいは正当化しながら、
虐めというものは、世の中に横行するのかもしれない。
だけど、ある程度の頭の良さ、自己理解ができている人間なら、きっと自らの行為の醜さを、既に自覚しているのではないだろうか。
そうして弱者を痛めつけているうちに、ふと、自分を誤魔化しきれなくなる瞬間が訪れて、さっきのように、謝罪をせずにはいられなくなる。
そうしなければ、罪悪感や良心の呵責で押し潰されてしまうことを、知っているのだ。
冬原は、初めて目の当たりにする柊の弱さに、言葉にしがたい感情の疼きを覚えた。
自分と同じ弱い人間であるという柊の一面に、不思議な微笑みが抑えきれなくなってしまう。
「だ、大丈夫、痛くないよ…?」
ぎこちない表情だったかもしれないけれど、彼女の不安を和らげることはできたと思う。
「…じゃあいいけど」と俯いた柊を見て、冬原は、奇妙な浮遊感と共に、昔本で読んだことを思い出した。
誘拐や監禁事件が起こったときに、被害者が自分を守るために、加害者に対して心理的な繋がりを持つことが極稀にあるらしい。
常に二人きりの密閉空間で彼女に虐げられる自分が、かすかに情的なものを抱いたとしても、そうそう不自然でない気もする。
それとも、普段は悪印象の相手が、善良的な行為を取った際に、過剰にプラス評価を与えてしまうことと似ているのかもしれない。
まあ、別にどちらでも良かった。
少なくとも、この心理状態のうちは、柊のことがそこまで恐ろしくないし、彼女自身、暴力的な行為を控えてくれるようだったので、悪いことではない。
そうして、いつもより長い時間を二人は共に過ごした。
中々出てこないことを不審に思った受付の者が来るまで、鎖のように繋がった手の脈拍だけが、互いの存在を刻んでいた。
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