表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やがて、冬の雪がとけたら  作者: an-coromochi
一章 降り来る、星
10/74

二人を繋ぐ鎖

これで、一章は終わりになります。


だらだらと続き、

百合っぽい描写も少なく申し訳ないですが、

お付き合いくださると、幸いです。

 綺羅星の嵐のような来訪が終わり、柊と冬原の間に、無言が広がっていた。


 冬原は相手を恐れ、しきりに瞬きを繰り返していたが、柊が一言も発さぬまま手を引っ張り椅子まで連れて行ったので、それどころではなくなってしまう。


 またさっきのように思い切り叩かれるのだろうか、と冬原は内心ひやひやしながら椅子の横に立つ。そして、柊を見つめた。


 彼女は苛ついた口ぶりで、「何してるの」と上目遣いにこちらを睨んだ。


 冬原は柊の意図が分からず、挙動不審になって吃ってしまったが、彼女はそんな冬原を見ても、バツが悪そうに視線を背けて、「座りなさいよ」と告げるだけだ。


「う、うん…」


 冬原は、以前、同様のシチュエーションのときに、椅子ごと蹴り飛ばされたことを思い出し怖くなったが、今回は柊の口から、そうするように指示が出ている。従わぬというわけにはいかない。


 いつまでも繋いだままの掌から、自分の震えが伝わらないように祈る。


 未だに微動だにしない柊の様子が気になり、俯いたままの姿勢で、少しだけ視線を上にずらす。


 すると、真っすぐにこちらを見ていた彼女と、視線が交差してしまう。


 黒曜石のように美しい柊の瞳に、思わず冬原は、金縛りに遭ったかのように、目が逸らせなくなってしまった。


 端正な顔立ちはさることながら、とりわけその瞳には、他者を引きつける魔力が備わっている。


 こちらが顔を背けないことに驚いたらしい柊は、かすかに目を丸くして、それから自分と張り合うようにキッと目に力を込めた。


 だが、既に意識は上の空にあった冬原に、あまり効果はなかった。


 一方的ではあったものの、しばしそうして睨み合った後に、珍しく柊のほうから折れて、一つ短く息を吐いた。


「…流石にやりすぎたわ」


 初め冬原は、柊が何を言い出したのかが分からず、怪訝な顔つきを隠すことなく、相手の顔をマジマジと観察していた。ところが、それに気がついた柊の表情が険しくなったことで、さっと目を逸す。


 震えている自分の手が情けなかったが、その小刻みな動きは、柊が口にした意外な言葉で徐々に収まっていった。


「…だから、ご、ごめん」

「…え?」

「あの女のせいだから、恨むならアイツを恨みなさいよ」


 言い訳がましい一言が気にならなかったと言えば嘘になるが、それ以上に、彼女が初めて謝罪を口にしたことが驚愕だった。


 思わず、口を開けたまま話を聞いてしまう。


 すっと手が伸びてくる。


 一瞬、彼女が何をしているのか理解できなかった。


 しかし、そのひんやりとした手が、自分の頬に当てられたことで、ようやく我に返る。


 電流が走ったかのように身体を跳ね上げた私を見て、柊は不愉快そうに眉をひそめ、その手を離して言った。


「何よ、私のせいじゃないって…」


 頭の良い彼女が、そんな言い分が通ると、本気で思っているとは考えがたい。


 こうして自分を誤魔化しながら、

 あるいは正当化しながら、

 虐めというものは、世の中に横行するのかもしれない。


 だけど、ある程度の頭の良さ、自己理解ができている人間なら、きっと自らの行為の醜さを、既に自覚しているのではないだろうか。


 そうして弱者を痛めつけているうちに、ふと、自分を誤魔化しきれなくなる瞬間が訪れて、さっきのように、謝罪をせずにはいられなくなる。


 そうしなければ、罪悪感や良心の呵責で押し潰されてしまうことを、知っているのだ。


 冬原は、初めて目の当たりにする柊の弱さに、言葉にしがたい感情の疼きを覚えた。


 自分と同じ弱い人間であるという柊の一面に、不思議な微笑みが抑えきれなくなってしまう。


「だ、大丈夫、痛くないよ…?」


 ぎこちない表情だったかもしれないけれど、彼女の不安を和らげることはできたと思う。


「…じゃあいいけど」と俯いた柊を見て、冬原は、奇妙な浮遊感と共に、昔本で読んだことを思い出した。


 誘拐や監禁事件が起こったときに、被害者が自分を守るために、加害者に対して心理的な繋がりを持つことが極稀にあるらしい。


 常に二人きりの密閉空間で彼女に虐げられる自分が、かすかに情的なものを抱いたとしても、そうそう不自然でない気もする。


 それとも、普段は悪印象の相手が、善良的な行為を取った際に、過剰にプラス評価を与えてしまうことと似ているのかもしれない。


 まあ、別にどちらでも良かった。


 少なくとも、この心理状態のうちは、柊のことがそこまで恐ろしくないし、彼女自身、暴力的な行為を控えてくれるようだったので、悪いことではない。


 そうして、いつもより長い時間を二人は共に過ごした。


 中々出てこないことを不審に思った受付の者が来るまで、鎖のように繋がった手の脈拍だけが、互いの存在を刻んでいた。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


応援よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ