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喜望花火

作者: sazanami

何かが足りない。


好きなように外出することさえ自由にできない、この状況にも慣れてきた。こんな世の中でも夏は来る。ベランダから差し込む涼しい夜風を足元に感じて、私はドライヤーで髪を乾かしていた。

生粋のインドア派である私に、去年あたりから始まったこの生活はさほど苦でない。でも、去年の夏あたりから、最後まで読み切れぬまま返却期限がきた本を図書館に返した時のような、もやもやとした感じが胸の奥底で燻っていた。


ドン


(・・・ 『ドン』!?)

一瞬、聞き覚えのある音が空気をびりびりと震わせて、みぞおちに響いた。ドライヤーの音さえも押しのけて。思わず、手を止めて音が聞こえてきたほう・・ベランダの方にバッと振り向いた。夜風に乗ってかすかに流れてくる、煙の匂い。


ヒュィルルルルルルル ードォンッ


ベランダから覗く漆黒の空に、色とりどりのLEDをぶちまけたような光が広がって、消えた。

考えるより先に体が動いていた。気が付くと、私はハイツの狭いベランダに駆け寄り、網戸を開け放ち、欄干に飛びついて空を見上げている。

(・・・まじか)

こんなこと、町の広報誌にお知らせで載ってたっけ!?いや、そんなことどうでもいい。生乾きの髪もどうでもいい。


ドォンッ ズィザザッ


どこか寂しげな夜空に咲き誇った、大きな大きな花。

みぞおちや腹にドンっと響く、音。それはビリビリと空気を震わせ、すぐさま辺りの山々に鋭くこだまする。

私が住むハイツのすぐ近くにある中学校の窓が、電気をつけたかのように輝いた。おおぉっ、と小さな歓声がぱらぱらと聞こえる。いつの間にか、ハイツの下の道路に近所の人たちがまばらに集まっている。


赤と青の光の束が丸く広がった、瞬間、金色に変わりバリバリと小気味良く鳴って消えていく。


一瞬、低い位置に金の糸が3本光って消えたかと思うと、上の方に赤・黄・緑の花が3つ咲く。周りを光の粒が舞う。


小さな金色の塊が上がったかと思えば、それが緑と赤の光に割れ、黄金の尾を引きながらヒュルッと摩訶不思議な動きをして消えていく。


それらをただ、無心で見つめるしかなかった。この上ない爆音が腹に響くのも、音が激しく何重にも山々にこだまするのも、煙の匂いがするのも、全てが一体となって覆いかぶさってくる。名前もよく知らない人たちも、知り合いも、みんなみんなが空のひとつの方向を眺めている。


花火。 私が足りないと思っていたのはこれなのだ。


最後に、大量の金の花が一気に咲き誇って闇を昼のように照らし、煙を残して消えていった。


思えば、去年も今年も、ここ周辺地域の花火大会は軒並み中止となっていた。今のは人が集まるのを避けて、お知らせをせずに執り行ったのだろうか。何にせよ、思いもよらず豪華な花火を見ることができて、私の心は満たされている。

ふっと横を見ると、隣の住人と目が合った。ずっと空を見上げていたから分からないけど、この人もきっと私と同じようにしていたのだろう。ちょっと照れくさくて、無言で微笑んで会釈をする。



閉塞感ただよう生活の中に突如咲いた花。一瞬だけれど、大きな大きな花。

がんばろう。

生乾きの髪を再び乾かしながら、そう思った。




読んでくださってありがとうございます。


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