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ヒーロー

作者: 伊藤源流斎

 引っ込み思案だった私は

幼稚園でもいつも一人で遊んでいた

寂しかったが話かける怖さの方が勝ったので

そうしていたのだろう


「サッカーしよ!」


 そんなときに声をかけてくれた男の子がいた

家守庵

この時はフルネームまでは知らなかったが

私と同い年の男の子だ


 サッカーとは言っているが園児が二人でやる

サッカーは柔らかいボールを蹴り合うだけの遊びだった


 サッカーは別に好きではなかったけど

声をかけて貰えたのが嬉しくて

私は喜んで遊んでいた


 それに庵くんは優しかった

当たり前のように毎日わたしのところに

やってきて


「昨日サッカーやったから今日はみーちゃんの

やりたいことやろ!」


 園児のくせに

いつもそんな風に気をつかってくれていた

女の子の私がそれほどサッカーを好きではない

と分かっていたのだろう


 また、彼がどこまで考えていたのか

分からないが、

自分の意見を言うのが難しかった私に

意思表示をするきっかけをくれていた


 それによって私は初めて家族以外に

自分の意見を言えたのだ


 この頃はもちろんそんなことまでは

考えていなかったが、

ただただ嬉しかったことは覚えている。


 その後も

おままごとでもなんでも

私がやりたいことに付き合ってくれたし


 疲れてたりしてサッカーをしたくないときは

それを察して私の好きなことをさせてくれた


 輪に入れない私にどうして優しくしてくれたのか


近所だったから?


バスも一緒に乗ってたし

知った顔だったから?


馴染めてなくてかわいそうだったから?


 気にかけてくれた理由はこんなところだろう


でもただ私は遊んでくれたのが

嬉しかった

引っ込み思案な私は自分から

輪に入っていく手段を持ち合わせていなかったから

誰ともあそべなかったから


 でも彼は優しかった

私のヒーローだった




 小学校に上がっても彼は私を

気にかけてくれていた


 それまではよく遊んでいたし、

いつも一緒にいたけど

サッカーを本格的に初めて

他に友達も出来て

仲が悪くなったわけではないが、

少しだけ疎遠になっていた


 小学校にも慣れてきたある日

学校行事で遠足があった


 私にとっては彼が一番仲良しだったし

何より居心地がよかった


 でも彼は班長でちょっとだけ

昼休みの間先生と話さなければならなかった


 その間に私は彼を待っていたが、

そこに待っていなかった人たちがやってきた


「おい!そこは俺様が目をつけていたんだ!

どけよ!」

「そうだそうだ!」


 名前も分からないけれど

田中だか佐藤だかそういう

ありきたりな名前だったと思う。


 この人たちも別にスペースはいくらでも

あるのに今思えば何故こんなことを言ってきたのかも分からない


 私もすぐに引けばよかったのだが

そうはしなかった

なんもなく

庵君との居場所を取られるのが嫌だと

感じていたかもしれない


 人と話すことすら苦手だった私が

半ば本能的に勇気を振り絞って発していた

「ご、ごめんなさい

人を待ってて……」


「うるせー!

かんけーねーんだよ!」


そこにやってきたのが私のヒーローだった


「おい!みーちゃんをいじめんなよ!

許さねぇぞ!」


「な!庵!てめぇ

かんけーねーだろ!」



ひと悶着の後


「覚えてろよ!」

捨て台詞を吐きながら二人は帰っていった


「あ、ありがとう」


「全然!

食べよ」


彼はやっぱり私のヒーローだった




 中学に上がって何故か私は

芸能事務所にスカウトされた


 別にやりたいことや熱中出来ることが

なかったのでやってもいいかなーとは

思っていた


 庵君には2才上のお兄ちゃんがいる

家守念治

小学校の頃からサッカーをやっており、

県選抜にも選ばれた


 庵君は小学校を卒業する段階で

サッカーをやめた

というよりも私には

頑張ることをやめたように見えた


 彼は兄に追い付けないことを

気にしていたように見えたが

そんなことは正直仕方がないことだ

小学生にとって二年の差は大きい


 でも彼にとっては今まで夢中に

なっていたサッカーをやめるほどのことだったし

他のことも頑張れなくなってしまうような

ことだったのだろう


 私も彼の役に立ちたかった

いつも助けてくれる庵君の役に

彼がそれでいいなら別にいいけれど

彼には人生を楽しんでもらいたい


 私が助けてもらった分彼を

助けたい


 私が何かに打ち込めば、

頑張っていれば、

彼も頑張れるようになるかもしれない

役に立てるかもしれない


 そんな、ほのかな期待もあった


 年が上がるにつれて

思春期ということもあるだろう

私もなんとなく恥ずかしくはなっていたし

話すことも減った


 今彼が私にどれだけ興味があるか分からないが

話すこともあるし

相談したら彼は真剣に聞いてくれるだろう


 そうだ

私は彼を勇気付ける以上に

ただただ関わりたかったのだ


 話すことが減った彼に話題を提供したかった


 前の私なら悩みもしなかっただろう

すぐに断っていた。


 私が事務所に入ることを決めたのは、

彼との関わりを少しでも増やすためだった……


 親には既に言っていたので

普段ご飯も頂くこともありお世話になっている

家守家全員に相談することにした


 今日もごちそうになっており

お父さんは単身赴任中ではあるが、

食卓にはお母さん、念治君、庵君がいた


 庵ママはやりたいように

やればいいというスタンスのようで

はげましてくれた。


 念治君は

私の決めたことなら応援するよ

といういうようなことを言ってくれた

庵君は何も言わなかった


 すごく近い距離だがいつも庵君は

私を家まで送ってくれる

その時に二人きりになる


 ここでは何か言わざるを得ないだろう

勿論これも計算の内だ


 そして彼は言った


「なんか

僕は今やりたいこともないし

分かんないけど

無理してやることは無いとは思うよ

得意ではないでしょ

水葉ちゃんはさ水葉ちゃんの

やりたいことをやればいいんだよ」


 それを聞いて私は泣きそうになった。

彼の言う通り私はちょっと無理をしていた

このまま何も起きずに

離れ離れになるのが嫌で

少しでもその可能性を減らすために

挑戦しようとしていただけだったのだ


 やっぱり庵君は誰よりも私を理解してくれている

告白とかは恥ずかしすぎて絶対できないけど

ずっと一緒にいたい


 一番言って欲しかったことを言ってくれたのは

やっぱり彼だった


「ありがとう

うれしい……グスン


やっぱり庵くんがいないとだめだな

私」


私は思わず泣いてしまった。


「でも庵くんにも

頼られたいなわたし


わたしだって

誰よりもいーくんのこと知ってるんだから

それに助けてもらってばっかりはいや


わたしだって庵くんの役に立ちたい


いつでも話聞くから

別に

無理に頑張らなくていいし

庵君は今のままで十分素敵だよ

もうちょっと

本気出しても良いとはおもうけどね」


笑いながら冗談ぽく言った


「庵君が頑張んない分

私が頑張んないとね」


「えー

何それー

僕がやる気無いからって

水葉ちゃんが頑張ることないじゃん?」


「庵君がそれでいいならそれでいいんだけどね

無理にやってもしょうがないけど

もっと気力を持って生きても楽しいと思うの

やりたいこととか好きなこと見つけてさ

そうなるように私がいい刺激になれたらなって

庵君はいつも私のこと助けてくれるから……


「え……

そんな

別に僕のために頑張んないで?

自分のために頑張って欲しいな」


「これが私のためなの

もう決めたから!

じゃあありがとね」


 家に着いたので

誤魔化すように私は帰って行った……


 高校に入って

オーディションにもちょっとずつ出るようになって

それなりに忙しい日々を過ごしていた。

でも庵との距離は離れていくばかりだ


 芸能活動に優しい学校も近くにあり

事務所からはそっちを勧められたが

私にその選択肢はなかった


 庵君は地元の一番近い公立高校に

入ると聞いたので私も当然同じ高校に入学した


 そんなある日私は告白された


 相手は家守念治

そう庵君のお兄ちゃんだ


 もちろん私は断るつもりだった。

私が好きなのは念治君ではない

今までも告白されたら断ってきたが、

今回はいつもと違った


 念治君が私にある提案をしてきたのだ

それは私にとって魅力的だった


 その提案とは実際に付き合う訳ではなく

まずお試し期間として一緒にいる時間を

増やしてみようというものだった


 好きな人がいるとは言えなかった。

彼は一緒にいたいとは思うが

好きという気持ちはいまいち

良くわかっていなかった


 また、既に念治君にはバレている可能性も

高いとは思っているが

やっぱり私の気持ちが知られるのは恥ずかしい


 私の気持ちにうすうす気付いたけど

どうにも進展しないからこの提案を

してきたのだろう


 私は念治君のことは好きだが

恋愛対象ではなかった

それは伝えた


 私がお試し期間を受け入れる気になったのは

正直言って庵君と接する機会が増えるからである

こういってしまうとなんだか

念治君を利用しているみたいで気が引けたのだが

念治君だからそれは分かってこの提案をしてくれたのだと思っている


 私は芸能活動もあるし

念治君とは進展する可能性はかなり低いと

念押した上でそれでもいいならと

受け入れた


 良く分からないが念治君は私のことが好きらしい

そう言ってくれた

そして私が進展する可能性が低いと言っても

受け入れてくれた


 私は優しい念治君のことだから

このまま自分が付き合うならそれでもいいし

私の希望通り、

庵君と私が一緒にいれるなら

それはそれで良いと

思ってくれているのだと

考えていた。


 私は次の日の朝家の中で

待っていた

家も近いしこの時間に他の人は出てこないから

音で分かるのだ


 私が待っているのは念治君ではない

庵君だ

念治君は今高校三年生だが、高校も違うし

登校時間も違うので一緒に行こうという話にもならなかった


 庵君が家を出る時間はいつも大体一緒なので

知っている

私は話があるときはいつもこうして待っている

待っていると思われるのが恥ずかしいから

偶然を装っているのだ


 そして彼は出てきた

私も家を出た


「おはよう」

「あ、おはよう……」

いつものように合流して挨拶をする

彼は少し気まずそうにしていた

既に聞いているのだろう


 私は昨日のことを話した


 彼は応援してくれた

悔しそうにして欲しかったけど

そんな希望通りにはならなかった


 また

私がやりたいようにやれば良いと言ってくれた

念治はいいやつだから、と


 やりたいようにやるなら

そもそも念治君ではないのだが

この鈍感はなんとも思っていないのだろう


 このくらいは想定していた

私の戦いはこれからだ




 それからしばらく経った

ある日の放課後


 庵君とはクラスも違い

朝と同じく

一緒に帰ることも少なくなっていた


 今日も一人で帰っていると

私はチャラそうな三人組に

絡まれた


 私にお茶に行こうと誘ってくる


 お茶って……

今どきのナンパは逆にこうなのだろうか


 こんなときいつも助けてくれるのは

私のヒーローだ

でもいつも彼は誰よりも先に帰ってしまう


 通りかかることもないだろうし

今回はさすがに難しいだろう


 どう切り抜けようか考えながら

口を開こうとしたその時



 彼はやってきた


「水葉ちゃん

ごめん、はしるよ

大丈夫?」


「え、う、うん」


 手首をつかんで連れ出された

三人組を完全に無視した強行突破だ


「おい、なんだよ

お前

この子は今から俺たちと…」


 三人組はなにか言っているが

庵君は何も言わずはや歩きを続ける

私もそれに続く


「おい!待てよ!」


ガン!


「いてぇ!てめぇ…」


 掴みかかろうとしてきた男の大事なところを

庵君は思い切り蹴っていた


 向かってきたのは一人だった

「てめぇ!なめた真似しやがって!」


 私を連れた状態で二人を相手にするのは

さすがに分が悪いのだろう

まっすぐ振り返らずに走った

私もそれに倣う

庵君は私が転んでしまわないようなペースで

走ってくれる


 何度も曲がり道を曲がって

地元の私ですら通ったこともないような

路地を通って彼らを突き放していく

色んな抜け道知っててさすが

男の子だなぁなどと呑気に考えていた。


……


 少し走りまわると

追いかけられる気配がなくなったので

普通に家に向かって歩くことになった。



 彼は手首の手を外しながら言う

「大丈夫だった?

ごめんねいきなり掴んで」


「あっ

ううん、大丈夫

ありがとう

怖かった……」

 

 せっかく繋がれた手が外れ

残念な気持ちが少し漏れてしまった


「そうだよね……

まぁでも大事にならなくてよかったよ」


「うん

本当にありがとう

助けてくれて嬉しかった

は私のヒーロー……」


「まぁまぁ

みーちゃんは大切な幼なじみだからね

これくらいだったらいつでも助けるよー

ヒーローは大げさだけどね」


「ううん、ヒーロー

いつも助けてくれる」


「えー

ヒーローって水葉ちゃんには兄貴がいるじゃん?」


「……」


「ん?」


「なんで……」


 私の中で感情が爆発してしまった。

普段あまり感情を出すタイプではないのだが


「馬鹿!鈍感!あっちいけ!」

 私は泣きながら走り去っていった



 彼はまんまと追いかけてきていた

そして私は当たり前のように彼の家に向かう



「ちょっ

家間違ってるよ?」



 鍵の場所も知ってるので

取り出して家に入っていく


 そのまま何も言わずに

庵君の部屋のベッドに座った



 庵君が部屋に入ると


「入って来んな!あっちいけ!馬鹿!」


「僕の部屋なんだけど……」


 完全に取り乱した私は

理不尽なことを庵君に投げつけながら

泣き叫んでいた


 そして庵君になだめられた私は


「はー

ごめんね

取り乱して

帰る」


 撤退することにした


「え?

説明してよ」


「いや」


「えー……」


「えーじゃない!

説明したら色々言わなきゃ

いけなくなるじゃない!

今まで言えなかったのに!」


 抑えきれず感情を爆発させてしまったが

このまま気持ちを知られて今までの関係が崩れることが怖かった


「えー

何かあるんだったら言って欲しいなぁ

僕に聞けることなら何でも……」


 またこの鈍感はそんなことを言ってくる

「いおりくんだから駄目なの!」


 その後も何度かやり取りがあって

私はついに覚悟を決めた。


「分かった

でもこれ言わせるんだったらもう

知らないからね

責任とってくんないと

私もうやってけないから」


 最後まで保険はかける

優しい庵くんにつけこんだ作戦だ


「いやまぁ

話しは聞くし僕に出来ることなら

何でもするよー

水葉ちゃんは大事だからね」


また笑顔でそんなことを言ってきた。


「またそうやって!

そうくんがどうとか言うから怒ったのよ!

お試しで付き合ってるだけだし!

高校卒業とかしたら

接点もなくなるかもしれないし

ちょっと疎遠になってきてるから

ここ来れる機会も増えるし!」


「えぇ……

それで怒られるのが分からないんですが……」


「だから!

私のヒーローはねんじくんじゃなくて

いーくんなの!」


「んんー

別にヒーローって感じでもないし……」


「そうくんもいい人だけど

いつも私を助けてくれるのはいーくんなの!

アホ!なんでわかんないかな!」


「ご、ごめん

そう言ってくれるのは嬉しいけど……」


「いーくんは私のことどう思ってるの?」


「え、だから大事な……」


「そうじゃなくて……

そういう意味でだよ」


そう言う彼女の表情はいつになく真剣だった

目は腫れておりまだうっすらと濡れている


僕は頭がクラクラしてきていた

状況が理解出来ていなかった


そう言う意味が僕の思う意味だったら

なんでそんなことを僕に聞くのか

この流れを理解しようとしているが

彼女が兄と付き合っている以上どうしても

矛盾してしまう


意識的にではないが

頭の中ではさっき言われたことが

繰り返されていた


お試しで付き合っている?

ここに来れる機会が増える?

兄じゃなくて僕がヒーロー?


兄よりも僕の事が好きで

僕が煮え切らないし

兄に来られたから期限付きで

お試し期間として付き合って

兄や僕と向き合おうとして

今日のでやっぱり僕の方が好きだと思って

もらえたのか?


僕の頭はやけに冷静で

この矛盾した状況を少しずつ理解していく

すき

きづく

いう


「あー

じゃあ僕もそうかも」


「え?」


「だって

ねんじが告るって言ったとき

めっちゃ悲しかったもん

なんでか分かんなかったし

彼氏でもなんでもない僕に悲しむ権利もないし

そこはみーちゃんの気持ちの問題だから

どうこうできる話しじゃないし

まぁ二人が楽しいならいいかなって

最近そもそもあんまりしゃべれてないし

どんどん遠くに行っちゃいそうな感じもあったから

悲しかったんだよね

でもなんか

今のこの状況で

みーちゃんと一緒にいたら

理屈は分かんないけど

好きなんだなーって

ちょっとおもっちゃったんだよね」


……


こうして私達は結ばれた

今でもいおり君は私のヒーローです







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