リーフ-1
剣は、深々とアルテの体を貫通した。満身創痍のアルテは、急所を外すことさえ叶わなかった。仰け反り、血をぶちまけてアルテが倒れていくのが、異常にゆっくり見える。
「ィッ、ィヒッ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!! バアアアアアアアアアアアカッ!!! おいアルテェ、お前いつからそんな甘ちゃんになっちまったんだよォッ!!?」
上体を反らしてゾンビのように立ち上がり、レンは眼球を飛び出させんばかりに目を開き、狂喜乱舞した。ユイの悲鳴が聞こえる。リーフは、動けなかった。
「……ぅ……ぉ……」
心臓を貫かれてなお、まだ指先を動かしてうめき、立ち上がろうとするアルテに、レンはハイエナのような動きで飛びかかった。
「あの魔人に治されちまう前に、さっさとトドメ刺しとかねえとなァ!! お前さえ死ねば、最強はオレだァァァァァッ!!!」
アルテを貫通した剣を操作し、空中で掴み取ると、レンは舌なめずりしながら剣を振り上げた。瀕死のアルテに一切の容赦もなく、死刑執行人の如く大上段に振りかぶる。
――忽然と、アルテが消えた。
「あァ……?」
リーフの剣はアルテが消えた地面に突き刺さり、大地を陥没させた。どこだ、どこに消えた――ギョロギョロ目を振って、レンはアルテの行方を追う。
形容しようのない、ドス黒い圧力に導かれるように、レンはそちらを振り返った。
「……な……」
20メートルほど離れて、一人の魔人が立っていた。なんてことはない、ヤツは元々あそこにいた。ユイを連れてレンから離れていたのだ。アルテが刺されても、一歩も動けず固まっていたような間抜けだ。
問題はそこじゃない。リーフの腕に、アルテが抱きかかえられていることだ。赤毛を振り乱し、胸から大量の血を流して死にかけているアルテを、リーフはじっと、見開いた目から涙を流して見つめている。
バカな。どうやってアルテを救出した。リーフはあそこから、一歩も動いていないはずだ。
「すみません、アルテさん……痛い思いをさせて」
紫色の光が、柔らかくリーフとアルテを包んだ。抉れた胸の傷が塞がっていく。血の気を失った青い顔に、生気が戻っていく。――何度見ても、あの魔法は信じられない。傷も、抉れた肉も、失った臓器も大量の血も、完全に創り直す。まさに奇跡の力。
アルテを優しくおろしてユイに預け、リーフは、ふらりと振り返った。肩越しにレンを射抜く――深紅の眼。
ぞぞぞぞぞぞ――氷水に飛び込んだみたいに悪寒が走って、全身が粟立つ。
柔らかい物腰の少年の面影は完全に消失していた。これほど離れているのに、喉を握り潰されているみたいに息苦しい。
レンはつとめて気力を奮い立たせた。リーフとは既に勝負がついている。魔法は脅威だが、動きはアルテに比べれば止まって見える。全く問題にならない。
「なんだよ、そんなに怒ってどうするつもりだ? 俺を殺すか? 無理だって、お前じゃ――」
次の瞬間、魔人の赤い瞳が、目と鼻の先でレンを見つめていた。
「なっ、なぁっ!?」
泡を食って飛び退り、距離を取る。――なんだ、今の。速すぎる。一瞬でゼロ距離に……全く動きが見えなかった。それどころか、超速で動いたなら必ず巻き起こるはずの風圧が、そよ風程度すら立たなかったではないか。
仕切り直しとばかりに20メートルほど距離を取ったレンが、ふぅ、と息を一つ吐き、瞬きした――目を開けた瞬間、またしても触れ合うほどの距離に、赤い目があった。
「ひぇぁっ!?」
防衛的に振るった剣は、届かなかった。ノーモーションでリーフの体が1メートル後方へ"ズレた"のだ。――速い、なんて次元ではない。こんなの、まるで瞬間移動だ。
「【創造】したんだよ。お前との"距離"を」
「は……!?」
「僕は構造を理解しているモノならなんでも破壊・創造できる。あとは解釈の問題だ」
赤い閃光が瞬くと同時、また一瞬にしてリーフがゼロ距離に迫っていた。――今度は、レンとリーフの間の"距離"を、【破壊】した。
「ひぃぃぃっ!!!」
レンは逃げた。全速力で逃げた。大地を蹴り砕き、爆風を生み出し、土煙を上げて時速数百キロで逃げた。――その背後に、ピッタリとついてくる赤目の魔人。
「なっ、なんなんだ、なんなんだよお前ぇぇぇぇ!!」
「【破壊魔法】No.5――【死檻】」
光が消えた。
膿んだ血のような赤黒色が渦巻く世界で、レンは呆然と足を止めた。地面が――ない。重力がない。音がない。光がない。浮いている。
「お前を【破壊魔法】で包んで、外界と遮断した。この世界は何もない、完璧な"無"だ」
「こ、こんなモン、ぶった斬って……」
「させねえっての」
剣を握っていた右腕に燃えるような痛みが走ったのは次の瞬間だった。リーフに触れられた肩口から右腕が破裂して、飛散した破片は、握りしめていた剣ごと【死檻】の外壁に分解され、跡形もなく消えてしまった。
「ァァァァァァァァァァァ!!!? いっ、いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「暴れんじゃねえよ。外壁に当たると弾けて死ぬぜ」
人格から、既にリーフのそれではなかった。赤目の魔人は狂気的に口元を歪めて笑い、泣きじゃくるレンの頭を鷲掴みにした。
「おっ、お前……誰だ……」
「分かりきったことを聴くなよ。僕はリーフだ。僕こそがリーフなんだよ」
凶悪に笑って、リーフはレンの頭を掴む手に万力の握力を込めた。
「いっ、いだだ……!!」
「今からお前の頭を壊す。安心しろ、殺すわけじゃない。破壊するのは『大脳』だけだ」
「ひぇ……っ!?」
「お前の脳の構造は、こうして触れてりゃ手にとるように"視えてる"。どうやら大脳が死んでも、脳幹が生きてればしばらく自力呼吸が続けられるみたいだぜ? 植物みたいにな。すげぇな、生命の神秘だ」
カカカ、と歯を剥いて、リーフは獰猛に笑った。
「これからの人生が見えてきたか? おめでとう、お前はこの暗い世界で、一生植物人間だ! 安心しろォ。大脳が溶かされる瞬間の感覚、無限に味わえるように、数秒待ってからきちんと殺しておいてやる」




