魔人VS勇者-1
レンの顔が無邪気な狂気で歪む。会話を交わして痛切に感じた。この男は――軽い。薄っぺらい。とてつもなく。歪んだ偽善とも、信念ある邪悪ともまったく違う気味の悪さ。まるで、規格外の力だけをなんの苦労もなく手に入れてしまった、ただのバカ。
「魔族!? いやだレン君、怖い!」
「大丈夫だエリシア、下がってろ」
レンは大仰な手振りでエリシアを制すと、次の瞬間には剣を振りかぶってリーフの目の前に現れた。
――速すぎる!
「【破界】」
全てを塵に帰す閃光が、球状に凝縮されてリーフを包む。ところがレンは、構わず剣を振り下ろした。
ズバァンッ、と紙をまとめて引き裂いたような快音が炸裂。勇者の剣は【破界】ごと、リーフの左腕を快刀乱麻、切断した。
「なぁ……ッ!?」
斜めに斬られた赤い光の球体が、弾けて霧散する。失った左腕の断面を押さえてすぐさま後退したリーフに、レンは「ちっ、首狙ったのに」と舌を打つ。
「どうした、その顔。勇者の剣が魔法をぶった斬れるのくらい常識だろ?」
そんな常識があってたまるか。リーフが左腕を再生させるのを見て、レンは「ほぉ」と感心している。
「噂通りすげえ魔法だ。正体が魔人だったってなら納得だわな。あんなのエリシアにもできねー」
左腕は元に戻ったが、これは、まずい。【破界】さえ出していれば無敵だとばかり思っていた。
「あれ、もしかしてもう万策尽きた感じ? オレのチートスキルはまだまだあるんだけど?」
リーフは悟った。この男は無力化しようなんて甘え考えで倒せる相手ではない。ユイを助けるためには――殺す気でやるしかない。
右手を伸ばし、【創造魔法】を発動。創り出したのは出力マックスの衝撃波と、"毒針"。大砲じみた衝撃波に乗って、無数の毒針がレンに殺到する。
【創造魔法】で創り出せるのは、リーフが直に触れて、その構造を知っているモノに限定される。針に仕込まれた毒物は、世界樹の研究室で行っていた回復役の研究の副産物。一滴でトロールも失神する猛毒だ。
レンは一歩も動くことなく、衝撃波も毒針も受けきった。後方に駆け抜けていった衝撃波に髪をバサバサかき乱されるが、それだけ。顔色一つ変えずに立っている。
「スキル【毒耐性】Lev.10。どんな毒もオレには効かない。エクストラスキル【完全対応】。一度食らった攻撃はオレには効かない。その衝撃波は最初に食らった。もうただの風だ」
バカげてる、こんなの。戦えば戦うほどこちらの手札ばかり奪われていく。こうなったら……一撃で終わらせるしかない。
「【破壊魔法】No.4――【滅矢】!」
空中で弓を引くポーズを取ると、引き絞ったリーフの左手に、赤黒い破壊のオーラが矢の形となって顕現した。右手には同色の弓が現れ、真っ直ぐレンに狙いを定める。
「僕の持つ最速の攻撃だ。斬ってみろよ、自慢の剣で」
リーフはレンの、直情的で短絡な性格に賭けた。目論見通り、レンは乗ってきた。
「ヨユーだって。オレのエクストラスキル【知覚加速】を発動すりゃ、ライフル弾だって止まって見える」
何個あるんだエクストラスキル。いい加減にしろ!
リーフは手を離し、矢を解き放った。空気を削るような音を上げ、赤と黒の閃光が低空を翔ける。
「遅えッ!」
音速を超えた矢の起動を完璧に見切ったレンの一閃が、【滅矢】を一刀のもとに斬り伏せた。爆散する閃光。舞い上がる粉塵。――その粉塵をぽっかり丸く刳り抜いて、【破界】をまとったリーフがレンの目の前に現れた。
「矢は陽動かよ、汚えな!」
ここしかない。避ける暇なんて与えない、一息に消し飛ばす。飛びかかったリーフの【破界】がレンを飲み込む、寸前――まるで時間を盗まれたように、リーフが空中で一ミリ進む間、レンだけが異次元の速度で動いた。
「エクストラスキル――【超速】」
振り切った格好の剣を構え直し、振りかぶって、斬る。一連の動作がコマ送りのようにブレて見えた。気づけばリーフは、体を斜めに真っ二つに両断されていた。
「あっぶねえー」
「……――ッ、ぁぁああああああああッ!!」
まだだ。斬られることは想定内。即死さえ避ければ問題ない。目をカッ開いてリーフは吠えた。腰から下を失った上半身でレンにしがみつき、残された肉体の魔力回路から魔力を捻り出す。
「なっ!? お前、離れ――」
発動、【破界】。
レンの体は、ドス赤い閃光に飲まれて髪の毛一本残らず蒸発した。悲鳴さえ、たちまち壊されかき消された。抱きついていたレンの肉体が塵になると、リーフは支えを失ってその場に倒れ込んだ。
胴体を分断されても、リーフに痛みはない。オトに【鑑定】してもらって発覚した、リーフの所持する2つのスキルの内の1つ――【痛覚遮断】の効力だ。
これは《後天的スキル》。毎日痛めつけられた結果獲得した能力。もう1つのスキル――リーフの生まれ持った《先天的スキル》が、今、リーフを絶望させていた。
「あー、焦った。こんな死に方はさすがに初めてだわ」
背後から響くのんきな声。振り返ることもしたくない。這いつくばったリーフの後ろで、レンは五体満足で立っていた。確かに消滅させたはず――その記憶が、上書きされていく。レンが間一髪、リーフの不意打ちを避けた世界線の記憶へと。
リーフの《先天的スキル》は――【全知の手】。触れたモノについて、それを構成する全ての物質・概念の情報と、その構造の徹頭徹尾を把握できる力。理屈ではなく感覚で、リーフはそれら膨大な情報を正確に咀嚼できる。
リーフが今まで、無意識に傷を治したり、自分や他人の手足を当たり前に再生できていたのは、触れたモノを細胞レベルで理解し、失われた部分を忠実に再現し、神経の一つ一つまで完璧につなぎ直していたからだ。
レンにしがみついたことで、今、【全知の手】が発動した。オトがスキルの知識を与えてくれたおかげなのか、今までリーフにとって意味の分からない情報の奔流だった部分までもが、明確に意味を持って脳に流れ込んできた。
それは、レンを構成する情報の1つ――レンの所持スキルについて。
およそ100種近い、ふざけた数のスキル。その中に、どう足掻いても勝てるはずがない、そう断じてしまうほどの異質な能力があった。だからリーフは、レンを殺した瞬間に絶望した。
エクストラスキル――【無限再起】。
死ぬと、少しだけ時間を遡って生き返る――勇者に与えられた、理外の力。
もう、リーフの頭からは、レンを2度殺した記憶は完全に消え去っていた。そんな事実は存在しない。何度殺そうと、レンは無限にやり直して、自分が死ななかった世界線に到達する。レンが死んだ事実は、全て、"無かったことになる"。
「お前もけっこー頑張ったけどさぁ。知ってた? 絶対死なねえんだよな――主人公は」
ニタァ、と勇者が笑った。




